上 下
123 / 167
2章

リトと涙とイクスと新聞

しおりを挟む
 帰ってきて執事のアンゾロに「これは何です! 情けない!」と、開口一番に言われ、ゴシップ記事を突きつけられる。
もうこんな田舎町にも記事は届いていたのかと、耳を下げると屋敷の中が慌ただしく、ビブロースが慌てて屋敷から飛び出してきた。

「どうしたのです?」
「リト様が倒れた。医者を呼んできます」
「リトが!?」

 直ぐに屋敷に入ろうとして、玄関ホールでメイド長のアーデルカとメイド達に非難の目を向けられる。
しかし、そんなものに構っている暇はなく、寝室へ急ぐとメイミーが「フーッ!」と威嚇した声を出して毛を逆撫でていた。

「リトは!? どうしたんだ!」
「イクシオン殿下のせいです! お可哀想に!!」

 リトもゴシップ記事を見たのか……顔を見れば、涙がまつ毛に掛かってまだ頬を濡らしている。
ズキリと胸が痛んで、申し訳なさで、ここへ帰ってくる前のガリュウの言葉が蘇る。
誤解など、話し合えば何とでもなると思ったが、誤解を解く前にリトが心を痛めて泣く事など、想像していなかった自分の考えの低さに腹立ちさえする。

「リト、本当に……すまない」
「イクシオン殿下は、少しリト様から離れてくださいませ!」
「いや、オレはここに居る」
「医者を呼んでいますから、イクシオン殿下は着替えて来て下さいませ。任務の後ですから多少なりとも汗のにおいがします! リト様に不快感を与えないで下さいませ!」

 そこまで言われて、後ろ髪を引かれながらすごすごと部屋から出ていき、風呂に入ってから着替え終えると、アーデルカとアンゾロに掴まった。

 連れてこられたのは談話室で、屋敷のメイド達が集まっていた。

「イクシオン殿下、この記事は何かの間違いでよろしいのですよね?」
「当たり前だ。オレにはリトが居る。第一、その令嬢は十五歳だ」
「イクシオン殿下……リト様をお見初めなさった時、リト様は十四歳でしたわ」
「殿下……もしや少女趣味の……育て方を間違えましたか……」

 勝手に想像して、人を少女趣味の変態と同列に見る様な目を向けてくる執事にメイド達に頭痛がしそうだ。
早めにこいつ等にも誤解を解かないと、オレが変態にされる。

「だから、この令嬢はビブロースの妹で、宰相の孫娘だ!」
「まぁ! 臣下の大事な妹を……」
「待て待て! エリナ嬢はだな……」
「イクシオン殿下、リト様はこの記事を見て、口を押えて吐き気を催すほど、傷ついたのですよ!」
「そうですわよ! 涙を浮かべて私達の前では泣かないように、走って行かれたというのに!」
「私も見ました! 記事を庭で燃やしていらっしゃいました! その後泣いているのをビブロースに慰めて貰っていたのですよ!」

 メイド達の言葉に、胸にグサグサと突き刺さるが、リトはどれ程傷ついたのか……目を覚ましたら、謝り倒して誤解を解かなければいけない。
 診察が終わったのか医者がビブロースに連れられて玄関へ向かっていた。全員で「リト様の容態は!?」と、医者に詰め寄ると、医者が「大丈夫ですよ。何の問題もありません」と言い帰って行った。

 寝室へ急ぐと、ウィリアムにホットミルクを入れて貰ったのか、チビチビと飲んでいるリトがコップから顔を上げる。

「リト……」

 顔をくしゃっと歪めて大きな瞳を潤ませたリトに、何と言って誤れば良いのかと近付くと、コップをベッドのサイドテーブルに置くと、リトがベッドの上を飛び降りて、泣きながら両手を広げて駆け寄ってきた。

「イク、スッ、おか、えりなさ……ッ、ぐすっ、イクス、心配、したよ」
「リト、すまない……泣かせるつもりじゃなかったんだ……」
「怪我してない? どこも、何ともない? ひくっ、うぇぇ~っ」
「大丈夫だ。泣かないでほしい。オレは浮気なんて出来る程、器用じゃない。オレにはリトだけなんだ」

