黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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4章

鋼の心

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「無事、温泉街の住民にポーション行き渡りました!」

源泉の枯れた既に使われなくなって10年以上経つ洞窟の奥深くでその声が響き、【刻狼亭】の製薬の出来る従業員5名とハガネと朱里がワッと歓声を上げたのは【病魔】騒ぎから6日目の朝だった。

流石に製薬に携わっていた5人は寝ずのポーション作りに疲労困憊で5人とも寄り添う様にその場で倒れ込む。
「疲れましたねー」
「あー、久々に忙しかった」
「前に忙しかったのは流行り病の時でしたよねー」
「アレは酷かった・・・色んな意味で」
「これで寝れるな」
そう口々に言いながらも皆満足そうに口元に弧を描いている。

「皆さん、宿舎に戻ってゆっくり休んでくださいね」
朱里がそう口にすると5人は「若女将もしっかり休んでくださいね」と顔を上げる。
ハガネに「そうだぞ」と、怒られながら朱里は親指を立てる。
5人も親指を立てて再び床に倒れ込む。


「ハガネ、やっとこれで【刻狼亭】を守ったよって言えるね」
「バーカ。こんなにまでしなくても、帰る場所に待ってる人が居れば、それだけで自分の帰る場所を守ってもらえたって感謝されるんだから、お前もこいつらもやりすぎなぐらい良くやったんだ。胸を張っとけ」

ハガネは懐から椿で出来た櫛と金糸と紫の飾り紐を取り出すと、朱里の髪をすいて飾り紐で髪を結び付ける。

「アカリが頑張ったご褒美だ。俺の主君の物だけど朱里にやるよ」
ハガネが懐かしそうな目で朱里の飾り紐を見ながら、朱里の手の平に櫛を渡す。

「え・・・、主君って番と同じくらい大事な人なんでしょ?もらえないよ」
朱里が櫛を返そうとするとハガネは白い歯を見せて笑う。

「俺はアカリを主君って認めたからな。お前にこれからは尽くしてやるよ」
「へっ?何言ってるの?待って待って、普通に今まで通りでいいよ!」
「今まで通りだよ。変わんねぇ。ただ、俺が心に決めただけだ」
ハガネの決意した表情に朱里は困った顔をしつつも櫛を握りしめる。

「じゃあ、ハガネこれからも普通に今まで通りよろしくね」

「ああ、東国ツルガ湖山脈【鋼】のむじなハガネ。主君アカリに『心』を預ける」

ハガネの言葉に朱里が眉間にしわを寄せて引き攣った笑顔を作った。

「すごく重苦しい物を言われた気がするのだけど?」
「そうか?まぁ気にすんな」
カラカラとハガネが笑い朱里は小さく「うーん」と頭をひねる。



報告にきた従業員と製薬の5人と一緒に荷車に布団や持ち込んだ生活道具に製薬の道具を詰め込んで【刻狼亭】へ帰る事になった。

「ハァー、短い様で長い5日間だった」
「早く飯食って風呂入って寝たい」
「特別手当出ますかねぇ?」
「前の流行り病どうだったっけ?」
「確かこれだけ出た」
製薬の5人は指で手当てがどれだけ出たかで「おおお」と騒いでいる。
朱里はハガネに横抱きにされながらそんな5人の姿を見て笑っている。
貧血で立ち上がると立ち眩みがする為にこの状態になっており、朱里的に非常に落ち着かない。

「ルーファスに怒られないといいなぁ」
「まぁ多少は覚悟するしかねぇけど、今回は仕方がねぇさ」
「そうだよね。でも、怖いなー」

そんな事を言い合っていると、港の方でドーンという音と共に温泉街に衝撃と爆風、そして破壊音が響いた。
ハガネに庇われながら倒れ込んだ朱里の目に映ったのは、温泉街の土産屋のあった場所が半壊をしている惨状と、製薬の従業員が血を流している姿だった。

「いててっ・・・アカリ大丈夫か?」
ハガネが下敷きにした朱里に声を掛ける。
「私は平気、それよりほかの人が!」
ハガネは起き上がり朱里を立たせると道に倒れた他の従業員に呼びかける。

「お前等大丈夫か?!」
「何が起きた?」
「いってぇー・・・なんだ?」
そんな事を口々に言いながら、6人は何とか立ち上がる。

「何かが飛んできた」
血を手拭いでふき取りながら製薬の従業員が自分の体を確かめる。
「多分、あの土産屋の破片だろ」
ハガネが半壊した土産物屋を指さす。

「土産物屋に人が居ないか調べるぞ!」
ハガネと他の従業員が土産物屋に走っていき、店の中に足を踏み入れ店内から店主の女性を担いで出てくる。
道端で応急処置をしながら、製薬の従業員が薬草でポーションを作り女性に飲ませ、製薬の一人が治療院に医者を呼びに走る。

「「どいて!どいてー!」」

風の様なという表現がそのままに、鎖鎌を手にしたタマホメとメビナが目の前を通過する。

「お前等何があったー!」
ハガネが大声で双子に叫ぶと、「恩を仇で返された!」「船から攻撃された!」そう言いながら港の方へ消えて行った。

「まさかポーションで助けた奴がポーション欲しさに攻撃しかけてきてんのか?」
ハガネが呟いて舌打ちする。

「有り得ない話じゃないよ」
「想定内さ」
「でも、これは頂けねぇな」
「こっちはほとんど寝てないのにふざけやがって」

製薬の従業員がそう言いながら肩を鳴らして一息つくと朱里の方へ来る。

「若女将、この6日間頑張ったんだ。あんたはもう休めよ?」
「これ以上は俺達も若女将も休むべきだからな」
「親切にしたのにこんな事されたんだ。仏心だすなよ」
「若女将は今は休んで若旦那の帰りを待ってな」
口々に製薬の4人は言い、朱里に言い聞かせる。

「私はお人好しじゃないよ?【刻狼亭】の皆と温泉街の人を助けたかっただけなの。他の温泉街に来てた商人や冒険者にポーション配ってもらったのは温泉街の人達に【病魔】を感染させたくなかったからだもの」

朱里が4人に言い返すと、4人は顔を見合わせて「さすが【刻狼亭】の若女将だな」と言って笑う。

朱里だってルーファスの大切にしている温泉街の人々を助けたくて行動しているだけで、その人々を攻撃してくる人間に親切にしてやるほどお人好しではない。

「アカリ、お前は危ないから【刻狼亭】に帰るぞ」
ハガネが手を伸ばした瞬間、また港からドーンという音が響き、気付いた時には壁に体を打ち付けて地面に倒れていた。


クラクラする頭を持ち上げ朱里が目を開けると土産屋の横のお茶屋が吹き飛ばされ、朱里の反対方向の壁にハガネと製薬の従業員4人が倒れていた。

起き上がろうと腕に力を入れると、貧血を起こし目の前が何も見えなくなる。
必死に手を伸ばし、何かを掴もうと力を入れると、何かが朱里の体を持ち上げる。

「アカリ!」

朱里の耳に声が届く。

「ルーファス、ごめ・・・なさ・・・」

ぐるぐるする眩暈にそれ以上は言えずに朱里の意識は途切れる。
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