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繭の恋

ご破算

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 乕松が茶屋を出た頃、小梅と小松は佐平に届けるように言われた三色団子を【久世楼】へ届けに来ていた。
 二人は女中にお勝手処かってどころに通され、何やら騒がしくなった店内を首を伸ばして見る。

「おや、どうしたんだろうねぇ?」

 お勝手処の女中も不思議そうな顔をして、店の方へと顔を向け、他の従業員にも声を掛ける。

「ねえ、どうしちまったんだい。騒々しいけどさ」
「それがね。お繭ちゃんがこの店の娘じゃ無いってんで、お見合いがご破算になったみたいなんだけど……」
「「なんですって!!」」

 小梅と小松が口を揃えて憤慨ふんがいする。
 繭は二人にとっても姉ならば、この【久世楼】での娘でもあるのだ。
 血は繋がらずとも、それは一緒に過ごした年月と人の絆が繭という人間を認めて、人々も認識している事で、他人様に店の娘ではないなどと言われる筋合いも無いのである。

「お繭姐さんは、この店の娘だよ! どんなとんちきがそんなことを言ってんのさ!」
「あたしらが締め上げてやるわ!」

 二人がお勝手処から店に上がり込むと、店と住まいを繋ぐ廊下は従業員でごった返していた。
 喧騒の大本は、般若のような顔をした【久世楼】の女将だった。
 手には店の掃除道具のはたきを持ち、見合いに着たであろう男と父親を追い出しにかかり、それを従業員がはやし立てる者もいれば、止めにかかる者もいる。

「うちの繭はねぇ、アタシの大事な娘なんだよ! そちらさんが是非にと言うから、席を設けてやったのに!」
「そうは言っても、ただの女中じゃないか!」
「まだ言う気かい! 誰か、塩持ってきな! 頭からぶっかけちまいな!」

 小梅と小松も女将に加勢するように声を出す。

「一昨日きやがれってんだよ! お繭姐さんの魅力が分からない男なんざ、こっちからお断りよ!」
「お繭姐さんの価値が分からない男になんざ、お繭姐さんは勿体ない!」

 女将の後ろで繭だけが、申し訳なさそうな顔で謝り続けている。
 しかし、女将に見合い相手の悲鳴、そして小梅たちの加勢の声に、繭の謝罪はかき消されていた。

「あんたんとことは、縁を切らせてもらう!」
「そうだ! こんな野蛮な女将がいるなんておっかない!」
「ええ、ええ! こっちこそ、願っても無いね!」

 見合い相手の父子がそう叫び、女将が言い返して店の外へと追い出した。
 そこへ駆け込んだのは、乕松だった。
 息を切らして、乕松は女将の後ろで謝り倒している繭を見付けるなり、女将を押しのけて繭の両肩に両手を置く。

「ちょっ! 乕松! この放蕩息子! お前が……」

 女将が乕松に八つ当たり気味に啖呵たんかを飛ばそうとした時、自分の息子の真剣な顔に言葉を呑み込んだ。

「繭。見合いなんざしなくていい!」
「若、様……?」

 繭が困惑すると、乕松は息を吸い込み、赤くなった顔で叫ぶように告白した。

「オレが、繭を幸せにしてやる! だから、何処にも行かなくていい! 嫁に行きたきゃ、オレの所に来ればいいだろう!」

 その場が静まり返り沈黙がしばしその場を支配した。
 先にいたたまれなくなったのは乕松で、勢いだけの告白にたじろぐと、女将がはたきで頭を叩いてきた。
 
「この莫迦ばか息子! 気の利いた言葉一つ言えやしないのかい!?」
「な……っ! ってぇ、お袋、こりゃあ一体、皆もどうしたんだ?」
「呆れたね。少しは周りを見て、こうどうしろって母ちゃんは言い聞かせてきただろ!」

 ようやく周りの人々が自分の視界に映り、乕松はばつの悪そうな顔をする。
 
「若様……」
「あの、そのだなぁ……繭、あー……着物、よく似合ってるじゃねぇか」
「もう、若様ったら。本当に、気が利かないんですから」

 繭がはにかんで笑うと、乕松は誤魔化すように頬を指で掻く。
 
「はぁー……仕方がないね。皆、乕松が繭を若女将に据える覚悟が決まったよ! さあ、新年前に景気よく祝言の準備だよ!」

 女将の声に従業員達が乕松と繭をはやし立てながら、「忙しくなるねぇ」と笑って声を出した。
 小梅と小松は、持ってきた土産の三色団子を繭に押し付けて、黄色い声をあげて楽しそうに店を出ていく。
 次の日には、二人のお喋りすずめのおかげか、乕松と繭の祝言の話で神社通りは賑わうのだった。
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