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小梅の恋
今泣いた烏がもう笑う
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佐平はフキに頼み、長屋に住んでいる髪結い屋の知与を呼んできてもらう事にした。
その間に佐平は高利貸し問屋に行き、一朱金を四文銭に交換し、ずしりと重くなった銭を銭入れに大事にしまい込み急いで家へと帰って行った。
家にはすでに知与が来ており、小梅の失恋話に相槌を打っていた。
「そうかい。そりゃまた辛かったねぇ。でもねぇ梅ちゃん、あんた器量よしなんだから、好いてくれる相手も他に居るってもんだよ」
「千吉さんが良いのよ!」
「あたしに言わせりゃ、浮気心のついた男は戻ってきても、また凧が糸切れになったみたいに、風に煽られて、どこの女の尻でも追いかけちまうさ。そんなケチのついた男なんざ捨てちまいな」
不貞腐れた顔をした小梅を知与は笑い飛ばして、最後の仕上げとばかりに小梅の気に入りの花簪を挿す。
髪結い屋という商いのせいか知与は話し上手で、笑顔を絶やさないところが知与の商売上手なところだと、佐平は思っている。
知与は三十路にしては、まだ女ざかりの気っ風の良いしゃんとした女だ。
大工の小八郎の恋女房と言わせるだけの夫婦具合で、若い時には町中の男が知与にぞっこんだったぐらいだ。
不愛想な小八郎のところに嫁入りすると決まった時には、この茶屋にも失恋男の自棄食いが多く、佐平も稼がせてもらったものだ。
それでも、知与の笑顔に不愛想な小八郎の、不器用にはにかんだ顔を見れば、自然と祝う気持ちになってしまうのだから、恋は麻疹のようなものだ。
小梅の千吉贔屓も麻疹のようなものであればいいがと、佐平は少々思ってしまう。
「さて、あたしは旦那と子供に夕飯を作らなきゃいけないんだけど、佐平さんはまだ掛かりそうかね?」
知与の声に、佐平は部屋へ入っていく。
髪を結いなおしてもらい、山姥からいつも通りの茶屋の看板娘に戻った小梅が、肩に掛けた手拭いを外していた。
「知与、すまねぇな。髪結い代はどんくらいだい?」
「いいえ、ご贔屓にどうも。洗髪も散髪も無いから二十八文ですよ」
換金したばかりの銭を銭入れから取り出し、手の平に四文銭を七枚数えて知与に手渡す。
知与は口元を笑ったままの形に、銭を両手で握り締めて深く頭を下げる。
こうした銭を大事にするのもまた、銭の有り難さを知っている商い人らしい知与の良いところだ。
「今日はいきなり呼んじまって、すまねぇな」
「佐平さんじゃ、泣いた烏も泣かせっぱなしになっちまうからね」
「ちげぇねぇ。知与には世話になっちまったな」
「良いの、良いの。梅ちゃんが生まれる前からの知り合いじゃない。こういう時は、呼んでくれて構やしないよ」
口に手を当てて知与は笑い、佐平も知与を見送って茶屋の外まで一緒に出ていく。
とんと日の落ち始めた夕暮れ時に、佐平は「泣いて顔が腫れてみっともないから、どこにも行きたくない」と駄々をこねる小梅を連れて、泥鰌屋へと来た。
醤油と味醂で煮立てた泥鰌を溶き卵でとじた鍋は、小梅の「食欲がない」という言葉を蹴り飛ばす事に功を奏したようで、小梅は茶碗に二杯も米を御替わりして平らげた。
食べ終わる頃には、小梅も佐平に、店の手伝いをしなくて申し訳なかったと謝罪を口にしたぐらいだ。
※補足 四文銭=江戸時代は四文の値段をつけることが多く、一文銭より四文銭の方が人気があったのだとか。
その間に佐平は高利貸し問屋に行き、一朱金を四文銭に交換し、ずしりと重くなった銭を銭入れに大事にしまい込み急いで家へと帰って行った。
家にはすでに知与が来ており、小梅の失恋話に相槌を打っていた。
「そうかい。そりゃまた辛かったねぇ。でもねぇ梅ちゃん、あんた器量よしなんだから、好いてくれる相手も他に居るってもんだよ」
「千吉さんが良いのよ!」
「あたしに言わせりゃ、浮気心のついた男は戻ってきても、また凧が糸切れになったみたいに、風に煽られて、どこの女の尻でも追いかけちまうさ。そんなケチのついた男なんざ捨てちまいな」
不貞腐れた顔をした小梅を知与は笑い飛ばして、最後の仕上げとばかりに小梅の気に入りの花簪を挿す。
髪結い屋という商いのせいか知与は話し上手で、笑顔を絶やさないところが知与の商売上手なところだと、佐平は思っている。
知与は三十路にしては、まだ女ざかりの気っ風の良いしゃんとした女だ。
大工の小八郎の恋女房と言わせるだけの夫婦具合で、若い時には町中の男が知与にぞっこんだったぐらいだ。
不愛想な小八郎のところに嫁入りすると決まった時には、この茶屋にも失恋男の自棄食いが多く、佐平も稼がせてもらったものだ。
それでも、知与の笑顔に不愛想な小八郎の、不器用にはにかんだ顔を見れば、自然と祝う気持ちになってしまうのだから、恋は麻疹のようなものだ。
小梅の千吉贔屓も麻疹のようなものであればいいがと、佐平は少々思ってしまう。
「さて、あたしは旦那と子供に夕飯を作らなきゃいけないんだけど、佐平さんはまだ掛かりそうかね?」
知与の声に、佐平は部屋へ入っていく。
髪を結いなおしてもらい、山姥からいつも通りの茶屋の看板娘に戻った小梅が、肩に掛けた手拭いを外していた。
「知与、すまねぇな。髪結い代はどんくらいだい?」
「いいえ、ご贔屓にどうも。洗髪も散髪も無いから二十八文ですよ」
換金したばかりの銭を銭入れから取り出し、手の平に四文銭を七枚数えて知与に手渡す。
知与は口元を笑ったままの形に、銭を両手で握り締めて深く頭を下げる。
こうした銭を大事にするのもまた、銭の有り難さを知っている商い人らしい知与の良いところだ。
「今日はいきなり呼んじまって、すまねぇな」
「佐平さんじゃ、泣いた烏も泣かせっぱなしになっちまうからね」
「ちげぇねぇ。知与には世話になっちまったな」
「良いの、良いの。梅ちゃんが生まれる前からの知り合いじゃない。こういう時は、呼んでくれて構やしないよ」
口に手を当てて知与は笑い、佐平も知与を見送って茶屋の外まで一緒に出ていく。
とんと日の落ち始めた夕暮れ時に、佐平は「泣いて顔が腫れてみっともないから、どこにも行きたくない」と駄々をこねる小梅を連れて、泥鰌屋へと来た。
醤油と味醂で煮立てた泥鰌を溶き卵でとじた鍋は、小梅の「食欲がない」という言葉を蹴り飛ばす事に功を奏したようで、小梅は茶碗に二杯も米を御替わりして平らげた。
食べ終わる頃には、小梅も佐平に、店の手伝いをしなくて申し訳なかったと謝罪を口にしたぐらいだ。
※補足 四文銭=江戸時代は四文の値段をつけることが多く、一文銭より四文銭の方が人気があったのだとか。
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