黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

文字の大きさ
上 下
85 / 960
5章

レモーネ味

しおりを挟む
「大丈夫か?!おい!しっかりしろ!」

上から響く声に聞き覚えがある気もしたが、朱里は意識を手放した。
もう痛いのも怖いのも嫌だった。


この土の香りと草のにおい。
顔の痛さ・・・ルーファスと初めて会った森みたい。
ルーファス、助けに来てほしいよ。
私、ここに居るよ。

涙がポロっと溢れるのを感じながら意識は途切れた。



「こんな小さい子に随分酷い事を」
「主、主は見ない様に」

朱里を抱き上げて自分の服を上に被せると青髪のダリドアが歩き出し、赤髪のエスタークが自分の小さい主イルマールの両眼を塞ぐ。

「おい!こら!やめろ!両目をふさぐな!」

イルマールがエスタークの両手にバリバリと爪を立てるが、エスタークは離さない。

「主、女の子の裸に興味があるなんて変態ですか?」
「主も年頃なんだ、そう言ってやるなエスターク」

従者2人に交互にからかわれるように言われてイルマールが顔を赤くして頬を膨らます。

「お前等本当に失礼だぞ!おれはお前等の主なのに!!」

エスタークとダリドアがハハハっと乾いた声で笑い首を振る。

「仕える主を間違えたな」
「気の迷いって怖いよな」

とても性格の良い2人の従者にイルマールはいつか殴てやろう。そう思った。
エスタークにようやく目から手を離され、イルマールは朱里を見上げて、自分のジャケットをダリドアに渡す。

「俺のジャケットも掛けておいてやれ」

顔を赤くしながら言うイルマールにダリドアはジャケットを受け取り、朱里の顔に掛ける。

「何で顔なんだよ!」
「主の服では小さいし、この子も顔を晒してしまうのは不味いだろ?」
「主、ひとっ走りして医者を我らの部屋に呼ぶといい」

「おれはお前等の主だよな?!」

文句を言いながらもイルマールが走り出し、エスタークがその後を追って走り出す。
なんだかんだ言ってもどちらか一方がイルマールと共に行動する様にしている。
たまにイルマールが逃げ出して見失う時もあるが。


ダリドアが歩いているとハガネがダリドアを見つけて走ってくる。

「アカリ!無事か?!」

「こんな往来で大声は不味いだろ?今、主が医者を呼びに行った。我らの客室に呼ぶ」

「いや、俺達の方であとは診る。客に迷惑はかけられねぇ」

ダリドアはハガネに少し困った顔をして首を振り、少しだけ朱里の姿を見せる。
朱里の腫れあがって血だらけの顔、服の破かれた上半身にハガネが息を呑む。

「・・・温泉鳥の仕業、じゃねぇよな?」
「ああ。少年4人に押さえつけられていた」
「あいつ等・・・っ!」
「この状態では何があったか周りに知られる方がこの子には問題だろ?」

ダリドアが服を戻すと朱里を抱き直して歩き始め、沈痛な面持ちのハガネもそれに続いて歩く。

「ヒナはどうした?」
「ああ、ヒナなら育てるのが上手いやつが診てくれてる」

ハガネは朱里と別れた後、街を歩くイルマール達を捕まえ朱里を頼み、ヒナを製薬室の人間に預けて戻ってきたところだった。
製薬室の人間は温泉大陸のいたるところで採取をしているので温泉鳥の保護もよくしている。
彼らに任せておけば恐らく大丈夫だろう。

製薬室で思い出し、ハガネは朱里をダリドアに任せて駆け出す。
朱里の傷を治すなら何かあっても良い様に【聖女】の特殊ポーションがいるかもしれないと、特殊ポーションの管理をしている若旦那であるルーファスの所へ急いだ。


