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2章
宰相宅 イクシオン視点
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王都にある宰相の屋敷にイクシオンが招かれるのは毎年の事で、王弟派の中で一番の権力者であり、国を裏から動かしているのもこの宰相、ミルネビアスと言っても過言ではない。
豹の獣人で、頭脳で言えば、この国一番の切れ者でもある。
そして、公爵家のビブロースの祖父でもあり、何かと我が子のようにイクシオンを気にかけている。
任務中に屋敷に招かれ、任務中の滞在場所として提供されている事に関しては、国王がグチグチと言ってくるが、こうした貴族の権力者たちこそが、軍部への資金援助をしたりしているのも確かなので、国王の実家も軍益で成り立っている為に、堂々と文句が言えないでいる。
「ミルネビアス、招いてくれて感謝する」
「いいえ、イクシオン殿下を軍の安宿に泊まらせるなど、臣下として有り得ませんからね」
「別に気にしなくていいんだが……それでも、有り難いよ。ミルネビアスには話したいこともあったしな」
「ええ、今回はそのお話を楽しみに待っていましたよ」
応接間の青いベルベッドのソファに腰を掛け、白い大理石のテーブルの上には王家の紋章が刻まれている。
王家に忠誠を誓っているだけあって、徹底しているが、少し見慣れない物が応接間に置いてある。
ガラスの大きな四角い瓶に茶と氷が入っていて、金の鹿の蛇口が下の方に付いている物が置いてあり、その手前にはグラスが用意されている。
ミルネビアスが自らその蛇口を捻りグラスにお茶を淹れてイクシオンに差し出す。
「これは……?」
「昨日、ヴァンハロー領の、イクシオン殿下のお屋敷から贈られてきた物です」
「そうなのか? 見たことが無い物だが……」
「しかし、これは孫が直接運んできましたから、間違いはないと思いますよ」
「そうか……なら、オレの妻が作ったのだろう。少し離れると何かしら作っているな」
ミルネビアスが微笑んで頷き、自分のグラスにも茶を淹れて飲み、「ああ、冷たくていい物ですな」とグラスをテーブルの上に置く。
「ご結婚おめでとうございます。本来なら馳せ参じたかったのですが、私が王都を離れることは出来ませんから、お許しください」
「いや、気にしないでくれ。こちらこそ、世話になっているミルネビアス達に知らせることが出来なくてすまなかった」
「奥方様は孫に聞いたところ、とても利発で優しい方なのだとか」
「ああ。オレには勿体ないぐらいの子でな。色々と考えつくようだ。ネッククーラーや化粧品、女性の日用品と、あと、ゼキキノコをこの国に大量に持ち込んだのも、妻なんだ。オレの手柄になっている物は全て妻が関わっている」
「それはそれは、奥方様にはいつかお会いして、国民を代表してお礼を申し上げなくてはなりませんね」
イクシオンもグラスのお茶を飲みながら、リトが今年もまた面白いことをしている様だとフッと口元に笑みを浮かべる。
イクシオンの頭の中で、リトが楽しそうに走り回っている姿が思い浮かび、今頃何をしているかを思うと早く帰って、あの笑顔を独占したいと思ってしまう。
「王女陛下がお聞きになったらさぞや喜んだことでしょうね……」
「それは、どうだろうな……」
イクシオンにとっての母という存在は、こうした臣下達の口から聞くだけのもので、会った事もない母に感傷も何も無い為、返事はそっけない物にしかならない。
ミルネビアスにもそれは分かっている為に、少し眉を下げて小さく笑みを零すだけだ。
「イクシオン殿下が奥方を大事になさっていると聞き、私は嬉しく思いますよ」
「ああ、番だからな。可愛くて仕方がない」
「でしたら、国王には気付かれない様に気を付けないといけませんね。我々も嬉しさに話をしてしまいたくなりますが、何処で誰が聞いているか分かりませんからね」
「ああ、そうしてくれると助かるよ。オレはこんな風に任務で留守にする事が多いからな。彼女を守ってやれない」
ミルネビアスが頷いてから、ドリンクサーバーからもう一杯お茶を淹れて付け足し、懐から小さな紙を取り出す。
