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小梅の恋

栗餅

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 ずしりときねで打たれたような顔の痛さと腫れ具合から、佐平はこの顔では客の前に出るのははばかられると、その日は茶屋を休みにした。
 それでも茶屋では子犬がきゃんきゃんと吠えるような声が響いていた。
 小梅に小松に千吉の三人の言い合う声である。
 
「あたしに一言も相談無しだなんて! しかも小松の相談事を!」
「だから、梅ちゃんに何度も言ったじゃないか。松ちゃんの事で相談がって、でも、梅ちゃんが『小松の話は聞かない』と、聞く耳一つ持ちやしなかったじゃないか!」
「何よ! あたしのせいだって言うの? 千吉さんがもっとちゃんと話してくれたら、あたしだって聞く耳くらいは持ったわ!」
「いいや、梅ちゃんに何回も言ったさ! 耳を塞いで大声で聞かないって、こっちが口を閉じるまでやってたのは梅ちゃんだよ!」

 ぐっと自分の言い分の無さに小梅が口をへの字に曲げると、小松がきゃらきゃらと笑い声をあげる。

「嫌だ。梅ったら、本当に間抜けなんだから」
「うるさいわね! 小松、なんだって千吉さんを巻き込んだのさ!」
「幼馴染なんだもの。頼ったっていいじゃないか。別に、まだあんたの旦那ってわけでもないんだしさ」
「小松、あんたのそういう意地の悪いところが、あたしは昔っから嫌いなのよ!」
「あら、奇遇ね。こっちだって、あんたの人の話を聞かない、意地っ張りなところが嫌いよ」

 これは口では完全に小松の勝ちだろうと、佐平はやれやれと腰を上げる。
 間に挟まれた千吉も、小梅に愛想を尽かしてしまいそうな気がする。助け舟を出してやらねば、また近所じゅうに泣き声をとどろかせることだろう。

「お梅、そのぐれぇにしとかねぇと、千吉に逃げられちまうぞ」

 佐平より早く、いつの間に現れたのか乕松とらまつがひょっこりと話に参加して、小梅の頭を煙管きせるでこつこつと叩く。

「だって、乕松の若様! 小松が!」
「まったく、お梅もお松も幼馴染同士だろう。仲良くやりゃあいいじゃねぇか。なぁ、千吉?」

 話を振られた千吉は、頭を上下に頷かせて小梅の手を握る。

「梅ちゃん。意地を張るもんじゃないよ。人と人は競い合っていい結果を生むときもあるけれど、梅ちゃんのは癇癪かんしゃくを起しているだけだ。聞き分けを弁えないと、いつか後悔することになるよ。今回だって、佐平さんが無事だったからよかったけど、佐平さんは殺されていたかもしれないし、僕らや梅ちゃんだって殺されていたかもしれないんだよ?」

 諭すように千吉に言われ、小梅も自分の気の強さと人の話を聞かない意地っ張りな部分に、しょげかえってみせる。
 
「さて、お前等。そろそろ栗餅が始まるから、行ってきたらどうだ?」
「ええ! 栗餅! わっ、それは行かなきゃだわ!」

 小梅が花が咲くように表情を変えて、千吉と小松に「早く!」と促して茶屋を出て行った。
 栗餅というのは、栗を潰して餅と一緒に混ぜたものを、栗の粉や黄な粉にまぶして食べる菓子で、祭事や神事などで行われるものだが、この町では時たま【久世楼】の店先でも行われ、振る舞われる。
 大きな杵とうすを使い、人前で景気よく栗餅を突き、千切り投げては向かい合わせのかごで受け取り丸めて味付けをしていくものだ。『飛び団子』とも言われ、六尺ほど遠くに飛ばしていくものだから、非常に人だかりの出来る人気の出し物のような菓子なのである。

「お梅も、栗餅で機嫌を直すようじゃあ、まだまだ餓鬼がきだねぇ」
「乕松の若旦那。丁度いい具合に来てくれて助かりやした」
「なぁに、どうせお梅のことだから、へそまげて泣きそうだったからなぁ」
「乕松の若旦那はよく見ているねぇ。おいらにゃ娘のことなのに、さっぱりでさぁ」

 乕松が煙管を口に咥えて、「これが【久世楼】の跡取り仕事よ」と、小粋に笑ってみせた。



※六尺=約2メートルくらいです。
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