黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

文字の大きさ
上 下
93 / 960
5章

自傷と笑顔

しおりを挟む
 白いシーツの塊が嗚咽を漏らすたびに動いて丸くなって部屋の片隅で震えている。

「アカリ、大丈夫か?」

声を掛けるも、嗚咽だけで顔を見せてくれない。
【刻狼亭】の従業員とコミュニケーションすらまともに取れず、脅えて泣いて暴れた朱里はずっと泣いてシーツの中から出てこない。

「アカリ、触るぞ」

ルーファスが近付くとビクッと白いシーツが動くが、シーツごと朱里を抱き上げて部屋の壁にもたれてそのまま座り込み膝の上に朱里を乗せて抱きしめると、朱里の「うーっ」と泣き声をこらえる声がシーツの中からする。

「アカリ、大丈夫だ。誰もアカリを攻撃したりしないから」

「・・・うー・・・っ」

安心しろと言う様に背中を撫でれば、シーツから小さな白い手が出てルーファスの着物を握りしめる。
シーツ越しに頭にキスを落としながら朱里の匂いを嗅げば少し鉄さびた香りが鼻にかすめる。

「・・・アカリ?シーツを取るぞ」

勢いよくルーファスがシーツを剥ぎ取れば、朱里が片方の手を噛み、口と手を血で汚していた。
涙でぐしゃぐしゃの泣き顔で朱里がルーファスを見る。

「アカリ!直ぐに手を口から離せ!」

無理やり朱里の手を口から離すと、朱里が小さく暴れるが片腕で朱里の動きを止めると手の平から鍵を出して空間に鍵をさし、【聖女】の特殊ポーションを出すと朱里の腕に振りかける。
腕の傷が消えると残りのポーションを口元に持っていくが、首を振って嫌がられる。
シーツで朱里の口元を拭い傷なのか手の血の痕かを調べると、唇に噛んだ傷跡と血がにじみ出していた。

「アカリ、唇が傷になってる。ポーションを飲んでおけ」

「・・・グスッ」

涙を目に溜めてルーファスを見る朱里に仕方がないとばかりにポーションを口に含むと朱里の唇を塞ぎ、唇を舐めあげてポーションを流し込む。

「っ!ゲホッ、んっぐ、エホッ」

朱里がむせながらポーションを飲みこむと涙をぽろぽろと流しながらルーファスの胸に顔を押し付けて静かに泣き始める。

「うー・・・っ、グスッ」

「アカリ、自分を傷付けるな。アカリは悪くない」
「・・・グスッ」
 
「怖がらなくていい。もう大丈夫だからな」
「・・・本当、に?」

「ああ。オレもハガネもアルビーも他の従業員もいる」
「・・・うん」

「だから、アカリは安心して笑っていればいい」
「・・・うん」

朱里が涙を拭いて、少し顔を上げるとルーファスが薄く笑う。
釣られて少し朱里が笑うとルーファスの表情も和らぐ。

「アカリが怖がるモノはオレが全部噛み砕いてやるからな」
「・・・それは怖い、ふふ」

「ハガネ辺りは逆に飲み込まれるかもしれないがな」
「ふふふ」

「ようやく笑ったな」
「ふふ。もう、ルーファス。ふふふ」

「ん、アカリは笑ってた方が良い。」
「うん。ありがとう」

朱里の頬を両手で包み込みながらおでこにキスを落とすと朱里のはにかんだ笑顔が返ってくる。
朱里もルーファスの頬を両手で挟んで目を閉じると唇にルーファスの唇が重なる。
触れ合うだけの軽いキス。

「まだ、色々怖くて迷惑かけちゃうかもしれないけど、頑張るね」
「ああ、でも無理はするな」

「怖がって、従業員の人に迷惑かけたの謝りたい・・・」
「気にするな。きっと今頃、皆でアカリを笑わせる方法でも考えてるさ」

「怒ってないかな・・・」
「怒るより、悲しんでるだろ。あいつ等は何だかんだでアカリが好きだからな」

「ダメな若女将でごめんね?」
「そんなことない。うちの大事な看板女将だからな」

「ふふふ。休業中だけど、ね?」
「クククッ、確かに。オレも休業中だがな」

おでこ同士を合わせながら2人で笑い合えばほんの少し朱里の心が軽くなる。
怖くて整頓出来ない心の中は自分でもわからない。
でも、昔と違って1人で泣かなくていい。
こうして目の前の人が一緒に居てくれるなら、きっと大丈夫。


「アカリ、オレの可愛い番。一緒にこれからも居てくれ」
「はい。私の素敵な旦那さま、一緒にいてくださいね」

 少しだけ震える唇にもう一度触れるだけのキスを交わして自分は大丈夫だと言い聞かせる。
久しぶりの【刻狼亭】の部屋で2人で寄り添って眠れば怖い夢も見なかった。

 朝になり、魔獣のクロに久しぶりの喜びを体当たりで受け、クロを連れて朝食を取りに食堂へ顔を出せば、従業員から「頭を撫でてもいいですか!」と、言われて目を丸くして頷けば、我も我もと撫でられ・・・。
困惑顔でルーファスを見れば、ルーファスが従業員に手で「散れ」とシッシッと追い払うものの、数分ごとに来るので、結局、ルーファスの後ろに隠れて顔を赤くする朱里に従業員が「若女将~っ」と泣き声を上げた。


「だから、しつこくしたら駄目だと言ったのにねぇー」
テンが小鬼の口にオカズを入れながら、1人クスリと笑う。
しおりを挟む
感想 1,004

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

婚約者である皇帝は今日別の女と結婚する

アオ
恋愛
公爵家の末娘として転生した美少女マリーが2つ上の幼なじみであり皇帝であるフリードリヒからプロポーズされる。 しかしその日のうちにプロポーズを撤回し別の女と結婚すると言う。 理由は周辺の国との和平のための政略結婚でマリーは泣く泣くフリードのことを諦める。しかしその結婚は実は偽装結婚で 政略結婚の相手である姫の想い人を振り向かせるための偽装結婚式だった。 そんなこととはつゆ知らず、マリーは悩む。すれ違うがその後誤解はとけマリーとフリードは幸せに暮らしました。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。