くるくると巻かれた小指より細い白い紙の切れ端を、ミルネビアスはイクシオンに差し出す。
「イクシオン殿下に頼まれていた調べごとです」
「すまないな。聖鳥はやはり、『聖堂教会』から居なくなっているのか」
「ええ。あの鳥が目覚めることはここ何十年かありませんでしたから、見張りも居ないようです」
「他に聖鳥の文献はあったか?」
「大体はイクシオン殿下も知っての通り、賢者や神子を導く鳥としかないですね」
リトについて回る鳥、ゲッちゃんとリトが呼んでいる存在。
本当に聖鳥かを調べさせていたが、イクシオンが最初から思っていた通り、聖鳥で間違いは無いのだろう。
大切な鳥だと管理されているはずが、見張りも居ないのは、少々兄の管理の無さに頭痛も覚えるが、その管理のずさんさに今回は救われているともいえる。
「そうか。召喚が最近行われた形跡もないのだな?」
「ええ、三年前に、神子が現れるかどうかを占う為に一度召喚の間で占いが行われたようですが…‥」
「三年前……、それはいつぐらいの事だ?」
「確か、丁度今頃の、初夏に当たる時期だったと思われます」
イクシオンの耳がピンッと立ち上がり、口元を押さえて眉間にしわを寄せる。
三年前の七月に突然現れたリトと、占いの時期、召喚の間が使われた時期が一致する事に、少しばかり嫌な予感がしてイクシオンは考え込む。
「どうかなさいましたか?」
「それは、本当に占い……だったのか? 召喚では無く?」
「ええ。占いのはずです。召喚でしたら、国王たちが神子を逃すわけは無いでしょうし、召喚の方法の書いてある呪文の紙は王族か聖堂教会の人間しか取り扱えないですからね」
「……その紙の呪文を間違えていたり、紙自体がすり替えられている様な事はあると、思うか……?」
「すり替えは王族でもない限りは、出来ないと思います。聖堂教会は基本、王族に召喚の儀で呼び寄せられるまでは近寄れませんからね」
「近いうち、召喚の間を少し調べようと思う」
「でしたら、ご協力致しますから、くれぐれも、お一人で無茶はなさいませんように」
「ああ、分かった。そちらの都合のいい時に、教えてくれ」
「畏まりました」
何かの符合があと少しで一致しそうな事に、イクシオンはヴァンハロー領に残してきたリトの事を思い浮かべた。
豹の獣人で、頭脳で言えば、この国一番の切れ者でもある。
そして、公爵家のビブロースの祖父でもあり、何かと我が子のようにイクシオンを気にかけている。
任務中に屋敷に招かれ、任務中の滞在場所として提供されている事に関しては、国王がグチグチと言ってくるが、こうした貴族の権力者たちこそが、軍部への資金援助をしたりしているのも確かなので、国王の実家も軍益で成り立っている為に、堂々と文句が言えないでいる。
「ミルネビアス、招いてくれて感謝する」
「いいえ、イクシオン殿下を軍の安宿に泊まらせるなど、臣下として有り得ませんからね」
「別に気にしなくていいんだが……それでも、有り難いよ。ミルネビアスには話したいこともあったしな」
「ええ、今回はそのお話を楽しみに待っていましたよ」
応接間の青いベルベッドのソファに腰を掛け、白い大理石のテーブルの上には王家の紋章が刻まれている。
王家に忠誠を誓っているだけあって、徹底しているが、少し見慣れない物が応接間に置いてある。
ガラスの大きな四角い瓶に茶と氷が入っていて、金の鹿の蛇口が下の方に付いている物が置いてあり、その手前にはグラスが用意されている。
ミルネビアスが自らその蛇口を捻りグラスにお茶を淹れてイクシオンに差し出す。
「これは……?」
「昨日、ヴァンハロー領の、イクシオン殿下のお屋敷から贈られてきた物です」
「そうなのか? 見たことが無い物だが……」
「しかし、これは孫が直接運んできましたから、間違いはないと思いますよ」
「そうか……なら、オレの妻が作ったのだろう。少し離れると何かしら作っているな」
ミルネビアスが微笑んで頷き、自分のグラスにも茶を淹れて飲み、「ああ、冷たくていい物ですな」とグラスをテーブルの上に置く。