 抱きついて、ヒクヒクと泣くたびに肩を揺らすリトの頭を撫でて抱きしめると、少し焦げたような燻したような匂いがしていた。
あと、少しバターの香りがしている。

「イクスが怪我したり、何かあったのかって、不安だったよ」

 泣いてそう告げるリトに、こんなに心配をさせていたのに、浮気の様な記事も出れば傷ついて倒れてしまう事もあるのだと、痛感した。もう、知り合いの娘だ孫だと言われても、女性と二人きりの状態になるのはよそう。
こんな風に泣いてくれる妻に、余計な心配はもうかけられない。

「イクス、あのね、あのね……、おかえりなさい」
「ただいま、リト」

 目に涙を浮かべたまま、嬉しそうに「おかえり」と言うリトの可愛らしさに、胸が詰まってくる感じがする。
どれだけ、オレを好きにさせていくんだろう? この可愛い番は……

「あとね、燻製機ありがとう。凄く嬉しかったよ。明日、何か作るね?」
「ああ。リトに土産は何が良いかとエリナ嬢と見て回って、アレにしたんだ。だから、リトの為の土産を選ぶのにエリナ嬢には付き合って貰っただけで、記事はでたらめだから、気にしないでくれ」
「エリナ嬢……? 記事?」

 コテンと首を傾げるリトに、横で見ていたウィリアムが「これの事ですよ」と、記事を折りたたんだ物をリトの手に渡す。
記事を手に、リトの眉間がグッとしわが寄ってくる。
もしかして、リトは記事の事を知らなかった……?

「イクス……むぅぅ~っ、説明! 説明しなさい!」
「いや、だから、リトの土産を買うのに付き合って貰ったんだ」
「むぅー……本当に、それだけだよね……?」

 少し口を尖らせたリトに、ビブロースの妹だと教え、リトの方はリトの方で、芋を喉に詰まらせて涙目でメイド達の前を走ったり、芋を手に持つための新聞だと勘違いして、記事は読んでいなかったりと、誤解であることも判明した。

 結局、二人して屋敷の者達に頭を下げる羽目になったが、オレ達はこの屋敷の主では無かっただろうか? と、頭を過ったものの……リトが恥かしそうにメイド達に「ごめんなさい」と言っている姿が可愛かったので、良いものが見れたという事にしておこう。
しおりを挟む
感想 99

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

召喚されたのに、スルーされた私

ブラックベリィ
恋愛
6人の皇子様の花嫁候補として、召喚されたようなんですけど………。 地味で影が薄い私はスルーされてしまいました。 ちなみに、召喚されたのは3人。 2人は美少女な女子高生。1人は、はい、地味な私です。 ちなみに、2人は1つ上で、私はこの春に女子高生になる予定………。 春休みは、残念異世界への入り口でした。

私の番はこの世界で醜いと言われる人だった

えみ
恋愛
学生時代には多少恋愛経験を積んできたけど、社会人になってから仕事一筋でアラサーになっても恋人が出来なかった私は、恋人を作ろうと婚活パーティに行こうとしたところで交通事故にあって死んでしまった。 生まれ変わった世界では、私は人間だったけど、獣人や人間が共存している世界。 戦争などが無く、平和な世の中なため、獣人も人化した時にはマッチョはあまり美しく思われないという美的感覚に、マッチョ好きの私は馴染めないのでやはり恋人はなかなかできない。 獣人には番だとかそういうものがあるみたいだけど、人間の私にはそういう感覚があまりよく分からないので、「この世界でも普通に仕事一筋で生きていこう。また死にたくないし。」 とか思っていたら、さっそく死亡フラグが舞い込んできました。 しかも、死ぬか恋愛するかって、極端すぎるわ…! 結構あっさり終わらせる予定です。 初心者なので、文章がおかしいところがあるかもしれません…

関係を終わらせる勢いで留学して数年後、犬猿の仲の狼王子がおかしいことになっている

百門一新
恋愛
人族貴族の公爵令嬢であるシェスティと、獣人族であり六歳年上の第一王子カディオが、出会った時からずっと犬猿の仲なのは有名な話だった。賢い彼女はある日、それを終わらせるべく(全部捨てる勢いで)隣国へ保留学した。だが、それから数年、彼女のもとに「――カディオが、私を見ないと動機息切れが収まらないので来てくれ、というお願いはなんなの?」という変な手紙か実家から来て、帰国することに。そうしたら、彼の様子が変で……? ※さくっと読める短篇です、お楽しみいだたけましたら幸いです! ※他サイト様にも掲載

処理中です...