人が消えた世界で

第一章

29話

アストさんが半獣人に戻ってから慌しかった日々も少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。

ゴードンさんに聞いたところアストさんは普通の生活が送れるように毎日ガイルさん達やゴードンさんと一緒に訓練をしているらしい。

自立した生活を目指して日常生活の訓練や言葉にマナーなどなど…
アストさんは訓練を通して凶獣化する前に覚えていた事を少しずつ思い出しているようで、言葉はすでにカタコトならば話せるようになったようだ。


「アスト様が今一番気に入っている言葉は何かわかりますか？」

アストさんの話を聞いている時に突然ゴードンさんから質問されて僕は急いで考える。

「ご飯…とかですか？」
「はは。違いますよ。一番のお気に入りの言葉は…『ハイル』です」
「ぼ、僕の名前！？」
「はい。それは嬉しそうにハイル様の名前を何度も何度も呼ばれています」

なにそれ…恥ずかしいぃ…。
まさかの答えに僕は顔を赤くしながら訓練中に僕の名前を呼ぶアストさんを想像した…。


そして、いつものように温室で二人で過ごしているとゴニョゴニョと声が聞こえてくる。
ん？と思い耳を澄ますとアストさんが何かを言っているようだった。

「ハイル…」

僕の斜め後ろ…アストさんの指定席から小さく僕を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると物陰から少し顔を出したアストさんが見える。
僕と目が合うとハッと驚いた顔をしてまた物陰に隠れてしまう。

その行動がなんだか可愛くてクスっと笑ってしまう。アストさんが隠れてしまったので読んでいた本へと目線を戻すと、また僕を呼ぶ声が聞こえる。

「ハイル…」
「はーい」

振り返り返事をするとはアストさんはビクッッとさっきよりも驚きまた物陰に隠れてしまう。
けれど、尻尾はいつもよりゆらゆらと嬉しそうに揺れていた。

「……ハイル？」
「はーい…アストさん」

ヒョコっと顔を出しまた僕の名前を呼んでくるので、僕もアストさんの名前を呼ぶと尻尾をブンブンと振り目を輝かせてこちらを見てくる。

「ハイル！」
「はーい」
「……ナマエ」

返事だけでは物足りないのか、少ししょんぼり顔でこっち見てくる。
名前も呼んでくれってことかな…。

「はーい。アストさん」

名前を呼べばさっきと同じように嬉しそうに笑うアストさんを見て、僕もつられて笑ってしまう。


「ハイル！ハイル！ハイル！」
「はいはいはーい！ア、ス、ト、さ、ん！」


それからもアストさんは何度も何度も僕の名前を呼び、僕達のこのやり取りは様子を見に来たゴードンさんが止めに入るまで続いた。