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【番外編】〜嫌われ者の兄はやり直しの義弟達の愛玩人形になる〜
雪と悪夢と…… ②
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なんで……兄さんがここに……
一番母のそばにいてほしくない人物の姿をとらえた私は無言のまま兄さんに近づく。
「……シャルル兄さん。なぜ、ここに?」
焦点の合わない目で、兄さんは恐怖の色を浮かべたままなんとか返事をする。
「お、俺は……ただ、フロルさんのお見舞いに……」
「母上に何かしたのですか? 何か酷いことを言ったんですか?」
口調を強め兄さんに詰め寄ると、兄さんは顔をこわばらせ小さく顔を横にふる。
ぎゅっと胸元に何かを握りしめていて、視線を向けるとその手には小さな袋が握られていた。
「兄さん、それはなんですか?」
「これは……クッキー……」
「クッキー?」
兄さんが母にクッキーを持ってくるなんて……
シャルル兄さんに視線を戻すと、今にも泣き出しそうに声を震わせ状況を話し出す。
「最近、食事もとれていなかったから……元気になって、ほしくて……。それで、クッキーを作って……フロルさんが食べたら……呼吸が……」
兄さんの話を聞いて、手に持っていた袋を奪い中を確認する。
袋の中には、歪な形のクッキーが数枚崩れており……クッキーにはナッツが入っていた。
「母上は……ナッツアレルギーなんです」
「え……」
シャルル兄さんは、水色の瞳をまん丸と開き息を呑む。
「父上、母上はナッツを食べてアレルギー症状がでたようです。すぐにお薬と先生を」
私の言葉に父上は寝室の棚に置いていたアレルギーの症状を抑える緊急用の薬を手に取り母に投与する。
なんとか薬を飲む事ができたが薬の効果が出るまでは油断できない。
これ以上悪化することがないことを願うばかりだ……
母の近くにいき、声はかけずに息苦しさで震える手にそって手を重ねる。
私がそばに来たことに気付いた母は、『大丈夫』と言葉の代わりに笑みを浮かべる。
それから数十分が経つと、母の呼吸状態も落ち着き体を横にできるくらいになった。
呼吸も安らかになり、母は目を閉じた。
あとからやってきたリエンは、ずっと母の手を握りしめ、祈るように俯いていた。
皆が母を取り囲み心配しているなか、シャルル兄さんだけは部屋の隅でずっと震え動けずにいた。
父は後からやってきた主治医から説明を聞くために部屋を離れ、私たちも母の体を綺麗にするからと言われ侍女たちに母を託し部屋をでる。
私とリエンが部屋を先に出て、シャルル兄さんが重い足取りで最後に部屋を出る。
廊下を進みながら、今日の出来事について考えを巡らせるが、一度目の最悪な記憶と入り混じり考えがまとまらない。
苛ただしさだけがつのり、私の背後で背を丸め項垂れるシャルル兄さんの方を振り返り声をかける。
「兄さん、お話があります。少しよろしいですか?」
「あ……う、ん……」
手に持っていた忌まわしいクッキーの袋を握りしめて、シャルル兄さんは頷き私の部屋へ。
部屋へつくなり私とリエンは兄さんに怒りのこもった鋭い視線を向ける。
「何も知らない兄さん。あなたが何も考えずに母上を殺そうとした……。いや……もしかして、知ってて母上にナッツを口にさせたのですか?」
「———っ! ちがう……俺は殺そうだなんて思ってない! 俺は……本当に……フロ、ルさんが心配で……元気になって……ほしくて……」
「それでいきなりクッキーなんて作っていったの? 体調の悪い母様に?」
リエンが軽蔑したような視線を兄さんに向けると、シャルル兄さんは口を震わせて話す。
「いつもは……花、を渡して……いたんだ。少し前に……甘い、ものが好きだって……聞いたから……それで……悪気はなかった……こんな、ことに……なるなんて……」
弱々しい兄さんの声は次第に小さくなり、声の代わりに啜り泣く声が聞こえてくる。
俯き、肩を震わせ袖で涙を拭う。
兄さんの姿をリエンと共に呆然と見つめた。
母の部屋に飾られていた小さな花を思い出す。
庭園に咲いている季節の花が飾られ、母はそれを見ては嬉しそうに微笑んでいた。
ーーあの花はシャルル兄さんが飾っていたのか……?