ハガネが【刻狼亭】の暖簾のれんをくぐり、フロントロビーに入ると、メビナとタマホメが顔をしかめる。

「ハガネ、卵の殻が落ちる」
「ハガネ、掃除が必要だよ」

山吹色の狐獣人の幼女2人に言われて、ハガネは自分が温泉卵をぶつけられて随分な卵まみれになっている事を思い出す。

「悪い。ちょっと急ぎなんだ。後で掃除手伝うからよ!」

「後じゃ遅い!」
「後でおごれ!」

ちりとりとホウキを持って双子がプリプリ怒りながらもハガネを先に進ませる。
双子にもハガネが急ぐ時の理由が最近は朱里関係だと判っているので早々止めたりはしない。

ハガネが執務室に顔を出すとテンと小鬼しかおらず、2人にルーファスの行き先を聞けば、昼食会で客を接待している最中らしい。
さすがにこの卵まみれでは料亭内を歩くのは【刻狼亭】の品格に問題が出るのでハガネは急いで従業員のお仕着せに着替える。
普段のハガネはお仕着せは着ない。
朱里とセットで動いているので朱里が目立たない様に私服の唐草模様の着物で歩き回っているからだ。
お仕着せを着こむと、調理場に顔を出す。

「若旦那に緊急の要件が出来た!アカリのレモーネ味のジュース出してくれ!」

朱里に何かあった時に合図として『復興祈願ジュース』のミッカではないレモーネ味という物が数本作られている。
ハガネは調理場からレモーネ味を受け取ると、急いでルーファスの居る部屋へ向かう。

料亭内の宴会場より少し狭い接待用の部屋にハガネは手を掛けてゆっくり開ける。

「失礼します。若女将から新作の『復興祈願ジュース』のレモーネ味をご賞味してほしいとお持ちしました」

室内に居る貴族連中とルーファス、そして朱里の替え玉のシュテンがハガネの方へ眼をやる。

「おや、女将さん新作ですか?いいですね」
「そうなんですの。良ければお試しくださいな」

貴族とシュテンがにこやかに会話をし、ルーファスが席を立ってハガネの方へ来る。

「悪いな。アカリ、これをお注ぎしてくれ」

そう言ってシュテンにハガネから受け取ったレモーネを渡す。
そして、ハガネに目線を合わせて小声で話す。

「アカリに何かあったのか?」
「今は何とも言えねぇ。【聖女】の特殊ポーションを1本渡してほしい」

「分かった」

ルーファスが手の平から鍵を出し空間に差し込み特殊ポーションを出しハガネに渡す。
鍵を手の平に仕舞い込むと、ルーファスがハガネの顔を見つめる。

「大丈夫なのか?ハガネ、お前顔色が悪いぞ」
「若旦那、すまねぇ。アカリを守り切れなかった」

ルーファスの耳がピクッと動き、ハガネの腕を掴む。

「何が、あった?」
「今、医者を呼んでる。まだ判らねぇけど無事とは言えない」

ハガネを押しのけてルーファスが動くのをハガネが止める。

「離せ!邪魔するとただではすまんぞ!」
「若旦那!今は駄目だ・・・アカリ自身が怖がるかもしれねぇ」

「・・・どういう事だ?」
「アカリと主従契約してるから解かるんだけどよ、朱里の心が壊れる寸前だ」
しおりを挟む
感想 1,004

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

婚約者である皇帝は今日別の女と結婚する

アオ
恋愛
公爵家の末娘として転生した美少女マリーが2つ上の幼なじみであり皇帝であるフリードリヒからプロポーズされる。 しかしその日のうちにプロポーズを撤回し別の女と結婚すると言う。 理由は周辺の国との和平のための政略結婚でマリーは泣く泣くフリードのことを諦める。しかしその結婚は実は偽装結婚で 政略結婚の相手である姫の想い人を振り向かせるための偽装結婚式だった。 そんなこととはつゆ知らず、マリーは悩む。すれ違うがその後誤解はとけマリーとフリードは幸せに暮らしました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。