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小梅の恋
三色団子は土産で円満
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茶屋の暖簾を店先に掛けて、いつも通りに外の長椅子に布と座布団を置く。
そして大番傘の紐を解き広げれば、茶屋は商い開始となる。
佐平が小豆を煮始め、小梅は団子を串にさしていく。
団子は注文されてから、少し焼いて上から小豆かみたらしを掛けて出すのが、この茶屋の団子の食べ方だ。
三色団子もあるが、三色団子は土産用と言われている。
「ねぇ父ちゃん。うちの団子はなんで土産は、三色団子なのさ?」
「そりゃお前、昔この茶屋で三色団子を土産にしたどこかのお偉いさんが、とんとん拍子に良い話が転がり込んだって噂が、いつの間にか、良いことをとんとん拍子にしたけりゃ、この茶屋で三色団子を買えって広まったからだ」
「そんなもんなのかねぇ」
「そんなもんだ」
まぁ、実際のところは茶屋の当時看板娘だった町娘の気を引こうと、銭を多く出した男に、貰いすぎては気が引けると、三色団子を土産に持たせたところ、男の女房や子供が喜び、家族円満を齎せたというのが本当のところだが、佐平は自分の娘にそんな夢の無い話をする気はない。
「よう。やってるかい?」
煙管を咥え、眠そうな目をした乕松が暖簾をくぐって顔を覗かせた。
佐平も小梅も笑顔で「いらっしゃい」と口を揃える。
店の中の朱塗りの長椅子に乕松が座り、小梅が昨日の泥鰌屋の礼を述べている間に、佐平は店の奥へと行く。
茶と、この茶屋で一番高い和菓子の羊羹を盆に載せて佐平が乕松へ差し出す。
「悪いな。にしても、お梅は気の立て直し方が早ぇなぁ」
「立ち直ってなんかいやしませんよ。あたしが愛想振りまいてなきゃ、父ちゃん一人じゃ茶屋が潰れちまうもの」
「ははは。そりゃ違いねぇな」
からからと乕松が笑い、小梅も強がって一緒に笑う。
佐平だけが両の眉尻を下げて、とほほと苦笑いするばかりだ。
「そうそう。昨日、お松に会ったぜ」
「あーっ! 聞きたくない! あたしの前で小松の名前なんて聞きたくもない!」
小梅がぶっすりとふくれっ面でそっぽを向き、「庭に打ち水してくる!」と足音を立て店の奥へと引っ込んだ。
佐平はやれやれと、肩をすくめて乕松に頭を下げる。
「小梅の奴、小松ちゃんのことを昔から親の敵だとでも思ってんのかねぇ。仲の悪いとこは変わらねぇ娘で申し訳ない」
「いや、お松もお梅のことを目の敵にしてるんだから、仕方がねぇだろうさ」
小梅も小松も名前が似通っている事と、同じ年頃とあってなにくれと反発し合う犬猿の仲である。
小さい時分から、口喧嘩から引っ掻き合いまで、寄ると触るとしてきた仲なのだ。十四を過ぎてお互いに働きだすと会う事も無くなり、最近ではめっきり話題にもならなかったが、やはり仲は悪いままのようだ。
「なんでも、千吉の新しい女ってぇのが、お松らしいんだ」
「へっ?」
乕松の言葉に、佐平も思わず間の抜けた声が出てしまった。
そして大番傘の紐を解き広げれば、茶屋は商い開始となる。
佐平が小豆を煮始め、小梅は団子を串にさしていく。
団子は注文されてから、少し焼いて上から小豆かみたらしを掛けて出すのが、この茶屋の団子の食べ方だ。
三色団子もあるが、三色団子は土産用と言われている。
「ねぇ父ちゃん。うちの団子はなんで土産は、三色団子なのさ?」
「そりゃお前、昔この茶屋で三色団子を土産にしたどこかのお偉いさんが、とんとん拍子に良い話が転がり込んだって噂が、いつの間にか、良いことをとんとん拍子にしたけりゃ、この茶屋で三色団子を買えって広まったからだ」
「そんなもんなのかねぇ」
「そんなもんだ」
まぁ、実際のところは茶屋の当時看板娘だった町娘の気を引こうと、銭を多く出した男に、貰いすぎては気が引けると、三色団子を土産に持たせたところ、男の女房や子供が喜び、家族円満を齎せたというのが本当のところだが、佐平は自分の娘にそんな夢の無い話をする気はない。
「よう。やってるかい?」
煙管を咥え、眠そうな目をした乕松が暖簾をくぐって顔を覗かせた。
佐平も小梅も笑顔で「いらっしゃい」と口を揃える。
店の中の朱塗りの長椅子に乕松が座り、小梅が昨日の泥鰌屋の礼を述べている間に、佐平は店の奥へと行く。
茶と、この茶屋で一番高い和菓子の羊羹を盆に載せて佐平が乕松へ差し出す。
「悪いな。にしても、お梅は気の立て直し方が早ぇなぁ」
「立ち直ってなんかいやしませんよ。あたしが愛想振りまいてなきゃ、父ちゃん一人じゃ茶屋が潰れちまうもの」
「ははは。そりゃ違いねぇな」
からからと乕松が笑い、小梅も強がって一緒に笑う。
佐平だけが両の眉尻を下げて、とほほと苦笑いするばかりだ。
「そうそう。昨日、お松に会ったぜ」
「あーっ! 聞きたくない! あたしの前で小松の名前なんて聞きたくもない!」
小梅がぶっすりとふくれっ面でそっぽを向き、「庭に打ち水してくる!」と足音を立て店の奥へと引っ込んだ。
佐平はやれやれと、肩をすくめて乕松に頭を下げる。
「小梅の奴、小松ちゃんのことを昔から親の敵だとでも思ってんのかねぇ。仲の悪いとこは変わらねぇ娘で申し訳ない」
「いや、お松もお梅のことを目の敵にしてるんだから、仕方がねぇだろうさ」
小梅も小松も名前が似通っている事と、同じ年頃とあってなにくれと反発し合う犬猿の仲である。
小さい時分から、口喧嘩から引っ掻き合いまで、寄ると触るとしてきた仲なのだ。十四を過ぎてお互いに働きだすと会う事も無くなり、最近ではめっきり話題にもならなかったが、やはり仲は悪いままのようだ。
「なんでも、千吉の新しい女ってぇのが、お松らしいんだ」
「へっ?」
乕松の言葉に、佐平も思わず間の抜けた声が出てしまった。
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