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5章
サラノア
しおりを挟むサラノアが3歳になった。
もう一刻の猶予も無いほどにサラノアの魔力は残り少なくなっていた。
サアユは自分の意思を決めていたせいか、残されるセイランの為に森の国をサラノアの為にも安全な場所にすべく、ハガネに命令をしては獣人達の協力を仰ぎ、協力をしない逆にこちらを売りそうな獣人は容赦なく闇に葬っていっていた。
数多くの者を葬り、両手が血に染まってもハガネはサアユの従者で最後の最期まで付き合うのは自分だと決めていた。誰に何を言われても、主君の命令は絶対だと付き従った。
【幻惑】使いのハガネ。
卑怯者でずる賢く、悪魔の様だと噂された。
いきなり街中で襲われたこともあるが、サアユが容赦なく薙ぎ払っていった。
「サアユは体術よりもっと別の槍術とか剣術とか少しは武器を持つ事を覚えた方が良いと思うぜ?」
「それは無理ね!私は不器用だから、武器なんてどっかに飛んで無くなるもの」
「サアユ・・・お前はそういう奴だよな」
カラカラとサアユが笑い、ハガネはいつか接近戦でサアユが怪我をするんじゃないかとヒヤヒヤさせられていた。
しかし、サアユはそんなハガネに「私は強いから!」と自信満々で言って笑い飛ばす。
水の国との戦いはほとんど奇襲戦でお互いにいつも緊張感のある中で過ごしていた。
セイランは森の国に戻っては指揮を執り、隠れ家には中々帰ってこれない日々が続き、ようやく戻ってきた日、サアユが止めるのも聞かず、セイランはサラノアを連れ出した。
「待って!セイラン!サラノアを連れて行かないで!」
泣き叫びながら追うサアユにセイランが悲しそうな顔をして「ごめん、サアユ」それだけ言って去っていった。
次の日、森の国を水の国の王が全軍を用いて奇襲を仕掛けてきた。
ハガネとサアユが隠れ家から森の国へ着いた時には全ては決着がついていた。
息絶えた水の王と、血を流して倒れているセイランが王の間に居た。
ハガネがセイランを抱き起し、サアユが震える手でセイランの手を握ると、セイランは目を開けてサアユを見つめて涙を零した。
「ごめん。サアユを傷付けないと約束したのに・・・」
「セイラン、諦めないで!死んだりしないで!」
サアユがギュッとセイランの手を握りハガネを見つめるが、ハガネは出血量を見てもう助からないと首を振る。
ハガネだってセイランが好きだし死んでほしくは無いが、抱き上げたセイランの命が零れ落ちていくのを感じる。
「サラノアに私が死んだら魔力が全ていく様に魔法を施したから・・・サアユは反対するだろうけど、サラノアの事頼んだよ」
「ダメよ!サラノアには私の魔力をあげるの!セイランの魔力じゃない!」
ボロボロと涙を零してサアユが泣きじゃくるとセイランがサアユの頬に手を伸ばし、力なく笑う。
「サアユはそうすると思って、先手を打った。サアユの使える魔法が1つなのを知っているからね」
「嫌よ!私の子供なの!私が助けるの!セイランが育ててくれないと駄目なの!」
「私は君の『番』だから君に生きて欲しい」
「私だってセイランの『番』なんだからあなたに生きてて欲しいのよ!」
サアユの頬からセイランの手が落ちると、セイランはそれ以上何も言わず、命は零れ落ちて逝ってしまった。
泣いて嫌だと叫ぶサアユの頬を叩いてハガネが声を振り絞る。
「今はそれよりサラノアを探すんだ!セイランが命を懸けたんだ!サラノアをこれから育てて生きていくのはサアユお前だろ!」
サアユを支えながらサラノアを探す2人の前に黒い騎士服を着た男がサラノアを抱いて立っていた。
森の国の騎士で、サアユによく突っかかってきた騎士。
「セイラン王が亡くなったようですね」
騎士の言葉にサアユの表情が強張り、涙が溢れては零れ落ちていく。
ハガネがサラノアを寄越す様に手を伸ばすと、騎士はサラノアを抱きしめて離さなかった。
「おい。お前サラノアをサアユに渡せ!」
「それは出来ない。彼女は森の国の王女だ!そこの水の国の王女に渡すわけにはいかない!我らの王を殺した水の国の者に渡すわけにはいかない!」
ハガネがもしもの時の為に持ってきた剣を引き抜き、騎士と距離を取ると、騎士がじりじりと後ろに下がり、扉を出て行こうとした時、まだ生き残りが居たのか水の国の兵士が剣を振りかぶって立っていた。
「ダメぇええええ!!!」
騎士を突き飛ばし、水の国の兵士にサアユが斬られ、ハガネの目の前を赤く染めあげた。
ハガネが水の国の兵士を剣で斬り捨て、サアユに駆け寄り抱き上げるとサアユが騎士に向かって手を伸ばす。
「サラ、ノアは・・・無事・・・?」
ゴホッとサアユの口から血が溢れ、ハガネは必死にサアユの体から命が零れ落ちない様にきつく抱きしめる。
サラノアを抱いた騎士は呆然としてその場から動こうともしなかった。
サラノアが泣き出して、サアユが必死に手を動かすが、もう指先だけが動くだけだった。
「サアユ、それ以上動くな!サラノアは無事だから!頼むから!」
騎士がようやくノロノロと立ち上がるとサラノアが泣きながらサアユの所まで走ってくる。
「ママぁーこあいよぉー」
小さなサラノアの手がサアユの体に触れると、サアユが笑って涙を零す。
「だい、じょうぶ。泣かない・・で・・、ね」
サアユがハガネの方を見て目が合うと、サアユが口を動かす。
何を言いたいのか解かったハガネは泣きそうになる自分の声を押し殺し、サアユの最初で最後の魔法を補助する。
セイランの魔力ではいつかサラノアの魔力は尽きてしまうから、結局はサアユの魔力がサラノアに必要だとハガネも解っていたから、セイランとサアユ2人の願いを優先させた。
たった一人の大切な主君を失っても、主君の望みを叶える。
サアユの命が消えるまで、ハガネはサアユに【幻惑】を掛けた。
セイランとサアユがサラノアの成長した姿を見て笑う、そんな優しい【幻惑】を見せ続けた。サアユの命が消えて、サラノアに魔力が移動するとハガネは物言わぬ主君を抱きしめて声を殺して泣いた。
ハガネの初めての主君、サアユ。
自信家で堂々として、不器用で体術ばかり得意な魔力持ちの変な女。
子供の為にあっけなく散った、そんな家族思いの主君だった。
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