【完結】招き猫は幸せと愛を両腕に抱えて

赤牙

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9話:フェリスの旅立ち

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 ルイスと別れてから数日後。
 流行り病で弱った体も少しずつ回復し、フェリスは久しぶりに獣人の姿に戻った。
 体調が戻ったとはいえ、以前よりも痩せてしまい体力も落ちていた。
 けれど、弱音などはいていられない。
 フェリスはルイスに恩返しをするという大きな願いを胸に抱き歩き出す。
 それからフェリスは仕事をしながら、ルイスのことについて調べていく。
 手がかりは、ベルンが言っていた『シュミット家』という家名。そして、ルイスが地面にひいてくれたハンカチに刺繍された家紋。
 隣国をまわる行商人にたずねると、辺境に領地を持つシュミット侯爵家の家紋で間違いないと確認がとれた。
 ルイスのいる場所が分かったことは嬉しいが、あまりの身分の違いに眩暈がした。
 けれど、一目でいいのでルイスに会いたい。自分の言葉で感謝を伝えたいという願いは諦められない。

「でも、僕なんかじゃ話しかけられないか……」

 スラムに暮らす名も持たなかった自分と、侯爵家のルイス。
 こんな自分が侯爵家のルイスに感謝を伝えることは難しい。いや、会うこともできないだろう。
 どうしようかとフェリスはう~んと悩み、しばらくしてハッと思いつく。

「そうだ。手紙を書いて渡せばいいんだ」

 もしも、会えなければせめて手紙だけでもと思い、それからフェリスは必死に文字を勉強した。
 文字や言葉を覚えていくと、ルイスに伝えたいことが増えていく。それが嬉しくて、勉強することは苦ではなかった。
 読み書きができるようになると、手紙が書けるようになっただけでなく仕事の種類も増えた。
 手紙の代筆をして届ける仕事は、今までの仕事の中で一番給金が高かった。

 — —これもルイス様のおかげだ!

 そんなことを思いながらフェリスはルイスに会いに行く夢を持ち過ごしていった。


 二人が出会ったあの日から長い時が経った。
 十八になったフェリスは街の古着屋に来ていた。
 フェリスの人生で一番上等な服と靴を買い、沢山の荷物が入る丈夫なリュックも購入した。
 ルイスに会いに行くと決めてから隣国に渡るための路銀を貯め始めて七年。
 こんなにも時間がかかった理由は、隣国で暮らすのに必要なお金も貯めていたからだ。
 フェリスは生まれてからずっと過ごしていたこの土地から去る決意をしていた。
 隣国にいるルイスに会いに行くには大金が必要だ。移動に使う馬車の移動費に宿泊費、旅の途中にかかるお金のことを考えるとキリがなかった。
 そんな状況で復路のことまで考えると、そのまま隣国で生活をしていく方が負担が少ない。
 それに、自分を救ってくれたルイスが治める領地で過ごし税を納めれば、少しはルイスに恩返しできるのではないかと考えた。
 ルイスに会いに行けることへの緊張と興奮、新天地への不安が入り混じるなか、旅に必要なものを買い揃えたフェリスは我が家へ戻る。
 片付けも終わり、最後の夜を過ごすためだけの荷物しか残っていない小屋は、どこか寂しそうに見える。
 老人と一緒に修理を繰り返したつぎはぎだらけの小屋の隅っこに寝転がり目を閉じ眠りにつく。
 すると、老人と過ごした沢山の思い出が夢の中にあらわれる。
 どんな時も優しく微笑み沢山の喜びをくれた老人との夢につつまれ、フェリスはこの国で過ごす最後の夜を幸せな気持ちですごしたのだった。

 小屋に差し込む光に朝の訪れを感じ、フェリスは目を覚ます。
 寝床を片付ければいよいよ出発だ。
 荷物を持ったあと、周りを見渡し自分のそばにいる精霊たちに目を向ける。
 精霊たちはずっと自分のそばにいてくれたが、これからどうするのだろうか。
 精霊は自分の愛する場所に集まるという。この小屋が精霊たちの愛する場所ならば、別れが待っている。
 そう考えると、精霊たちとの賑やかで楽しい思い出と共に胸に寂しさがつのる。

「ねぇ、キミたちはどうするの? ここに残るの?」

 フェリスの周りを飛び回る色とりどりの精霊たちに問いかけると、皆が慌ててフェリスの体にくっつく。
 その様子にフェリスは驚き、そして目を細める。

「一緒に来てくれるのかい?」

 精霊たちは当たり前だと言いたげにフェリスの顔の周りを飛び回り、フェリスは笑い声をあげる。

「実はね、僕もキミたちと別れたくなかったんだ。これからもよろしくね」

 精霊たちは『こちらこそ』と、フェリスの頬にキスをした。
 旅立ちの準備が整い空っぽになった我が家を見渡し、そして別れの言葉をかける。

「今まで僕を守ってくれてありがとう」

 隙間から差し込む光が、祝福するように輝きを強くしフェリスを照らす。
 眩い光に目を細めた先に、一瞬老人の姿が見えた。
 老人はいつものように穏やかな笑みを浮かべ、フェリスに手を振っていた。
 あ……と思い、瞬きをした瞬間、老人の幻影は消えてしまう。
 また出会えたことの喜びと、懐かしくも寂しい気持ちが込み上げてくる。
 老人の顔を思い浮かべていると、精霊たちが早く行こうと周りを飛び回りフェリスを急かす。
 「今、行くよ」と精霊たちに声をかけ、老人の幻影が見えた方をもう一度振り向く。

「行ってきます」

 そう言ってフェリスは新しい一歩を踏み出していった。
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