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小梅の恋

小松の家

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 翌日、茶屋が店仕舞いした後で、乕松とらまつの言葉を思い出し、佐平は小松の住んでいる家を訪ねることにした。
 小松の家は佐平の住む茶屋から通り一本先にある。
 一本先の通りは、長屋通りでもあり、道端や庭で魚を七輪で焼く住民が多くみられる。
 もくもくと煙る魚の煙に、野良猫たちが集まっては小さな子供たちに追い回されている。
 子供は木の枝を持って走り回り、あれでは焼いている魚に砂煙が入りはしないかと佐平は苦笑い混じりに眺める。

「そういやぁ、小梅も小せぇ頃は、焼き魚の番をして、野良猫にいいように莫迦ばかにされてきてたなぁ」

 一匹を追い払っている間に、後ろから別の猫が魚を盗っていく寸法で、小梅は毎度猫たちに莫迦にされてふくれっ面で目に涙をためていた。
 そして決まって小梅は言うのだ。
 『あたしのおかげで、猫は腹いっぱい食って生き残れたんだ』と……
 祖母のおいとには『猫に食わしても、あたしらの腹はふくれないんだよ』とすぐさま怒られていたのも、今となってはいい思い出である。
 思い出に浸りつつ、小松の家へと佐平は辿り着いた。

「ごめんくださいよー」

 玄関の引き戸を叩き声を掛けるも、中から家人は出では来ず、佐平はどうしたものかと考えあぐねる。
 家を全体的に見渡しても、木戸は閉まり、まるで留守のように見えるが、台所の格子からは味噌汁の匂いが漂っている。
 それにトントントンと、規則正しい包丁の音も聞こえていた。
 
「茶屋の佐平だが、留守かい」

 包丁の音が止まり、しばらくすると玄関の引き戸がわずかに開く。
 顔だけが半分見えるほどの隙間から、小松の母親のせつが顔を覗かせる。

「佐平さんだけかい?」
「ああ、そうだが、どうしたんだい。神妙な顔をしているじゃねぇか」
「色々込み入ったことがあるんだよ。それでなにか用事かい?」
「小松ちゃんはいるかい?」

 怪訝けげんな顔をして、せつは眉間にしわを寄せると引き戸から顔を出し、周りを威嚇いかくするように目線を走らせる。

「どうしたんだい?」
「佐平さん、本当にあんただけだね?」
「ああ。お天道様に顔向け出来るぐらいに、正直者のつもりだ」
「あんたは昔馴染みだし、お梅ちゃんの親父さんだから、一応は信用しとくよ。小松に何のようなんだい?」
「いやぁ、聞いていいもんかねぇ。うちの小梅が祝言を挙げるってぇ言ってたんだが、小松ちゃんに相手がいっちまったらしくてな……ああ、別に娘可愛さに別れろとか、そういうんじゃねぇんだよ。ただ、妙な話を乕松の旦那から聞いちまったから、ことの真相を知りたくてね」

 ぴしゃりと引き戸が閉まると、大きな足音が玄関から遠ざかり、また戻ってくると引き戸が大きく開いた。
 鬼のような形相でせつが薙刀なぎなたを振りかざしてきた。

「あんなろくでも無いやからを、よくもうちの娘に押し付けてくれたね!」

 薙刀を振り回すせつに、佐平は「ひぃぃ」と声をあげて腰を抜かして命からがら逃げかえったのだった。
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