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小梅の恋
武家の娘
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「それで、乕松の若旦那。下手人はどうなりやした?」
乕松に茶を出して、佐平もどっかりと椅子に座る。
一口茶を啜り、乕松は懐から折りたたんだ和紙を取り出す。
文字の読み書きが苦手な佐平は、少し困った顔で和紙を広げて見てみれば、そこにあったのは人相書きだった。
「こりゃあ、昨日の下手人で?」
「ああ。佐平の旦那、お手柄だぜ? 金一封出るかもしれねぇな」
佐平は下手人の男に殴られただけで、下手人を退治したのは乕松だ。だが、乕松にそれを言ったところ「俺は何もしちゃいねぇよ」と景気よく笑って、佐平を立ててくれる。
乕松は気前のいい男である……凶悪な面構えをしているのが惜しいところだが、それも魅力なのだろう。
凶悪な顔の乕松に、人相書きの男はちょいとばかり似ている。
実際は下手人の男は、人相書きほど凶悪な顔はしていなかった、と佐平は思い返す。
「しかし、ご面相は凶悪な面に描かれていますねぇ。こいつ、何をやらかしたんで?」
「こいつは、ある武家屋敷の娘殺しさ。ご面相が凶悪なのは人相見た奴は大抵、人を殺すような奴は恐ろしい顔をしていると、思ってるからだろうな」
「なるほどねぇ。おいらにゃ、乕松の若旦那の方がおっかねぇから、下手人は怖ぇ顔には見えなかったねぇ」
「こいつは、生まれつきの顔だ。文句なら、親父とお袋に言ってくれ」
乕松がにんまりと笑うと佐平は、【久世楼】の旦那と女将さんを半々にした顔だと思う。
外見で言うなら、眼光鋭い所は父親譲りなら、口元が吊り上がり気味なのは母親譲り。
性格は、気前が良く面倒見が良いのは父親から、曲がったことが嫌いで面倒ごとに顔を突っ込みがちなところは母親譲り、という具合だ。
親父さんは仁王像のようないかめしい顔で、女将さんは狐のような顔。
見た目だけなら、悪党のような……と、いえなくも無いだろう。
「乕松の若旦那は、いい人は居ないんですかい?」
「俺はまだ修行中の身だ。まだ半人前にゃ、嫁なんて勿体ねぇさ」
「そんなことを言っていると、婚期がまた遠のきますぜ」
「佐平の旦那も言うねぇ」
「そりゃあ、乕松の若旦那にも、所帯を持って落ち着いてほしいですからね」
お節介ではあるものの、佐平は乕松に良縁があるように願っている。
小梅は勿論だが、乕松も佐平にとっては、子供の時から見てきた息子のようなものだ。
「ああ、そうだ。好いた惚れたといやあ……お松が手に入れた着物の端布が、奴が本当に狙っていたもんだ。お松は分かっちゃいなかったようだが、惚れた腫れたの話じゃ始めっから無かったみてぇだな」
「端布がですか?」
「おうよ。端布のどこかに、下手人が武家の娘にやった柘植櫛が縫い込んであったらしい。それを取り戻したかったらしいな」
「なんだって、そんな物を着物なんかに縫い付けたってんだ?」
「身分違いのなんとやらだ」
「人目を忍ぶ恋って、やつですかい」
好いて好かれて、互いに想いを寄せ合えど、報われぬものというものはある。
武家の娘は一人娘。入り婿を取って家を存続させる義務があった。
貫き通せぬ想いなら、相手の為に身を引くこともあろうが、下手人は手に入らぬならと、武家の娘を殺めてしまった。
その場で着物を手に入れたなら、どこか遠くへ行ったのだろう。
すぐさま武家屋敷の人間に見付かり、大騒ぎとなった為に、着物から柘植櫛を取り出せず逃亡。
武家屋敷は継ぐ娘が居なくなった事で、お取り潰しになった。
「お武家さんにゃ、踏んだり蹴ったりだねぇ」
「不幸の連鎖ってやつだな」
「おいら達は、連鎖に巻き込まれなくて良かったですねぇ」
「まったくだ。くわばらくわばら」
