上 下
10 / 38

リアムの日常

しおりを挟む
ココの朝は早く太陽が昇る時にはすでに起きて仕事に行く。俺もココの起床に合わせて活動を開始する。

窓を開け小屋の空気を入れ替え、掃除をして埃を掃き出す。オンボロな木の小屋は雨漏りで木が腐っていたりと修理する所が多い。生活に困る場所から補修していくが……はっきり言って立て直した方が早いかもしれない。だが、屋敷が管理している建物を壊すなどすればココがなんと言われるか分からないのでやめておく。

小屋の補修がひと段落すれば、小屋の裏側にある小さな畑と花壇の手入れだ。ここにはレノー様から貰った植物の種や花を植えており、ココにとって大切な場所だ。
つまりそれは俺にとっても大切な場所なので念入りに手入れをする。雑草を取り除き水魔法を使って愛情込めて水やりをすれば草花は嬉しそうに葉を揺らす……。

そうこうしているとココとの朝食の時間が迫ってきたので、竃に火をつけてお湯を沸かしお茶の準備をする。
今日のお茶は先日ココと森の中で採取したハーブティーだ。リラックス効果がありココが大好きだと言っていたので作り方を教えてもらった。
お湯を注ぎ蒸らした後、コップに注げば爽やかな香りが広がり……それと同時に「ただいま戻りました!」と、ココの可愛らしい声が聞こえてくる。

以前の生活とはかけ離れた、穏やかで幸せな時間に俺はどっぷりと浸ってしまっている……。


そう。
俺は記憶を少し取り戻してしまったのだ。
初めての狩りを終えた後から徐々に記憶が戻り始めると、日に日にその記憶が溢れ出してくる。
といっても完全に思い出した訳ではなく、色々と断片的で曖昧な部分が多い。自分の本当の名前は思い出せていないし、何故森の奥にいたのかは覚えていない。
思い出した記憶は仕事や自分の日常的な生活だけだった。

俺はどうやら騎士をしていたようだ。魔法や武術の訓練、戦いに明け暮れる日々ばかりで……以前の俺の生活に楽しいと思える記憶などは存在しなかった。
疲れた体を休めるだけのガランとした部屋に帰りつき泥のように眠り、朝目覚めればそのまま訓練に向かう。辛く苦しい訓練と、飛んでくる罵声。戦いでは痛みと恐怖を打ち消すように自分を鼓舞していた……。
ココと過ごす素晴らしい日々と比べてみればその差は明白で、ボンヤリと脳内に浮かぶ自分の記憶を見ながらよくこんな生活が送れていたなと他人事のように思った。

記憶が戻った事はココには伝えていない。
というか、伝える気はない。記憶が戻ったといえばココは俺が誰なのか探し始め、きっと騎士団に聞けば俺の素性などすぐに分かり元通りの憂鬱な生活が始まる。
ココと過ごす甘い生活を知ってしまった今、元の自分に戻る事は地獄に落ちろと言われているようなものだ……。

ココの帰りを待ちながら狩りをしたり、家事をするのはとても楽しい。こんなむさ苦しい男が家で帰りを待っているなど、普通の人ならば嫌がるかもしれないがココは俺が「お帰り」と、言うと花が咲いたような笑顔を見せてくれる。
もうココの笑顔が……存在が俺の生きていく上ではなくてはならないものなのだ。



夕方になりココが帰ってくれば夕食を一緒に準備をする。今日は俺が狩ってきた鳥肉を捌き香草と塩で包んでおいた。ココが鳥肉を焼きながら今日のお屋敷での出来事を話してくれる。
だいたいダンさんやマーサさんが登場し、ココは楽しそうに話をしてくれる。
そして、ココの口から『デューク』や『ゲスター』の名前が出る時には、大抵仕事でやらかしてしまって怒られたとココは申し訳なさそうな表情を見せるが……話の内容は嫌がらせ以外のなにものでもない。

屋敷に仕事に行っている時は離れ離れになってしまうので少し……いや、だいぶ寂しいしデュークやゲスターからココを守りたいが俺の存在はバレてはいけない……。
デュークやゲスターなどココを虐める者達など消してしまいたいが、ココが望まない限りは行動に移す事などできないし……。

そんな事を頭の片隅で考えながらココとの楽しい夕食をすませ、就寝の時間になり俺にとってご褒美の時間が始まる。

同じベッドに横になりココは寝相が悪いからと眠る前は端に行くのだが、眠りに落ちればすぐに俺の方へすり寄ってきて……あまりの可愛さに抱きしめると嬉しそうに口元を綻ばせる。
柔らかな栗色の髪を優しく撫でながら、ココの寝顔を見つめている時間は幸せそのものだ……。
そして、目に入ってくるふっくらとした唇……。
何度その唇に吸い込まれてしまいそうになったことか……。
俺の理性は頑張っている方だと思う。
天使のような寝顔を見ながら俺も眠りにつき、朝を迎えると俺の腕の中で「おはようございます」と、少し恥ずかしそうな表情を浮かべるココ……。


ココと過ごす時間はとても幸せで……こんなにも心が満たされた事は今まで無かった。
何よりもココが大切で、ココの笑顔が見たくて、ずっと傍にいたい。
記憶を無くしココと出会ってから、思えばずっとそんな事を考えてばかりいる。

そんな幸せな日々を壊す理由などなく、俺は今日も記憶を失ったふりをして仕事へと向かうココを見送り森の中へ狩りに出かける。


今日も手頃な獣が狩れたのでココが戻って来る前に小屋に帰ってくると中から人の気配がする……。

ココはこの小屋には誰も近づかないと言っていたのに……。

息を殺しそっと覗き込むと、ココの服が入ったタンスをゴソゴソと漁っている男の姿が……。

………俺だって漁る事を躊躇しているのになんて奴だ。

ココのタンスを漁りながらニヤリと笑みを浮かべる姿に怒りが抑えきれず……気が付けば俺は男の方へと向かい声をかけていた。


「おい……何をやっている」
「ひっ! 私は何も……」
「今、ココのタンスを漁っていただろう。何をしていたんだ」
「……お前、ココの知り合いなのか?」

俺に声をかけられて怯えていた男はココの名前が出ると、途端に態度を変え何故か強気になる。
なんなんだコイツ……?

そう思っていると、小屋の扉が開き愛しのココが帰ってくる。

「リアムさん、今日の朝食は卵ですよ~! マーサさんから貰って………え? デュークさんどうしたんですか?」

…………デュークだと?

存在を知られてはいけない男の登場に嫌な予感が脳裏をよぎった……。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...