【完結】招き猫は幸せと愛を両腕に抱えて

赤牙

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4話:名前

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 人には聞こえないくらいの小さな呟きに反応して、ルイスの胸ポケットから真っ白な光が現れた。
 真っ白な光は眠たげにふらふらと宙を飛び、ルイスの頬にちょんと触れ挨拶をする。
 愛らしい精霊の姿にルイスは目を細める、

「君の力を貸してほしいんだ。この子を元気にしてくれないか?」

 真っ白な光を持った精霊がルイスの腕の中で横たわる少年の方に視線を向けると驚いたように跳ね、そしてすぐに少年の元へと飛んでいく。
 確認するように少年の周りを飛び回ったあと、精霊が少年の額に触れる。
 触れた部位から全身へと眩い光が広がり包み込んでいく。
 その光は煌めきながら少年の体の中に吸い込まれていった。光は少年の体を癒し、最後は心まであたためてくれる。
 眩い光が体の中へ消え、少年は小さく息を吐き「ンナァ……」と思わず鳴き声を上げる。
 少年の鳴き声にルイスは目を細める。

「元気になったかな?」

 少年はルイスの腕の中でもぞりと体を動かす。
 さっきまでだるくて仕方がなかった体は軽くなり、熱も下がっていた。
 驚いて瞳を瞬かせ少年はルイスを見上げる。
 少年の様子にタレ目がちのルイスの目尻がさらに下がる。

「ふふ、キミはとってもかわいいなぁ」

 額をルイスの指先で撫でられると気持ちよくて少年は目を細める。
 無意識に額をルイスの指にこすりつける仕草を見せると、ルイスの頬がゆるむ。
 そして、ルイスにある思いが湧き上がる。

「なぁ、ベルン……この子を連れ帰ってはいけないか?」
「……できません」
「どうしてもダメか?」
「ルイス様、お気持ちは分かりますが野良猫の中には未知の病気を持ったものもおります。オスカー様のご病気が悪化する恐れがあるものを屋敷の中に入れることはできません」
「そう、だよな。じゃあ、明日もこの子の様子を見に来てもいいか?」
「ルイス様、ですから……」
「連れて帰るなんて言わない。様子を見に来るだけだ」

 ルイスは少年を強く抱きしめ、ベルンに真剣な顔で懇願する。
 その様子にベルンは困った顔でルイスをみつめた。意思の固いルイスの表情を見て、これは何を言ってもダメだなと、諦めまじりに口を開く。

「見に来るだけですよ。さぁ、ルイス様。待ち合わせの時間が迫っております」
「分かった。ありがとう、ベルン」

 ルイスは微笑むと腕の中で二人のやり取りを見つめていた少年に視線を向ける。

「また明日も来るからな。あ、今日の夜は冷えそうだから、体を冷やさないようにしなくちゃな。マフラーで包んだらあったかいかな? キミの寝床はこの小屋か?」

 少年の住む小屋に目をやり、雨風がしのげる小屋の入り口の隙間にハンカチをひく。
 それから自分がつけていた藍色のマフラーを外すと、少年を優しく包み込みハンカチの上に置いた。
 マフラーに包まれた少年は顔を出してルイスを見上げた。
 優しい茶色の瞳が弧を描き、少年の頭を何度も撫でる。温かなマフラーとルイスの優しい手のひらの感触に、少年のまぶたがとろりと閉じていく。

「ふふ、眠くなったんだな。今日はしっかりと眠って明日は元気な顔を見せてくれよ」

 ルイスの優しい声が子守唄となり、少年は安らかな寝顔を見せる。

「また、明日くるからな」

 ルイスの言葉に少年は小さく鳴き声をあげ返事をする。

『また、会いにきて』
 
 少年の言葉が通じたのか、ルイスは「うん」と返事をして去っていく。
 ルイスの優しい匂いが遠ざかっていくと少年の心に寂しさがつのる。
 寂しさを紛らわすように、マフラーの中に顔を埋めるとルイスの香りがした。その香りとマフラーの温もりに包まれて、少年はまた目を閉じたのだった。
 久しぶりにぐっすりと眠れた少年は、眩しい朝日に顔を照らされ目を覚ます。
 あったかなマフラーの中で丸まっていると少年の方に近づいてくる二つの足音が。

「おーい。フェリス」

 ーーフェリス……?

 頭上から聞こえた声は、昨日少年を救ってくれたルイスのものだった。
 しかし、ルイスは『フェリス』という初めて聞く名前を呼んでいる。
 不思議に思いマフラーの中から顔を出すと、こちらを覗き込むルイスと目が合う。

「おはよう、フェリス。調子はどうだ?」

 また、フェリスと呼ばれてボサボサの頭を撫でられ毛並みを整えられる。

 ーーフェリスって……僕、のこと?