一つ違えば、不幸は和紙に落とした墨のように広がっていただろう。
佐平は胸を人撫でおろし、おお怖いと身震いした。
乕松に茶を出して、佐平もどっかりと椅子に座る。
一口茶を啜り、乕松は懐から折りたたんだ和紙を取り出す。
文字の読み書きが苦手な佐平は、少し困った顔で和紙を広げて見てみれば、そこにあったのは人相書きだった。
「こりゃあ、昨日の下手人で?」
「ああ。佐平の旦那、お手柄だぜ? 金一封出るかもしれねぇな」
佐平は下手人の男に殴られただけで、下手人を退治したのは乕松だ。だが、乕松にそれを言ったところ「俺は何もしちゃいねぇよ」と景気よく笑って、佐平を立ててくれる。
乕松は気前のいい男である……凶悪な面構えをしているのが惜しいところだが、それも魅力なのだろう。
凶悪な顔の乕松に、人相書きの男はちょいとばかり似ている。
実際は下手人の男は、人相書きほど凶悪な顔はしていなかった、と佐平は思い返す。
「しかし、ご面相は凶悪な面に描かれていますねぇ。こいつ、何をやらかしたんで?」
「こいつは、ある武家屋敷の娘殺しさ。ご面相が凶悪なのは人相見た奴は大抵、人を殺すような奴は恐ろしい顔をしていると、思ってるからだろうな」
「なるほどねぇ。おいらにゃ、乕松の若旦那の方がおっかねぇから、下手人は怖ぇ顔には見えなかったねぇ」
「こいつは、生まれつきの顔だ。文句なら、親父とお袋に言ってくれ」
乕松がにんまりと笑うと佐平は、【久世楼】の旦那と女将さんを半々にした顔だと思う。
外見で言うなら、眼光鋭い所は父親譲りなら、口元が吊り上がり気味なのは母親譲り。
性格は、気前が良く面倒見が良いのは父親から、曲がったことが嫌いで面倒ごとに顔を突っ込みがちなところは母親譲り、という具合だ。
親父さんは仁王像のようないかめしい顔で、女将さんは狐のような顔。
見た目だけなら、悪党のような……と、いえなくも無いだろう。
「乕松の若旦那は、いい人は居ないんですかい?」
「俺はまだ修行中の身だ。まだ半人前にゃ、嫁なんて勿体ねぇさ」
「そんなことを言っていると、婚期がまた遠のきますぜ」
「佐平の旦那も言うねぇ」
「そりゃあ、乕松の若旦那にも、所帯を持って落ち着いてほしいですからね」
お節介ではあるものの、佐平は乕松に良縁があるように願っている。
小梅は勿論だが、乕松も佐平にとっては、子供の時から見てきた息子のようなものだ。
「ああ、そうだ。好いた惚れたといやあ……お松が手に入れた着物の端布が、奴が本当に狙っていたもんだ。お松は分かっちゃいなかったようだが、惚れた腫れたの話じゃ始めっから無かったみてぇだな」
「端布がですか?」
「おうよ。端布のどこかに、下手人が武家の娘にやった柘植櫛が縫い込んであったらしい。それを取り戻したかったらしいな」
「なんだって、そんな物を着物なんかに縫い付けたってんだ?」
「身分違いのなんとやらだ」
「人目を忍ぶ恋って、やつですかい」
好いて好かれて、互いに想いを寄せ合えど、報われぬものというものはある。
武家の娘は一人娘。入り婿を取って家を存続させる義務があった。
貫き通せぬ想いなら、相手の為に身を引くこともあろうが、下手人は手に入らぬならと、武家の娘を殺めてしまった。
その場で着物を手に入れたなら、どこか遠くへ行ったのだろう。
すぐさま武家屋敷の人間に見付かり、大騒ぎとなった為に、着物から柘植櫛を取り出せず逃亡。
武家屋敷は継ぐ娘が居なくなった事で、お取り潰しになった。
「お武家さんにゃ、踏んだり蹴ったりだねぇ」
「不幸の連鎖ってやつだな」
「おいら達は、連鎖に巻き込まれなくて良かったですねぇ」
「まったくだ。くわばらくわばら」
一つ違えば、不幸は和紙に落とした墨のように広がっていただろう。
佐平は胸を人撫でおろし、おお怖いと身震いした。
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