上 下
5 / 26
小梅の恋

三色団子は土産で円満

しおりを挟む
 茶屋の暖簾のれんを店先に掛けて、いつも通りに外の長椅子に布と座布団を置く。
 そして大番傘の紐を解き広げれば、茶屋は商い開始となる。
 佐平が小豆を煮始め、小梅は団子を串にさしていく。
 団子は注文されてから、少し焼いて上から小豆かみたらしを掛けて出すのが、この茶屋の団子の食べ方だ。
 三色団子もあるが、三色団子は土産用と言われている。

「ねぇ父ちゃん。うちの団子はなんで土産は、三色団子なのさ?」
「そりゃお前、昔この茶屋で三色団子を土産にしたどこかのお偉いさんが、とんとん拍子に良い話が転がり込んだって噂が、いつの間にか、良いことをとんとん拍子にしたけりゃ、この茶屋で三色団子を買えって広まったからだ」
「そんなもんなのかねぇ」
「そんなもんだ」

 まぁ、実際のところは茶屋の当時看板娘だった町娘の気を引こうと、銭を多く出した男に、貰いすぎては気が引けると、三色団子を土産に持たせたところ、男の女房や子供が喜び、家族円満をもたらせたというのが本当のところだが、佐平は自分の娘にそんな夢の無い話をする気はない。

「よう。やってるかい?」

 煙管を咥え、眠そうな目をした乕松とらまつ暖簾のれんをくぐって顔を覗かせた。
 佐平も小梅も笑顔で「いらっしゃい」と口を揃える。
 店の中の朱塗りの長椅子に乕松が座り、小梅が昨日の泥鰌どじょう屋の礼を述べている間に、佐平は店の奥へと行く。
 茶と、この茶屋で一番高い和菓子の羊羹ようかんを盆に載せて佐平が乕松へ差し出す。

「悪いな。にしても、お梅は気の立て直し方が早ぇなぁ」
「立ち直ってなんかいやしませんよ。あたしが愛想振りまいてなきゃ、父ちゃん一人じゃ茶屋が潰れちまうもの」
「ははは。そりゃ違いねぇな」

 からからと乕松が笑い、小梅も強がって一緒に笑う。
 佐平だけが両の眉尻を下げて、とほほと苦笑いするばかりだ。

「そうそう。昨日、お松に会ったぜ」
「あーっ! 聞きたくない! あたしの前で小松こまつの名前なんて聞きたくもない!」

 小梅がぶっすりとふくれっ面でそっぽを向き、「庭に打ち水してくる!」と足音を立て店の奥へと引っ込んだ。
 佐平はやれやれと、肩をすくめて乕松に頭を下げる。

「小梅の奴、小松ちゃんのことを昔から親のかたきだとでも思ってんのかねぇ。仲の悪いとこは変わらねぇ娘で申し訳ない」
「いや、お松もお梅のことを目の敵にしてるんだから、仕方がねぇだろうさ」

 小梅も小松も名前が似通っている事と、同じ年頃とあってなにくれと反発し合う犬猿の仲である。
 小さい時分から、口喧嘩から引っ掻き合いまで、寄ると触るとしてきた仲なのだ。十四を過ぎてお互いに働きだすと会う事も無くなり、最近ではめっきり話題にもならなかったが、やはり仲は悪いままのようだ。

「なんでも、千吉の新しい女ってぇのが、お松らしいんだ」
「へっ?」

 乕松の言葉に、佐平も思わず間の抜けた声が出てしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

時雨太夫

歴史・時代
江戸・吉原。 大見世喜瀬屋の太夫時雨が自分の見世が巻き込まれた事件を解決する物語です。

鎮魂の絵師

霞花怜
歴史・時代
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。 【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】 ※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)

戯作者になりたい ――物書き若様辻蔵之介覚え書――

加賀美優
歴史・時代
小普請の辻蔵之介は戯作者を目指しているが、どうもうまくいかない。持ち込んでも、書肆に断られてしまう。役目もなく苦しい立場に置かれた蔵之介は、友人の紹介で、町の騒動を解決していくのであるが、それが意外な大事件につながっていく。

漱石先生たると考

神笠 京樹
歴史・時代
かつての松山藩の藩都、そして今も愛媛県の県庁所在地である城下町・松山に、『たると』と呼ばれる菓子が伝わっている。この『たると』は、洋菓子のタルトにはまったく似ておらず、「カステラのような生地で、小豆餡を巻き込んだもの」なのだが、伝承によれば江戸時代のかなり初期、すなわち1647年頃に当時の松山藩主松平定行によって考案されたものだという。なぜ、松山にたるとという菓子は生まれたのか?定行は実際にはどのような役割を果たしていたのか?本作品は、松山に英語教師として赴任してきた若き日の夏目漱石が、そのような『たると』発祥の謎を追い求める物語である。

劉備が勝つ三国志

みらいつりびと
歴史・時代
劉備とは楽団のような人である。 優秀な指揮者と演奏者たちがいるとき、素晴らしい音色を奏でた。 初期の劉備楽団には、指揮者がいなかった。 関羽と張飛という有能な演奏者はいたが、彼らだけではよい演奏にはならなかった。 諸葛亮という優秀なコンダクターを得て、中国史に残る名演を奏でることができた。 劉備楽団の演奏の数々と終演を描きたいと思う。史実とは異なる演奏を……。 劉備が主人公の架空戦記です。全61話。 前半は史実寄りですが、徐々に架空の物語へとシフトしていきます。

壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ
歴史・時代
──曰く、新撰組には「壬生狼の戦姫」と言われるほどの強い女性がいたと言う。 土方歳三には最期まで想いを告げられなかった許嫁がいた。名を君菊。幼馴染であり、歳三の良き理解者であった。だが彼女は喧嘩がとんでもなく強く美しい女性だった。そんな彼女にはある秘密があって──? 激動の時代、誠を貫いた新撰組の歴史と土方歳三の愛と人生、そして君菊の人生を描いたおはなし。 参考・引用文献 土方歳三 新撰組の組織者<増補新版>新撰組結成150年 図説 新撰組 横田淳 新撰組・池田屋事件顛末記 冨成博

大伝馬町ふくふく八卦見娘

夕日(夕日凪)
歴史・時代
大伝馬町、木綿問屋街にある葉茶屋三好屋の一人娘『おみつ』は、 他の江戸娘と比べ少しふくふくとした娘である。 『おみつ』がふくふくとする原因は『おみつ』のとある力にあって……。 歌舞伎役者のように美しい藍屋若旦那『一太』からの溺愛に気づかず、 今日も懸命に菓子などを頬張る『おみつ』の少し不思議な日常と恋のお話。 第五回歴史・時代小説大賞で大賞&読者賞を頂きました。応援ありがとうございます。

紀伊国屋文左衛門の白い玉

家紋武範
歴史・時代
 紀州に文吉という少年がいた。彼は拾われっ子で、農家の下男だった。死ぬまで農家のどれいとなる運命の子だ。  そんな文吉は近所にすむ、同じく下女の“みつ”に恋をした。二人は将来を誓い合い、金を得て農地を買って共に暮らすことを約束した。それを糧に生きたのだ。  しかし“みつ”は人買いに買われていった。将来は遊女になるのであろう。文吉はそれを悔しがって見つめることしか出来ない。  金さえあれば──。それが文吉を突き動かす。  下男を辞め、醤油問屋に奉公に出て使いに出される。その帰り、稲荷神社のお社で休憩していると不思議な白い玉に“出会った”。  超貧乏奴隷が日本一の大金持ちになる成り上がりストーリー!!

処理中です...