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2章

凍る心臓 イクシオン視点

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 雪かきが終わり、大浴場で屋敷の者達と汗を流した後、着替えて応接間へ向かう途中で『聖鳥』のゲッちゃんとリトが呼んでいる鮮やかな空色の鳥が、玄関ホールで騒がしく旋回しながら飛んでいた。

「どうした?」
「ゲキョキョー!」
「……まさか!」

 嫌な予感に玄関を開けて、聖鳥の後を追って外に出れば、雪がまた振っていたのか外は吹雪き始めていた。
目の前を勢いよく飛んでは風によろめく聖鳥を捕まえて、懐に入れて歩き出した。

 リトは義父上達の所に行ったとメイド達が言っていたが、戻ってきたか?
調べてから出れば良かった……この吹雪の中を帰って来るのは大変かもしれない。
あの子は元気いっぱいに見えても人族、体は獣人よりもか弱いのだから、迎えに行こう。
それに今日は体調が一番よくない日でもある、一緒について行ってやれば良かった。

 屋敷から出てしばらく進むと、リトの匂いが微かに鼻に香る。

「リト……リト―ッ! どこだーッ!」
「ゲキョキョ!」

 懐に入れた聖鳥が騒ぎ、中央道路の手前で雪が積もって盛り上がっている場所があった。
吹雪いた雪の中で黒い長い髪が、なびいていた。
心臓の血が一気に下がる様に、胸に痛みが走る。

「リトッ!」

 降り積もった雪を振り払うと、肌の色が血の気を失って唇の色が紫色になったリトが、雪の下から出てきた。
抱き上げて頬を寄せれば、冷たく凍り付いているかのようで、頬を数回軽く叩くと少しだけ赤みがさす。
手で頬を撫でて温めてやると、微かに歯がカチカチ鳴って、リトが生きている事を告げていた。
一体、どのくらいの時間ここで倒れていたんだ? 
やはり、一人でウロつかせるのではなかった。

「リト、もう大丈夫だからな。しっかりしろ!」
「……、……」

 微かに声が聞こえた気がしたが、目を閉じたままのリトは答えてはくれない。
急いで屋敷に戻り、メイド達にリトの着替えを頼み、医者を呼びに屋敷を出る。
家でくつろいでいた医者を引きずり出して、診察を頼んだ。

「オレの、オレの番が死にそうなんだッ!」

 縁起でもない事を口走った記憶はある。しかし、それ程に焦っていたのだ。

 医者の診断だと、汗をかいたあとで急激に体が冷えたのと、元々その日は貧血気味で体調が悪かったこと、そして雪の中に倒れていた事が原因だと言われた。
それから四日間、リトは高熱を出して寝込んだ。
熱が下がってからも、体中の節々が痛いらしく、しばらくベッドで安静にしていた。
リトが元の様に歩き回ったのは、それからまた一週間と三日後で、人族がか弱いのは分かっていたが、これほどまでにか弱いのかと、不安にもなった。
軍部の部下達と一緒に考えてはいけないが、もう少し丁寧に扱わなければコトリと死んでしまうのではないかとすら、思ってしまう。

「ごめんね。迷惑掛けちゃって……」

 シュンッと眉を下げて、膝の上に座っているリトは、少しだけ軽くなっていた。
「病気痩せだから、直ぐに元に戻るから、大丈夫だから!」と、リトは騒いでいたが、やはり心配で目が離せない。

「あのね、心配かけちゃったけど、ここまで過保護にしなくて大丈夫だからね?」
「別に過保護にはしていない。大事にはしているが」
「いやいや、子供じゃないんだし、膝から下ろして~っ」
「恥ずかしがらなくてもいい。妻の心配をするのは夫の仕事だ」

 膝の上に乗せて、リンゴとカスタードのパイをフォークで切り分けて、リトの口の前へ運ぶと、ためらいながら口を開いて、もぐもぐと口を動かす。
彼女の食べている姿が可愛くて、つい次々口元へ運んでしまい、リトに「早いからぁ~っ」と、少し困った顔で言われた。
困った顔も可愛いから、こちらも困ってしまう。

 雪の中で倒れていた時は、心臓が止まるかと思ったが、こうして元気にしている姿を見て、もうリトを手放せない。ずっと傍に置いておかなければと、改めて思う。

「イクス、あのね……多分、危険日なんだけど……その、子作りする?」

 赤い顔をして、オレの耳元で小さくリトが囁く。
んんっ!! オレの番が、可愛すぎて困るッ!!
ああ、しかし、こんなにか弱いのに出産なんてリスクを背負わせていいものだろうか?
こんなに細い腰に手足をしているのに……

「イクス?」

 顔をジッと見つめてくる黒に近いこげ茶色の目が、なんだか吸い込まれそうだ。
気付けば柔らかな唇を味わっていて、リトの頬が桜色に染まって目が潤んでいく。
そして、鼻に発情した雌特有の香りがして、これを拒める雄などいるだろうか?

「んっ、ん、ふぁっ、ん」
「リト、病み上がりなのに、無理はしてないか?」
「ふぁ……んっ、大丈夫だよ。ただ、少し優しくして、欲しいかな……なんて」
「ああ、リトは本当に可愛いな。でも、無理だけはしないでくれ……オレにはリトしか居ないんだから」
「無理なんか、してないよ」

 チュッと音を立ててリトが自ら唇を合わせてきて、丸い目を細めて笑う。

「イクス、大好きだよ」
「オレもリトが好きだよ。愛してる」

 リトの体温が温かく、こうして笑っていること、それがあればもう十分かもしれない。
それでも、子供を望んでしまうのは、リトに自分の子供を産んでもらって、確かな家族の繋がりが欲しいからだ。
贅沢な願いかもしれないが、三人家族でもいい。一人でも子供が居て、リトと一緒に育てていけたら、それ以上は望まない。
 
 膝の上でリトが自分の頬に手を当てながら「えへへ」と笑っていて、こんなに可愛い番は他には無い。
雪の日に一人で出歩かせないように、これからは気を付けてやらなくては……失ってからでは遅いのだから。 
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