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1章 

包丁

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 家に帰りたいと、泣いて喚いていた私に、イクシオンは黙って胸を貸してくれていて、多分、私は、この半年以上に渡って溜め込んだ物を吐き出したんだと思う。

 いい匂いに目を開けると、私はいつの間にか寝ていたようで、まぶたが少し腫れぼったくて、でもどこかスッキリした感じはあった。
色々悩んで、答えが出なくて、答えがストンッと私の中に受け入れられると、次はどうしなくてはいけないか? と、次への一歩を踏み出さなければ生きてはいけないのだと切り替える。
この世界で生きて、諦めて切り替えることは学んだことの一つでもある。

 きっとか弱い神経の持ち主だと、こんな所では生き抜けてはいなかったから、神経の図太い私だからこそなんだと思う。
人間、強く生きて行かなきゃ、生きていけない時もある。
中学生でそんな事を悟るのはどうかとは思うけど、でも、そういうものだと割り切らなきゃ、心が壊れてしまう。

 それにしても、凄くいい香り……

 ベッドから起きて、リビングに行くとイクシオンがフライパンで何かを作っていた。
その後ろではデンちゃんが尻尾を振ってお座りしている。
モフモフなデンちゃんの尻尾に、フライパンで料理しているイクシオンの尻尾のゆっくりと動き……モフモフパラダイスがここにある。
トイレに行ってからリビングに戻ると、テーブルに赤いソースの掛かった鶏肉とマッシュポテトが用意されていた。

「リト、体調はどうだ? 平気か?」
「うん。薬が効いたみたいだよ。えと、さっきはありがとうございました。あと、ごめんなさい」

 イクシオンは小さく首を振って、「勝手に食材を使ったが、飯にしようか」と私を手招きして、椅子を引いてくれて、ちょっぴりお姫様気分だ。

「凄くいい香り。これどうやって作ったの?」
「ワインを使っただけだ。鳥を焼いた時に出る肉汁に、ワインとエバーナの実を少し煮詰めただけだ」

 鶏肉の上に溶けたチーズとワインのソース……覚えておこう。
それにしても、デンちゃんのヨダレの凄さ……ぽたぽた垂れまくりだ。
私の時はそこまでヨダレ垂らさないのに~っ!!

「ワフンッ!」
「デンにもやるから、いい子にしていろ」
「ヘッヘッヘッヘッ」

 『お手』と、必死に手を上げているデンちゃんに「ほら、食っていいぞ」と、蒸し焼きにした感じのお肉をあげていた。

「イクシオンはお料理出来る人なんだね……ですね」
「うん? そんな他人行儀にかしこまった喋り方をしないでいい。オレは軍部に身を置いているからな。食事は基本自分達の隊で作る。隊長だろうと下っ端だろうと順番にやらされる。だから覚えた」

 軍部? イクシオンは軍隊のお仕事をしているんだろうか?
そういえば、体中傷があった気がする……

「イクシオンは手紙に長期遠征って、書いてたけど、もしかして長期遠征も、その軍隊みたいなお仕事で行ってたの?」
「ああ。獣人は魔獣を討伐する事で金を稼いでいる、傭兵国家みたいなものだからな。オレはそこで隊長を任されていた」
「じゅうじん?」
「獣人はオレの様な獣にも人にもなれる種族の事をそう呼ぶ。他にも木と人の姿をした森人や、竜と人の姿をした竜人と様々な人種がいる」

 イクシオンがコップの水でテーブルに字を書きながら『獣人』と書いてくれて、成程、獣に人ならそうだよねぇ。とコクコク頷く。

「ああ、そういえば。オレもリトに聞きたかった事があるんだ」
「なに?」
「リトが使っている包丁。あれはここに最初からあった物なのか?」
「あの氷の熊包丁は、お正月だったかな? 氷で出来た熊が襲ってきたから、倒したら出たんだよ。イクシオンの熱を下げるのに使った氷もその時の氷だよ。消えないから夏にも丁度いいかなーって、取り置きしてるの」
「大丈夫だったのか!? 怪我はしなかったか!」

 ガタンッとテーブルに手をついて、イクシオンが心配そうな顔で私に尋ねるけど、もう三ヶ月も前の話なのに、そこまで焦らなくてもいいと思うんだけどな。

「この通り大丈夫だよ? 怪我一つしなかったよ。あの熊って何だったの?」
「氷の熊……アイスバティカベアーだと思う。年末から年始にかけて出たのならば、大型魔獣の一体だろう」
「大型まじゅー?」

 『魔獣』と文字を書いてくれて、魔獣とは人を襲う知性の無い凶暴な魔力を宿した野獣だと説明してくれた。
そして、大型魔獣とは年末年始にかけて出る巨大な魔獣の事で、ランダムに各国に出現し、一体でも倒せれば、連鎖反応で消滅するという。
そして、私の思った通り、大型魔獣を倒せば春の訪れが早くなるらしい。
長引けば長引くだけ、冬が厳しくなるのだそうだ。

「オレの怪我も大型魔獣のアイシクルセイレーンにやられたものだ。死ぬ寸前で、リトがアイスバティカベアーを倒したことで、消滅したんだろうな。そうでなかったら、オレは今頃この世には居ない。リト、本当にありがとう」
「大袈裟な―。偶然だよ。頭を上げてくれないと困る……」

 テーブルに頭が尽きそうな程、頭を下げられて私としてはこそばゆい。
イクシオンが頭を上げると、眩しそうに私を見て目を細くする。そういう顔はしちゃ駄目だってば、恥ずかしいし、何か胸が変にトクトクいうから勘弁して~。

「リト……君が十八になるまでが待ち遠しいな」
「うー……だから、その話も含めて、話し合いしますからね?」
「ああ。将来の事はキチンと話し合わないとな」

 うーん。イクシオン、話を聞いてほしいよ……。
尻尾をブンブン揺らしている姿は非常に可愛いけどね。うん。モフモフは最高である。

「まぁ、話を戻すが、この包丁の鞘がオレの所にある」
「そうなの?」
「ああ。今回の討伐で褒賞として渡されたんだが、オレは、死ぬつもりでここへ来たから、オレの補佐に渡した」
「なんで、死ぬつもりだったの?」
「怪我が酷くて、もう助からないと言われた。死ぬなら、せめてリトの近くで死にたかった。まぁ、リトに助けられて、少し部下に啖呵たんかを切って出てきた手前……顔を出しづらいが」

 眉を下げて笑うイクシオンに、私もつられて笑う。
確かに、死ぬつもりで隊長さんが出て行ってしまったら、部下の人達はもうお葬式の準備も済ませてしまったかもしれない……

「まぁ、仕方がない。近いうちに、街には行かないといけないだろうし、部下に顔を見せに行かないとな」
「街、私も街に行ってみたい!」
「ああ。連れて行くつもりだが、聖鳥は目立つから何か対策しないとな」

 椅子の上で首を前後に振っていたゲッちゃんが首を傾げて「ゲキョ?」と目をくるくるさせていた。
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