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繭の恋
乕松と出会う
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繭と乕松が出会ったのは、繭が四つで乕松が九つの時だった。
乕松は生まれも育ちも、この神社通りだが、繭はここより北へ二週間ほど歩いた場所で生まれて育った。
なぜこの土地へ来たかと言えば、簡単な話だ。
口減らしの為に親に売られたのである。
しかし、繭を連れてきた男がここへ来る道中で、山道を滑り落ちてこと切れてしまった。
そこへ行商の男が通りかかり、【久世楼】へと連れてきたのである。
【久世楼】には、お蝶という名の女の子が居たが、三歳を超えずに亡くなり、繭をお蝶に重ねた。
それからずっと、繭は【久世楼】の女中という立場ではあるものの、娘でもあるのだ。
「若様! やっと、見つけたー!」
「おっ、繭じゃねぇか。どうしたんだ?」
駆け回って乕松を探し回っていた繭は、ようやく見つけた放蕩兄を、腰に手を当てて怒ってみせる。
「今日は、お帳簿さんが銭勘定するから、若様に居るようにって、言ったじゃないですか!」
「ああ、そんなこと言ってたなぁ。親父たちがなんとかするだろうさ」
「その旦那様たちがお留守だから、若様に居て下さいって、言ったじゃないですか! 私の話を聞いていなかったんですね!」
「繭はおっかねぇなぁ。そんなんじゃ、嫁の貰い手が無くなっちまうぞ」
「もう! 私は若様がお嫁さんを貰うまでは、どこにも嫁ぎはしませんよ!」
繭の剣幕に、乕松が笑って「わかった、わかった」と、自分の首から襟巻を取って繭の首にぐるぐると巻き付ける。
「ほら、繭帰るぞ」
「……もう。若様は」
乕松の何気ない優しさに、繭は心を温かくしながら、乕松の後姿を追って歩く。
子供の頃から、ずっと繭の兄貴分であり、今でも兄貴分なのだろう。
繭としては、一人の女として見て欲しいのだが、乕松はいつでもどこでも誰にでも分け隔てなく接するために、何を思い誰を好いているかは、とんと分からずじまいだ。
「繭。お帳簿が終わったら、佐平の親父のところでぜんざいでも食うか?」
「なら、焼き団子も追加して下さいね? 私、若様を探してくたびれましたから」
「おう。なんでも食え食え。背が伸びるかもしれねぇぞ」
「若様っ!」
真っ赤な顔で怒って乕松を怒鳴り散らすことが出来るのは、今のところ、乕松の両親と繭だけだ。
このまま毎日がずっと、続けばいいと繭は思いながらも、先にも後にも動けないままの状態に歯噛みもしていたのだった。
乕松は生まれも育ちも、この神社通りだが、繭はここより北へ二週間ほど歩いた場所で生まれて育った。
なぜこの土地へ来たかと言えば、簡単な話だ。
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しかし、繭を連れてきた男がここへ来る道中で、山道を滑り落ちてこと切れてしまった。
そこへ行商の男が通りかかり、【久世楼】へと連れてきたのである。
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それからずっと、繭は【久世楼】の女中という立場ではあるものの、娘でもあるのだ。
「若様! やっと、見つけたー!」
「おっ、繭じゃねぇか。どうしたんだ?」
駆け回って乕松を探し回っていた繭は、ようやく見つけた放蕩兄を、腰に手を当てて怒ってみせる。
「今日は、お帳簿さんが銭勘定するから、若様に居るようにって、言ったじゃないですか!」
「ああ、そんなこと言ってたなぁ。親父たちがなんとかするだろうさ」
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「繭はおっかねぇなぁ。そんなんじゃ、嫁の貰い手が無くなっちまうぞ」
「もう! 私は若様がお嫁さんを貰うまでは、どこにも嫁ぎはしませんよ!」
繭の剣幕に、乕松が笑って「わかった、わかった」と、自分の首から襟巻を取って繭の首にぐるぐると巻き付ける。
「ほら、繭帰るぞ」
「……もう。若様は」
乕松の何気ない優しさに、繭は心を温かくしながら、乕松の後姿を追って歩く。
子供の頃から、ずっと繭の兄貴分であり、今でも兄貴分なのだろう。
繭としては、一人の女として見て欲しいのだが、乕松はいつでもどこでも誰にでも分け隔てなく接するために、何を思い誰を好いているかは、とんと分からずじまいだ。
「繭。お帳簿が終わったら、佐平の親父のところでぜんざいでも食うか?」
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「おう。なんでも食え食え。背が伸びるかもしれねぇぞ」
「若様っ!」
真っ赤な顔で怒って乕松を怒鳴り散らすことが出来るのは、今のところ、乕松の両親と繭だけだ。
このまま毎日がずっと、続けばいいと繭は思いながらも、先にも後にも動けないままの状態に歯噛みもしていたのだった。
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