へっぽこDomは上手にお座りさせたい

赤牙

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本編

助けたい、甘やかしたい

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 丈太郎の誘いにひじりは目を瞬かせたあと、恥ずかしそうに俯いた。
 
「……丈太郎に迷惑かけちゃうよ」
「迷惑なもんか! 聖が困ってるのに放ってなんかおけない」

 数分前までしょげた顔して自分の弱さを語っていたはずの丈太郎は、身を前に乗り出し聖に自分を頼ってくれと伝える。
 久しぶりに会う幼馴染を助けたいという気持ちが酒の力も合わさり溢れ出す。
 聖はそんな丈太郎の圧に押されるように、少し考え頬を赤らめながら小さく頷く。

「丈太郎となら……できるかも……」
 
 聖の答えに丈太郎は「よしっ!」と、手を引いて居酒屋を出ていく。
 丈太郎に手を引かれ、二人はホテル街へ。
 薄暗い通りに爛々と輝くホテルの看板たち。
 その中で、看板の隅に小さく書かれた『D/Sプレイルームあり』という文字の載ったホテルに丈太郎たちは足を踏み入れる。
 受付の画面には、四つのプレイルームがあり丈太郎は聖に視線を移す。

「どの……部屋がいい?」
「あ、えと……ここ、かな?」

 聖の指差した部屋は、一般的なプレイができる部屋だった。
 丈太郎は頷き、聖の選んだ部屋にチェックインを済ませ二人はエレベーターに乗り込む。
 ウィン……と、エレベーターが昇りはじめる同時に丈太郎の心拍数もぐんぐん上がっていく。
 勢いのまま握りしめた聖の手をぎゅっと握りしめると、不安気に聖が丈太郎を見上げる。

「丈太郎、大丈夫?」
「全っっっっ然! 大丈夫!」

 丈太郎はぶんぶんと大袈裟に首を大きく縦に振り、自分を奮い立たせる。
 チェックインした部屋がある五階のフロアへと到着し、丈太郎と聖を手招きするようにピカピカと部屋前のランプが点滅する。
 部屋の扉を開くとバクバクと丈太郎の鼓動が大きく跳ねる。

ーー俺とのプレイで、聖の悲しい記憶を上書きしてやるんだ。

 DomとSubのために用意されたプレイルームには、プレイに使うための首輪や皮鞭などが壁にかけられている。
 聖はそれを見た瞬間、息を呑み足を止めてしまう。
 聖の様子が変わったことに気付いた丈太郎は、振り返ると聖の視線にプレイ用の道具が見えないように覆い被さり抱きしめる。
 華奢な聖の体は大柄の丈太郎の腕の中にすっぽりと包み込まれた。

「道具は、使わない。聖が嫌なことは絶対にしないから……」
「うん……ありがとう」

 ぎゅっと丈太郎のシャツを握りしめた聖はゆっくりと顔を上げる。
 聖のハニーブラウンの瞳が『Dom』としての丈太郎を見つめる視線へと変化する。
 その瞳の色を何度も見てきた丈太郎の鼓動が今までで一番大きく跳ねた。
 そして、いつもの甲高い声が丈太郎を襲う。

『期待外れのDomで残念~』

ーー違う。もう、俺はダメなDomなんかじゃない。俺は聖にSubとしての悦びを教えたいんだ。できる……できる……俺ならできる……!

 自分を心の中で鼓舞し大きく息を吸う。
 聖の肩に手を置き、ぐっと力をいれ意を決してコマンドを放つ。

「に、に、にっ、にに……にぃーりゅ!」

 うわずった声と大事なコマンド噛んでしまい、間抜けな言葉がプレイルームに響く。
 丈太郎の腕の中にいた聖は目をパチクリと瞬かせじっと丈太郎を見つめていた。

ーーま、また……やってしまった……

 顔面に一気に血が上り、カッと頬が熱くなり、丈太郎は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う。

ーーもう……消えてしまいたい……

 きっと聖も、他のSubのように自分をバカにし笑うのだろう。
 見た目だけのどうしようもないへっぽこDomだと嘲笑われるんだ。

 聖の失笑など聞きたくなくて、丈太郎は頭を抱えるように耳を塞ぎ視線を下げる。
 しかし、丈太郎の視線に飛び込んできたのはいつもとは違う光景だった。
 聖はゆっくりとしゃがみ込むと、Subがとる基本姿勢kneel《お座り》のポーズをとる。