 フェリスと呼ばれて少年の心の芯にぬくもりが宿る。
 驚いて瞳を瞬かせると、ルイスがふっと笑みを浮かべる。
 路地裏に光が差し込み、ルイスの薄茶色の髪が太陽に輝き煌めく。
 少年は、眩い光に目を細めた。
 ルイスはニッと笑顔を見せて少年をなでると、ひょいっと抱き上げる。

「やっぱり小さいなぁ~ガリガリだぞ。ほら、今だけでもしっかり食べるんだよ」

 そう言って、ルイスは少年に食事と水を与えた。久しぶりの食事に少年のお腹がぐうと小さな音を立てる。
 スンと匂いを嗅ぐと美味しい匂いがして、少年は皿の中に顔を突っ込んだ。
 少年の体のことを考えて作られた食事は、食べやすく調理されており夢中になって食べていると、ベルンが呆れた顔をしてルイスに話しかける。

「ルイス様、いつの間に名前を……」
「いい名前だろう? 昨日、ずっと考えたんだ」

 ルイスが屈託のない笑顔を見せると、ベルンは大きなため息を吐く。

「ルイス様……いいですか。シュミット家の当主として、威厳ある行動をと日頃から言われているのをお忘れですか? 野良猫を世話することは悪いことではありませんが、もう少し大人として……」
「分かった分かった。でも、仕方ないだろう。フェリスがこんなにも可愛いんだから」

 ベルンの言葉を気にすることもなくルイスは少年の姿に頬を緩める。
 その様子に、ベルンは呆れ顔を見せる。

「三日後には国へ戻るのですよ。情がうつると別れが辛くなりますよ」
「分かっているって……」

 二人の会話を聞きながら少年は食事を平らげる。
 ごちそうさまでしたと、顔を上げてルイスを見上げると、またあの名前を呼ばれる。

「フェリス。お腹いっぱいになったか?」

 ーーあなたは僕に名前をくれるの?

 少年がルイスを見つめると、手のひらで頭をなでられた。
 くすぐったくて気持ちいい感触にルイスの手に頭を擦り寄せると『フェリス』と何度も名前を呼ばれ可愛いなと言われた。
 少年は心の中でルイスがくれた名前を呟く。
 
 ーーフェリス。僕の名前は……フェリス。

 初めて与えられた自分の名に、心の底から喜びが込み上げてくる。
 少年は名をもっていなかった。
 物心ついた頃、自分の名前は何なのかと老人に聞いたことがあった。その時、老人は困った顔をして少年に答えた。

「お前の名前は、分からないんだ」
「分からないの? じゃあ、おじいさんが僕に名前を付けて。僕だけ名前がないのは嫌だ」
「そうしたいが……名前というものは特別なんだ。ワシなんかが思いつきで決めていいことではないんだ。きっと、お前さんの親が付けたはずの名がある。お前の母さんが戻ってきた時、本当の名を教えてもらいなさい。名前とは想いが込められた宝物なんだよ」

 老人の言葉を思い出し、ルイスに名を呼ばれた時に感じたぬくもりを思い出す。
 『フェリス』と呼ばれ、じんわりと心が温かくなりその熱はいまも少年の心に温もりを与えてくれていた。

「フェリス」

 ルイスの声に反応して、少年— —フェリスが鳴き声をあげる。
 その反応にルイスは口角をあげて、ぎゅっとフェリスを抱きしめる。
 
「あぁ、やっぱりフェリスは可愛いなぁ」

 ルイスの腕の中でフェリスも嬉しそうに目を細める。頭を撫でられ、顎下を指先でくすぐられると自然とのどを鳴らしてしまった。
 
 ーーもっと撫でてほしい。

 フェリスが願うと、その願いを感じとったのかルイスの大きな手が小さな体を包み込む。
 くすぐったくて気持ちがいい感覚と、久しぶりにお腹いっぱいになったせいか眠気がして、くぁ~っとあくびをしてしまう。
 ルイスは眠そうな顔のフェリスを見て、ふっと笑みをこぼす。

「お腹いっぱいになったから眠くなったんだな」

 温かな腕と優しい笑みにフェリスはまどろむ。
 だが、眠ってしまえばルイスが帰ってしまうと思い必死にまぶたを持ち上げた。
 そんなフェリスの様子をルイスは穏やかな気持ちで見つめ、眠りを誘うようにやわらかな声でフェリスに話しかける。

「安心して眠るといい。たくさん寝て、たくさん食べて明日はもっと元気になるんだよフェリス」

 眉間のあたりをスリスリと撫でられると無意識にまぶたを閉じてしまい、フェリスはそのまま眠りへと誘われる。
 スースーと寝息をたて眠りについたフェリス。
 ルイスはしばらく腕の中でフェリスを抱いたあと、そっと寝ぐらにしていたマフラーにフェリスをおろす。

「また、明日な」

 頭を撫でられたフェリスはすでに夢の中。その夢の中でも、現実と同じようにルイスに頭を撫でられフェリスは幸せそうな笑みをこぼした。
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