黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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5章

香り

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 灯台の部屋の中に潮風と一緒に微かに爽やかな甘い香りが漂う。
ルーファスもハガネも少し離れている時に窓の方から流れてくる不思議な香り。
フワッと鼻をくすぐるニオイは日に何度か風に乗って届く。

朱里が顔を上げて窓の方を見ると真っ白な包帯の中で何かの黒い影が映る。
そして朱里が少し身じろぐと影は居なくなってしまう。


雨の降る日は残念ながらニオイはしない。
晴れの日限定らしい。
目の見えない朱里の楽しみの1つがこのニオイだった。

毎日どこかニオイは変わり、それも楽しみの1つ。
ルーファスに聞いても「ああ、今日も来てたのか」と、言うだけ。

「ルーファス、すごく気になるの」
「いつもオレが少し席を外している時に来ているからな」
「ルーファスもあった事が無いの?」
「アカリを驚かしたくないらしい」
「お礼を言えたら良いんだけど・・・」

朱里の頭を撫でるルーファスとベッドに座り、横並びで手を繋ぎ合うだけの穏やかな毎日を最近は過ごしている。
包帯もあと2,3回の治療で終わるらしく、うっすらと白い包帯の中で太陽に照らされて物の影で判別する日々もあと少しで終わる。

その前に、ニオイを届けている犯人(?)にお礼を言いたい。
自分を脅かしたくないという事は見てはいけない気がしたから。


ニオイを届けにきそうな時間帯に窓枠の横で立ちながら朱里がニオイの主を待つ。
窓からニオイが溢れ出し、朱里は思い切って手を伸ばす。



手にツヤっとした感触と申し訳なさそうに喉を鳴らす「キュゥゥゥ」という声。


「・・・アルビー?」


手に頷いたアルビーの動きが伝わり、甘いニオイはアルビーだったと知る。

「クルルルル」

喉を震わせて声を出すアルビーに朱里が申し訳なさと寂しさに「ごめんね」と声を出すと朱里に頬を摺り寄せて、温かい雫が朱里の手を濡らす。

子供の甲高い声が怖くて、アルビーの声にも少し脅えてしまって、アルビーを傷付けたのは自分なのに、優しいアルビーは声を出さない様にしながら毎日ニオイを届けに来てくれていた。


「アルビー泣いてるの?ごめんなさい・・・声、聞かせて?」

ビクッとしたアルビーに、朱里が「怖がって、ごめんね」と、アルビーを撫でればアルビーがグスリと鼻水をすする音がする。

「・・・アカリ、アカリ、私、寂しくて、ふぇっ、ぐすっ」

ぽたぽたと床に落ちるアルビーの涙の音に朱里も「ごめんなさい」と泣き声をあげ2人が泣きながら抱き合っていると、後ろから小さく鼻をすする音がする。

「良かったなぁアルビー」

ぐずっと、鼻をすすり上げたのはハガネの声。
ルーファスが3人を優しい表情で見つめた後に朱里達とは逆の窓の方で黒いドラゴン姿のネルフィームの頭に乗った叔父のギルに向き合う。


「はぁー・・・うちのアルビーが喜んでる。良い物見たので私は帰りましょうかね」
ギルがうっとりとしながら悦に浸ると、ルーファスが小さく溜め息を吐く。

「ギル叔父上、まだ話は終わってない」

「あまり聞きたくないけど、予想はついているよ。私は君の叔父だからね」

眉間にしわを寄せて目を瞑りながらギルは両手を上げて降参ポーズで深いため息を吐きながらルーファスの言葉を待つ。

「当分はギル叔父上に【刻狼亭】を任せる事になると思う」

「それは構わないよ。私はこれでも年若いルーファスに【刻狼亭】以外の道を選ばせてあげられなかった分、【刻狼亭】にルーファスが耐えられなくなった時は一時の逃げ道として何時でも代わってあげられる様に自由な冒険者でいたんだからね」

ギルがルーファスに叔父らしい言葉を吐くとネルフィームが「でも主のは趣味ですよね?」と水を差す。

「あと、温泉大陸の使ってない敷地の一角に新しい【刻狼亭】を建てようと思う」

「あー、それ以上は言わなくていいです。叔父さん解ってますから!温泉大陸の資料調べろっていうならしてあげますよ。地質だろうと何だろうと叔父さん骨身を惜しまず可愛い甥っ子の為に調べ上げてあげますよ」

「ああ、それもあったな。さすがギル叔父上だ」

「ルーファス!他に何かあるっていうんですか?!」

余計な事を言ったとギルがチッと舌打ちしつつネルフィームにクスクス笑われている。
ルーファスが朱里達の方を少し見てからギルの方へ顔を向けると、ギルは少し片眉を上げて口をへの字に曲げる。

「南国のミシリマーフの神官の息子が『神眼』という言葉を発していた様なんだが、ギル叔父上はその言葉に聞き覚えはあるだろうか?」

ギルが少し考えこむとネルフィームが口を開く。

「『神眼』とは人の持つ素質を見ると言われているな。まぁ特殊な能力だから私にもわからんが、アルビーの知識の中にはあるかもしれん。神官は総じて【聖】属性だからアルビーのの記憶にあるかもしれない」

「そうか。アルビーに後で聞いてみる」

「話はそのぐらいなのかい?私はそろそろ帰るけどいいかい?」

「ああ、ギル叔父上悪かったな」

ギルは片手を上げるとネルフィームと一緒に【刻狼亭】へ戻っていく。


ルーファスの後ろではまだアルビーと朱里が抱き合ってお互いに鼻水をすすってハガネに半紙で顔を拭かれている。

朱里がアルビーの首に抱き着きながら鼻をすんすんさせて甘い香りを嗅ぐ。

「アルビーは毎日来てくれてたの?いつも甘い香りがしてたよ?」
「うん。雨の日は匂いが付かなくて来れなかったけど、晴れた日は匂いをいっぱいつけて来たよ」
「この甘い香りなんなの?」
「花だよ。良い香りは心が安らぐから!アカリに届けたくて花畑で花の匂いを魔法でキュッて集めて体に付けて届けてたんだ」
「ありがとう。すごくいい香りで、いつも香りが届くの楽しみにしてたの」
「アカリが喜んでくれて良かった」

アルビーと朱里が2人の世界といわんばかりに抱き合っているのを見て、ルーファスが2人に声を掛ける。

「アカリ、涙で包帯がびしょ濡れだ。取り替えるぞ?」

決して2人の世界に疎外感を感じたわけではない・・・と、ルーファスは思う。
朱里の顔に手を添えて包帯をゆっくりと外せば、目を閉じたままの朱里が目を開ける。

黒曜石の様な瞳の周りは少し赤い。
少し眉をひそめて朱里が目頭を押さえる。

「痛っ・・・」

「大丈夫か?!目を閉じていろ!」

ルーファスが慌てて朱里の瞼の上に手を置くと、朱里が小さく笑う。

「大丈夫。太陽の光が眩しくて目が痛かっただけだから」

「アカリ大丈夫?私、舐めて治そうか?」

アルビーが心配そうに「キュウウウ」と喉を鳴らすと朱里は首を振る。

「もう、治ってきてるみたいだから、太陽の光に馴れたらまた見えるよ」

朱里の言葉にアルビーの尻尾が左右に揺れて、朱里に頬ずりをすると朱里が笑うのを見てルーファスとハガネもようやく安堵する様に小さく笑う。


「アカリ、目が見える様になったら一緒に花畑に行こうね」

アルビーが嬉しそうに言うと朱里も「楽しみにしてるね」と、また2人で抱き合って2人の世界を作り出していた。
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