人が消えた世界で

赤牙

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第一章

43話

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「ハイル…。最近元気がないようだが…どうかしたか?」
「え…。そうですか?いつも通りですよ…」

僕はそう言うとアストさんへ作り笑いを向ける。
アストさんは「そうか…元気ならいいんだ」と言って頭を撫でてくれる。

前はその優しさが嬉しかった。
けれど今は…優しくされると胸が痛い…。

僕はアストさんを縛り幸せを奪っているのに…自分だけ幸せになりたいと思っている。
今だってもっとアストさんに触れて欲しいとさえ思う傲慢な自分が嫌だ。

僕が隠れるなんて卑怯な選択をしたから…アストさんも本当は困っているんだ…。

僕の横で本を読むアストさんの横顔を眺めながら、この偽りの幸せを続けていいのか自分自身に問いかける。
アストさんには将来の夢だってある…ソルも言ってたじゃないか凶獣化しなければ国一番の騎士になっていたって…。


「アストさん…」
「ん?どうしたハイル?」
「アストさんは…将来の夢とかありますか?」
「将来の夢か…そうだなぁ…。俺は家族と…そしてハイルと一緒に穏やかに過ごせればいいと思っている。こんな夢でもいいか?」

僕を気遣ってくれる優しいアストさんらしい言葉だ…。
目尻を下げ優しく微笑んでくれるアストさんを見て僕の気持ちは固まった。


✳︎


アストさんと別れ温室を後にした僕は部屋に向かわずガイルさんの書斎へと向かう。書斎に続く廊下を歩きながら今まで皆と過ごした事を思い出すと楽しかった思い出ばかりが浮かんでくる。

書斎の扉の前に立つとアストさんを助けたいとガイルさんに伝えに行った時の事を思い出す。
あの時はガイルさんに凄く怒られて…僕は泣きながら部屋を飛び出したっけな…。

なんだか懐かしいな…と、思いながら僕はふぅ…と深呼吸して書斎のドアをノックする。
ノックするとすぐにガイルさんの声が聞こえてきて部屋の中へと入っていく。

「ハイル。どうしたんだ?」

ガイルさんは書斎に置かれた大きな机の前で領民から届いた嘆願書などに目を通していた。手に持っていた書類を置くと僕の方へと顔を向けてくれる。

ガイルさんの顔を見ると気持ちが揺れ、決意した事を伝えるか少し迷ってしまう…。

ちゃんと決めたじゃないか…
アストさんを自由にするって…。もう…縛らないって…。

ガイルさんは無言の僕を心配そうな顔で見つめている。

「ハイルどうした…?そんなに思い詰めた顔をして…」
「あの…ガイルさん…」
「ん?どうした?」
「僕のことを王家に報告して下さい…」

僕がそう言うとガイルさんは目を見開いたまま僕を見つめる。暫く互いに話をせず無言の時間が過ぎ…ガイルさんが口を開く。

「理由を聞いてもいいかな…?」
「……もう隠れてコソコソと生活するのが嫌になったんです。僕も自由になりたい…」

そんなの嘘だ。
本当は皆とずっとここにいたい…

「ハイル…。それは本心か?」
「はい。僕の本心です」

本心なんかじゃない…
でも…そうしないとアストさんが…アストさんが…
 

ガイルさんに質問される度に目頭は熱くなり涙がこみ上げてくるのが分かる。涙を我慢しようと下唇を噛み耐えるが涙は止まらず…こぼれる落ちる涙を見られたくなくて下を向いてしまう。

「ハイル… こっちを向いてくれ…」

ガイルさんは座っていた椅子から立ち上がると僕の方へとやってくる。肩を優しく叩かれ…僕はゆっくりガイルさんの方へと顔を上げる。

「どうしたんだハイル…。最近、元気がないと思っていたが…何か思い詰めるような事でもあったのか?私でよければ話を聞くよ…」

ガイルさんの優しさに胸がぎゅっ…と締め付けられる。
僕がアストさんを好きだと言ったら、ガイルさんをきっと困らせてしまうよね…

「僕は…アストさんを…縛りたくないんです…。やっと半獣に戻れたのに僕のせいで将来の夢も…幸せさえも手放さなければいけないなんて…」
「…アストは望んでここにいるんだ。ここに皆と…ハイルと一緒にいることがアストの幸せなんだ」
「そんなはずないっ!このままここにいたら…アストさんは番にも出会えないんですよ…。僕はアストさんにそんな辛い思いをして欲しくないんです!」

気持ちは昂り僕は涙ながらガイルさんに自分の気持ちをぶつける。

「ハイル…聞いてくれ。アストの番は…」
「決めたんです!もう…ここから離れるって決めたんです…。失礼します!」


最後は逃げるようにしてガイルさんの前から立ち去り、こぼれ落ちてくる涙を必死に拭う。


これで…これでよかったんだ…
僕はアストさんを解放する…
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