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1章 

我が家

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 魔窟の森で熊包丁で自衛しつつ、イクシオンが先行して槍で魔獣を倒して行ってくれて、気付けばもう聖域の森の前まで来ていた。

「イクス、気を付けて帰ってね」
「ああ。リトもオレが居ない間は、気を付けて暮らせ」
「大丈夫。危ないことは無いし、イクスもいつでも暇な時は遊びに来てね?」
「ここに来る時は遠吠えをココでするから、迎えに来てくれ」
「うん。ゲッちゃんが直ぐに気付くと思うから、迎えに行くよ」

 名残惜しそうな顔で見つめられて、髪を撫でられる。
そんな泣きそうな顔しないで欲しいんだけどなぁ、仕方ない。イクシオンは甘える事に飢えた大人なのだろうから。

「イクス、討伐にまた行かなきゃいけないんでしょ? 終わって暇になったら来てね? 来るの待ってるから。来なかったらコッソリ行っちゃうかもしれないよ?」
「必ずここに会いに来るよ。出掛けに王国騎士さえ見なきゃ、泊っていきたいんだが……」
「ガリュウさんに怒られちゃうよ。ちゃんと帰らないとね」
「まぁ、帰るとするよ。兄上がどんな厄介ごとを言ってきたか、ガリュウから聞かないといけないしな」

 イクシオンが私の前髪を掻き上げると、おでこにキスをして「また来る」と言って、獣騎で颯爽さっそうと帰ってしまった。
残された私は「なっなっなっ!」と、変な声を出して顔を真っ赤にして小屋に帰り着くまで何度か奇声を発していた。

うう……っ、恐るべし王子力!
王子……いや、王弟力……
心臓が口から出るかと思った~っ!!

 小屋に帰り、デンちゃんの革で作ってもらった騎乗用の縄を外し、小屋の玄関を開けるとリヤカーを外して、荷物を小屋の中に持ち運んでリビングが荷物で埋まっていく。
結構、買い込んで貰ってしまった。

「あっ、モギア草渡すの忘れた」

 まぁ、また今度来る時に大量に渡しておこう。
怪我の多い部隊の様だし、役には立てるだろう……まぁ、採りすぎないようにしなきゃだけど。

 今日からまた一人と二匹の生活が始まる。
ゲッちゃんをお風呂に連れて行き、ザブザブと色を落として、いつも通りのスカイブルーに白い線の入ったゲッちゃんに戻す。

「ゲッちゃん、やっぱり、ゲッちゃんはいつも通りの色が良いねー」
「ゲーキョ」

 目をくるくる動かして、ゲッちゃんが部屋の中をぐるぐる飛んで回った。
リビングの荷物を備蓄庫に入れたり、台所の流し台の横に置いたりしつつ、整頓している間に夕方になり、お屋敷のコックのウィリアムさんから貰ったサンドイッチで夕飯にして、お風呂に入って、「あー、我が家が一番」と、いつの間にか、この小屋が自分の居心地のいい空間になっていたことに、声を出してから気付く。

 ふむ。どうやら、私はここの暮らしが好きになってきたみたいだ。
お屋敷から貸してもらった本を手にベッドに横になり、料理のレシピ本を読みながら目を閉じると、ベッドからイクシオンの残り香がほんのりとして、今度はいつ会えるだろうか? と、さっき別れたばかりなのにと、思いつつ眠りに落ちて行った。



***************

 屋敷に戻ると、応接間にガリュウが座っていて、紅茶を飲みながらうちのメイドのメイミーを口説いていた。
メイミーに冷たくあしらわれても、懲りずに口説くガリュウの一途さというかしつこさは凄い物がある。

「今帰った。メイミー、お茶を頼めるか?」
「おかえりなさいませ、イクシオン様。ただいまご用意いたします」
「ようやく帰ってきたか。帰ってこないかと思った」

 メイミーがお茶を淹れている間に、ガリュウと向かい合いに座り、足を組む。

「それで? 兄上は何だと言ってきた?」
「生きているなら、報告に顔を出すのが礼儀だとか何とか……あと、討伐に関して、またイクシオンに先陣を切らせるとさ」
「やはり、そんな下らない事か。まぁ、いつも通りだな」

 メイミーがイクシオンにお茶を出し、静かに下がるとガリュウがメイミーを目で追っていた。
やれやれ、懲りない男だと、お茶を口に含みながらイクシオンは、目を伏せる。
兄の呼び出しの様な、癇癪かんしゃくはいつもの事だ。

 大方、本当に生きているのか、国民や家臣達が王弟は生きていたと言う声に、半信半疑で確かめたいだけなのだろう。
生きていようと死んでいようと、兄に関わる気は無いと告げているのに、周りの家臣や国民は正当な王家という物に固執しすぎて、兄と自分を放っておいてはくれない。

「イクシオン、お前が生きているのは、そのうち国王にもしっかり耳に届くだろうけど、結婚するまでは、リトの事は隠し通せよ?」
「当たり前だ。だからこそ、リトを魔窟の森の奥へ帰したんだからな」
「リトは、あの子は何者なんだ? 白い獣騎に乗っていたが、あんな獣騎は見たことが無い」
「魔窟の森の奥にしか居ない生き物だ。リトは、森の奥で一人で生きている少女というだけで害は無い」
「魔窟の奥なんて、早々誰も行かないし、住めるような場所じゃないだろ? どんな怪力少女だよ?」

 いぶかしむガリュウに、別れ際におでこにキスをしただけで、真っ赤になって「なっなっなっ!」と声をあげていたリトを思い出す。

「ただの少女だ。オレの番で、元気の良い子というだけ、本当にそれだけだ」
 
 また次に会う時が楽しみだ。
しばらくは、討伐で忙しくなるだろうが、直ぐに会いに行ってあげなくては、本当にただの少女なのだから、安全の為とはいえ、あんな場所で一人で暮らすのは寂しいだろうからな。

 イクシオンがフッと口元をほころばせると、ガリュウは肩をすくめてみせた。 
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