人が消えた世界で

赤牙

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第一章

27話

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目が覚めると僕はいつもの部屋に。
そして懐かしの点滴が隣にぶら下がっていた。

「あ。目が覚めたわね」

声がする方に目を向けるとマリオンさんが薬の準備をしながら僕を覗き込んでくる。

「あの…アストさんは?」
「…元気よ。元気がよすぎて困るくらいにね」
「凶獣化は…?」
「大丈夫…ちゃんと半獣人に戻ってるから…」
「よかった…」

そう言うと、マリオンさんにおデコをピンと弾かれる。

「もう!無茶しすぎなのよ!血塗れのあなたを見て私思わず絶叫しちゃったんだからね!」
「ご、ごめんなさい…」
「もう…あんな無理しちゃダメよ…」
「はい…」

僕がそう返事するとマリオンさんは頭をヨシヨシと撫でてくれる。

「首の傷はほとんど治っているわ。ただ血を流しすぎて、また貧血ぎみになってるからしばらくはベッドとお友達よ」
「はい…」
「そして、元気になったらガイルさんとイザベラさんから沢山お説教されなさい」
「……はい」

ニヒヒと笑いながらマリオンさんは「また様子を見にくるから~」と言って部屋を出て行く。


よかった…アストさん元気なんだ。
アストさんの様子を聞けて少し安心するとまた睡魔が襲ってきて僕はゆっくりと目を閉じた。


✳︎

それから丸一日眠り昨日よりも元気になるとガイルさんとイザベラさんがやってくる。
二人は僕の無事を確認すると安堵の表情を浮かべる。そして、その後はマリオンさんに予告された通りお説教された。

「ハイル…。もう二度とあんな事をしてはいけないよ」
「そうよ!私…ハイルくんの姿を見て…もう…」
「あ…ご、ごめんなさい…。本当にごめんなさい…」

涙ぐみ言葉を詰まらせるイザベラさんを見て、とても心配をかけてしまったと反省する。
ごめんなさい…と謝るとイザベラさんは僕の手を取り潤んだ瞳で見つめてくる。

「でも…ありがとうハイルくん。アストを治してくれて」
「…イザベラさん」
「私からも…ありがとうハイル…」

二人からギュッと抱きしめられると目頭が熱くなりじわりと涙が溢れてきた。


それから体調が元に戻るまで一週間程時間がかかり、ようやく前と同じくらい動けるようになった。
ダイニングルームにも行けるようになるが、食事の場にはアストさんはいなかった。

「あの…ガイルさん。アストさんは一緒に食事を食べないんですか?」
「あぁ…アストは長いこと凶獣化していたせいか、まだ普通の暮らしを送るのが難しくてね…」

ガイルさんに質問をすると少し困ったような表情を見せる。やはり凶獣化を治したからって、すぐ元通りになるわけじゃないのかな?もしかして僕の血が足りなかったとか…

「僕の血が足りなかったんでしょうか…」
「それは違う。凶獣化を治した後の文献を見たが、すぐに元通りにはならないようだ。時間をかけて皆でアストの事を支えてあげよう」
「はい…」

ガイルさんは優しい眼差しを僕に向けてくれて頭をポンポンと撫でてくれる。
皆でアストさんを支えてあげる…僕に出来ることはあるだろうか?

「あの、僕もアストさんにしてあげられる事ありますか?」
「んー…そうだね…。アストが落ち着いたら…会ってくれるかな?」
「はい!もちろんです!」

笑顔でそう答えるとガイルさんも嬉しそうに微笑んでくれた。


それから数日後…
アストさんに会ってみないかと、ガイルさんから声をかけられる。
凶獣化を治した後の半獣人に会うのは初めてだったので少しだけ緊張するが、元に戻ったアストさんに会うのは楽しみだった。


ゴードンさんに連れられてリビングルームへと案内される。
部屋の中に入ると、イザベラさんと同じ輝くような金色の髪を長く伸ばした背の高い獅子の半獣人がガイルさんと共にいた。

「ガイル様。ハイル様を連れてまいりました」

ゴードンさんが声をかけると二人ともこちらを振り向く。
アストさんは長い前髪の間から蜂蜜色のキラキラした瞳で僕を見つめるとパァァっと顔を輝かせて笑顔を見せる。

「アストさん初めまし…うわっっ!」

挨拶するよりも先に、アストさんが僕の方へと飛びついてくる。僕よりも大きなアストさんをなんとか受け止めるとギュッと抱きしめられ…首筋に顔を埋められる。
その瞬間、アストさんの姿が凶獣化した獅子の姿と重なりあの時の恐怖が蘇る。

「いやっっっ!!」

僕は声を荒げアストさんを拒否するように思いきり突き飛ばす。突き飛ばした手は恐怖にカタカタと震え上手く息ができない…

「ハイルっ!」

僕の方へと駆け寄ってきたガイルさんに肩を触れられただけでも恐怖が増し体の震えが止まらない。
アストさんの方に目を向けると僕に突き飛ばされ呆然とした表情で僕を見ていた。

「ごめんなさい…ごめんな…さい…ごめん…な…さ…い…」

ごめんなさいと謝り続け、息苦しさのあまり息を必死に吸うが苦しさは続き…視界がぐるりと回ると目の前が真っ暗になり僕はそのまま意識を失ってしまった。
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