「え……。聖……なんで……」
「丈太郎の精一杯のコマンドが嬉しくて」

 聖は照れくさそうに笑いながら丈太郎を見上げる。
 その笑顔に胸が締め付けられ、丈太郎はぐっと奥歯を噛み締め聖を強く抱き締める。
 丈太郎に強く抱きしめられた聖は苦しそうにうめく。

「ちょ、丈太郎……苦しいよ」
「あ、ご、ごめん」
「ううん。ありがとう、丈太郎。無理させちゃったね……」

『ありがとう』

 いつもプレイに失敗し、相手を失望させていた丈太郎には聞き慣れない言葉だった。
 胸の奥がじん……と疼き、強く抱きしめたい気持ちを我慢して丈太郎は聖を見つめる。

「俺の方こそ……ありがとう。気をつかわせてお座りしてもらうなんて……」
「お座りくらい丈太郎にならいくらでもできるよ」

 聖を励ますつもりが、励まされていることに気付いた丈太郎は唇を噛み締め眉を下げ情けない顔を聖に晒す。
 その顔を見た聖は小さく微笑む。

「その顔、小さな頃の丈太郎を思い出すね。水泳大会で負けた時も同じ顔してた」

 聖のいう水泳大会の思い出がハッと蘇る。
 小六の夏。
 水泳スクール内で常に一番だった丈太郎は、市内で行われる水泳大会が開催される際に、一位をとるなんて余裕だと応援に来てくれると言った聖に自慢げに話していた。
 しかし、大会の結果は、一位どころか六人中五位。
 大会が終わり五位という結果に悔しさと、自慢げに一位になると言っていた自分がとても恥ずかしかった。
 応援にきていた聖と顔を合わせるのが気まずくて、ロッカーで一人時間を潰す。
 日が暮れ、大会関係者も帰り始める頃になって丈太郎も会場を出ていく。
 聖はとっくに帰っているだろう……と思ったが、それは違った。
 正面玄関前で座り込む聖の姿を見つけて足が止まる。 
 丈太郎に気付いた聖は、パッと顔を明るくして丈太郎に駆け寄る。

「丈太郎! お疲れ様!」
「帰ってなかったの……?」
「うん。一緒に帰ろうって約束しただろ」

 そういえば、そんな約束もしていたなと丈太郎は思い出すが、気まずさに顔を背けてしまう。

「ごめん……忘れてた」
「いいよ。ほら、もう暗くなるし帰ろう丈太郎」

 聖は約束を破った丈太郎に怒るでもなく、優しく微笑みかける。
 聖がなぜ怒らないのか丈太郎には分からず、思わず問いかける

「怒って……ないのか?」
「なんで? こんなことで怒らないのよ。きっと、丈太郎のことだから悔しくて落ち込んでるんだろうな~って思ったからさ。こんな時に隣にいるのが友達の役目でしょ」

 照れくさそうに笑う聖が、帰ろうと手を差し出す。
 丈太郎は眉を下げ情けない顔を晒し、そっと聖の手をとった。


ーーそうだ。聖はそういうやつだったな…… 

 目の前であの時と同じ様に微笑む聖を見つめていると、申し訳なさや嬉しさやら色んな感情が入り混じり丈太郎は薄らと涙をためる。

「……へっぽこDomで……ごめんな」
「ハハ、じゃあ僕はへっぽこSubだよ。ほら、丈太郎。今日はさ、このまま泊まろうよ。こんなに大きなベッドに寝る機会なんて、あんまりないからさ」

 聖は立ち上がると、ほらほらと丈太郎を誘うように手を差し出す。
 丈太郎は半泣き顔で聖を見上げると、幼い頃と同じようにその手をとった。

 聖は楽しそうに部屋を散策し、大きなお風呂に喜んだり、大画面で見る映画に満足そうな笑顔を浮かべる。
 聖のその表情に丈太郎も少しずつ心が和らぎ笑顔が戻る。
 そして二人は幼い頃に戻った様に、手を繋いで眠りにつく。
 その日、丈太郎は初めて温もりにつつまれた夜を過ごしたのだった。
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