「ご結婚おめでとうございます。本来なら馳せ参じたかったのですが、私が王都を離れることは出来ませんから、お許しください」
「いや、気にしないでくれ。こちらこそ、世話になっているミルネビアス達に知らせることが出来なくてすまなかった」
「奥方様は孫に聞いたところ、とても利発で優しい方なのだとか」
「ああ。オレには勿体ないぐらいの子でな。色々と考えつくようだ。ネッククーラーや化粧品、女性の日用品と、あと、ゼキキノコをこの国に大量に持ち込んだのも、妻なんだ。オレの手柄になっている物は全て妻が関わっている」
「それはそれは、奥方様にはいつかお会いして、国民を代表してお礼を申し上げなくてはなりませんね」
イクシオンもグラスのお茶を飲みながら、リトが今年もまた面白いことをしている様だとフッと口元に笑みを浮かべる。
イクシオンの頭の中で、リトが楽しそうに走り回っている姿が思い浮かび、今頃何をしているかを思うと早く帰って、あの笑顔を独占したいと思ってしまう。
「王女陛下がお聞きになったらさぞや喜んだことでしょうね……」
「それは、どうだろうな……」
イクシオンにとっての母という存在は、こうした臣下達の口から聞くだけのもので、会った事もない母に感傷も何も無い為、返事はそっけない物にしかならない。
ミルネビアスにもそれは分かっている為に、少し眉を下げて小さく笑みを零すだけだ。
「イクシオン殿下が奥方を大事になさっていると聞き、私は嬉しく思いますよ」
「ああ、番だからな。可愛くて仕方がない」
「でしたら、国王には気付かれない様に気を付けないといけませんね。我々も嬉しさに話をしてしまいたくなりますが、何処で誰が聞いているか分かりませんからね」
「ああ、そうしてくれると助かるよ。オレはこんな風に任務で留守にする事が多いからな。彼女を守ってやれない」
ミルネビアスが頷いてから、ドリンクサーバーからもう一杯お茶を淹れて付け足し、懐から小さな紙を取り出す。
くるくると巻かれた小指より細い白い紙の切れ端を、ミルネビアスはイクシオンに差し出す。
「イクシオン殿下に頼まれていた調べごとです」
「すまないな。聖鳥はやはり、『聖堂教会』から居なくなっているのか」
「ええ。あの鳥が目覚めることはここ何十年かありませんでしたから、見張りも居ないようです」
「他に聖鳥の文献はあったか?」
「大体はイクシオン殿下も知っての通り、賢者や神子を導く鳥としかないですね」
リトについて回る鳥、ゲッちゃんとリトが呼んでいる存在。
本当に聖鳥かを調べさせていたが、イクシオンが最初から思っていた通り、聖鳥で間違いは無いのだろう。
大切な鳥だと管理されているはずが、見張りも居ないのは、少々兄の管理の無さに頭痛も覚えるが、その管理のずさんさに今回は救われているともいえる。
「そうか。召喚が最近行われた形跡もないのだな?」
「ええ、三年前に、神子が現れるかどうかを占う為に一度召喚の間で占いが行われたようですが…‥」
「三年前……、それはいつぐらいの事だ?」
「確か、丁度今頃の、初夏に当たる時期だったと思われます」
イクシオンの耳がピンッと立ち上がり、口元を押さえて眉間にしわを寄せる。
三年前の七月に突然現れたリトと、占いの時期、召喚の間が使われた時期が一致する事に、少しばかり嫌な予感がしてイクシオンは考え込む。
「どうかなさいましたか?」
「それは、本当に占い……だったのか? 召喚では無く?」
「ええ。占いのはずです。召喚でしたら、国王たちが神子を逃すわけは無いでしょうし、召喚の方法の書いてある呪文の紙は王族か聖堂教会の人間しか取り扱えないですからね」
「……その紙の呪文を間違えていたり、紙自体がすり替えられている様な事はあると、思うか……?」
「すり替えは王族でもない限りは、出来ないと思います。聖堂教会は基本、王族に召喚の儀で呼び寄せられるまでは近寄れませんからね」
「近いうち、召喚の間を少し調べようと思う」
「でしたら、ご協力致しますから、くれぐれも、お一人で無茶はなさいませんように」
「ああ、分かった。そちらの都合のいい時に、教えてくれ」
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