黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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5章

主と従者

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「「うちの主がご迷惑を・・・」」
「うちの従者が悪かった・・・」

褐色の肌の従者、赤髪の人の話は聞かないエスタークと剣を抜き麺棒で叩きのめされた青髪のダリドア。
そして彼らの主である獣人の少年。

調理場の床に3人は座らされ、椅子に座って彼らを見下ろす不愛想な料理人と立ったまま腕組をして背丈の高さで威嚇するハガネという図が出来ていた。

「女の子に付きまとうなんて・・・育て方間違ったか」
「・・・主はいつも余計な事しかしない・・・」

エスタークとダリドアが左と右から真ん中の少年を小突き、少年の白い耳がピクピクと怒りに震えだし、左右の従者の腹に両手でパンチを入れて応戦する。

「お前等だっていきなり攻撃仕掛けて、挙句やり返されてるじゃないか!」

「【刻狼亭】で戦闘になったら負けるのは必然、主思いの我らに感謝しろ」
「初めから勝てない戦いに我らを巻き込んだ主が悪い」

ゴウン・・・

調理人の麺棒が調理場の床で突き立てられ、3人が押し黙る。
料理場の奥で作業していた朱里とアルビーは一瞬何事かと首をひねりながらハガネの方を見るが、何でも無いと白い歯を見せて笑うハガネを見て、また作業の手を動かし始める。


「で?お客さんよ。うちの子に手を出すのは禁止だ。わかったな?」

「おれはただ、父上に『復興祈願ジュース』を作った女将を見せたかっただけなんだ・・・警戒させないように遊びに誘って連れて行こうとしたのが強引だったかもしれないけど、悪気はなかった」

少年がハガネを見上げながら、少しむくれた顔をして横の従者2人に小さく溜め息を吐かれている。
ハガネが片眉を上げながら、少年を見下ろして少し考え込む。

「ガキんちょは、確か『蝋燭の間』の客の子供だな。療養目的の薬湯風呂のとこだったか?」

「ああ、そうだ。父上が【病魔】で内臓の疾患を悪化させたからここにしばらく滞在している。父上が『復興祈願ジュース』を飲んだら体の痛みが無くなって女将に礼が言いたいと言うから、【刻狼亭】の旦那に女将に会わせてもらったが、偽物だった様だから・・・本物のあの子を父上の所に連れて行きたかったんだ」

朱里の方を少年が見ながら物欲しそうな目をしているが、ハガネと料理人は眉間にしわを深くするだけだった。

「待て、何で若旦那が偽物を用意したとお前は決めつけてるんだ?」

「あの女将からはミッカのニオイがして無いからだ。『復興祈願ジュース』は女将の手作りと聞いたのに、女将からミッカのニオイはしないし、何より番同士という話なのに旦那のニオイが女将からしないのはおかしい」

少年が朱里の方を見ながらさらに言葉を続ける。

「ミッカのニオイが染みついていて、尚且つ旦那のニオイがあの子からはしている。そして黒目黒髪の女将の特徴・・・と、くればあの子が女将って事になるだろ?」

どうだ?と、言わんばかりに少年がハガネを見ると、ハガネと料理人も少し眉間に手を置いてルーファスの詰めの甘さに頭を悩ます。

獣人故の鼻の良さを少し舐めていたのかもしれない。

「・・・うちの子が忙しい女将の為に代わりにジュースを作ってるだけだとしたら別におかしい話じゃねぇし、旦那のニオイがしててもうちの子が着てる服は若旦那が用意してやった物だとしたらニオイが多少ついててもおかしくはないだろ?」

ハガネが苦し紛れの揚げ足取りをするも、少年は胡乱な視線をハガネに投げかける。

「別に女将だと暴き立てたいわけじゃないんだ。感謝を伝えたいという父上の意思をおれが叶えたかっただけだ。おれも父上が苦しまなくて済むようになったのに感謝しているし、父上に会わせるのは駄目だろうか?」


「・・・温泉の効能が体に効いただけかもしれねぇだろ?お礼なんて気にせずに『やったー治ったー』ぐらいでいいじゃねぇか。めんどくせぇな」

真剣な顔をする少年にハガネは面倒くさいと顔と態度で示しながら料理人と目線を合わせて肩をすくめる。
料理人は不愛想な顔のまま手で麺棒をタシタシと音をさせながら「うちの子に手を出すな」と威嚇している。


「おれは南国ミシリマーフの神官テルトワイト・ジスの息子イルマール・ジスだぞ。秘匿された物程おれの【神眼】は見抜くんだ。『復興祈願ジュース』の効能が体を癒したのは確実だ」

少年イルマールが自信ありげな顔をして自分の身分を明かすと、横に座っていたエスタークとダリドアから横腹に拳を入れられる。

「すまない。忘れて欲しい。うちの主は妄想癖がある」
「虚言壁のある主なんだ。謝罪をするので戻らせてもらう」

エスタークとダリドアはイルマールを左右から引っ張り引きずるようにして調理場から素早く逃げ出して出ていく。

残された調理場で料理人とハガネが眉間にしわを寄せたまま「なんだかなぁ」と疲れた声を出した。



料理場から出て旅館の壁の隅でエスタークが自分の小さな主に壁ドンをすると、ダリドアも自分の小さな主の股の間に壁蹴りでドンと片足を上げ睨み付ける。

「主はバカなのか?お忍びという言葉を知ってるか?」
「秘匿されてるのは主の【神眼】もそうだと忘れてるのか?」

従者たちの怒りにイルマールの白い耳がぺしょりと下がる。

「いや、でも・・・あと少しで論破出来そうだったし・・・」

「「あっ???」」

ガラの悪い顔で従者2人に睨まれ、イルマールは「・・・悪かった」と小さく呟き、引きずられるように自分達の泊っている部屋『蝋燭の間』まで戻ると、部屋の中で【刻狼亭】の客用浴衣を着てくつろぐ痩せた線の細いイルマールと同じ金髪に白い耳と尾をした顔に布を巻いた男性が居た。


「おや?イル帰ってきたのかい?」

「父上!起きていて大丈夫ですか?」

嬉しそうにイルマールが父親に駆け寄ると、優しい手つきでイルマールの頭を撫でる。
喉をゴロゴロと鳴らしながら甘えて、年相応の子供の顔を見せる。

「ここに来てから凄く調子が良いからね。療養にきて正解だったよ」

「聞いてください父上!おれ【刻狼亭】の女将を見つけましたよ!父上の体を治せる能力だと【神眼】で見えましたから、絶対連れてきます!」

イルマールの言葉に父親テルトワイト・ジスは息子の頭を軽く叩く。

「イル。私の事は気にしなくていい。お前はむやみに【神眼】を使うんじゃないと言っているだろう?」

「大丈夫です!おれはやれば出来る子なんですよ!」

「イル・・・人の話は聞きなさい・・・まったく」

テルトワイトが呆れた声を出すがイルマールは「次こそは連れてきます!」と元気に答え、従者の2人に「反省しろ!」と左右から叩かれていた。
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