母は一度もシャルル兄さんが来ているなど言っていなかった。
……だが、目の前でさめざめと泣いているシャルル兄さんの姿を見て、兄さんが嘘を言っているようには感じられなかった。
本当に何も知らず、偶然にもナッツ入りのクッキーを作り、こんな忌まわしい日に母に食べさせるなど……
吐き気のするような歪な運命は、どうしても私から母と父を奪いたいらしい。
肩をすくめ大きなため息を吐くと、兄さんが小さく口を開く。
「……フロルさんをもっといい医者に見せた方がいいよな。王都には腕の立つお医者様がいるって父様が言っていたことが……」
「王都になど行かない! 絶対に行かせるものか!」
その言葉に、母と父の死を思い出し怒気のはらんだ声で叫び兄さんを再び睨みつける。
兄さんは戸惑い私に向ける視線からは恐れも感じられた。
しばらく三人の間に沈黙が流れる。
シャルル兄さんは手に持ったクッキーの入った小袋を握りしめ俯く。
リエンが私の袖を引っ張り『どうするの?』と、目で問いかけてくる。
どうするか……考えたところですぐには答えはでない。
私たちを取り巻く運命は形を変えて再び襲いかかってくる。
その原因をもたらすのがシャルル兄さんだとすれば……
思考を巡らせ……考え、一つの結論に達する。
シャルル兄さんには全てを知ってもらおう。
一番母のそばにいてほしくない人物の姿をとらえた私は無言のまま兄さんに近づく。
「……シャルル兄さん。なぜ、ここに?」
焦点の合わない目で、兄さんは恐怖の色を浮かべたままなんとか返事をする。
「お、俺は……ただ、フロルさんのお見舞いに……」
「母上に何かしたのですか? 何か酷いことを言ったんですか?」
口調を強め兄さんに詰め寄ると、兄さんは顔をこわばらせ小さく顔を横にふる。
ぎゅっと胸元に何かを握りしめていて、視線を向けるとその手には小さな袋が握られていた。
「兄さん、それはなんですか?」
「これは……クッキー……」
「クッキー?」
兄さんが母にクッキーを持ってくるなんて……
シャルル兄さんに視線を戻すと、今にも泣き出しそうに声を震わせ状況を話し出す。
「最近、食事もとれていなかったから……元気になって、ほしくて……。それで、クッキーを作って……フロルさんが食べたら……呼吸が……」
兄さんの話を聞いて、手に持っていた袋を奪い中を確認する。
袋の中には、歪な形のクッキーが数枚崩れており……クッキーにはナッツが入っていた。
「母上は……ナッツアレルギーなんです」
「え……」
シャルル兄さんは、水色の瞳をまん丸と開き息を呑む。
「父上、母上はナッツを食べてアレルギー症状がでたようです。すぐにお薬と先生を」
私の言葉に父上は寝室の棚に置いていたアレルギーの症状を抑える緊急用の薬を手に取り母に投与する。
なんとか薬を飲む事ができたが薬の効果が出るまでは油断できない。
これ以上悪化することがないことを願うばかりだ……
母の近くにいき、声はかけずに息苦しさで震える手にそって手を重ねる。
私がそばに来たことに気付いた母は、『大丈夫』と言葉の代わりに笑みを浮かべる。
それから数十分が経つと、母の呼吸状態も落ち着き体を横にできるくらいになった。
呼吸も安らかになり、母は目を閉じた。
あとからやってきたリエンは、ずっと母の手を握りしめ、祈るように俯いていた。
皆が母を取り囲み心配しているなか、シャルル兄さんだけは部屋の隅でずっと震え動けずにいた。
父は後からやってきた主治医から説明を聞くために部屋を離れ、私たちも母の体を綺麗にするからと言われ侍女たちに母を託し部屋をでる。
私とリエンが部屋を先に出て、シャルル兄さんが重い足取りで最後に部屋を出る。
廊下を進みながら、今日の出来事について考えを巡らせるが、一度目の最悪な記憶と入り混じり考えがまとまらない。
苛ただしさだけがつのり、私の背後で背を丸め項垂れるシャルル兄さんの方を振り返り声をかける。
「兄さん、お話があります。少しよろしいですか?」
「あ……う、ん……」
手に持っていた忌まわしいクッキーの袋を握りしめて、シャルル兄さんは頷き私の部屋へ。
部屋へつくなり私とリエンは兄さんに怒りのこもった鋭い視線を向ける。
「何も知らない兄さん。あなたが何も考えずに母上を殺そうとした……。いや……もしかして、知ってて母上にナッツを口にさせたのですか?」
「———っ! ちがう……俺は殺そうだなんて思ってない! 俺は……本当に……フロ、ルさんが心配で……元気になって……ほしくて……」
「それでいきなりクッキーなんて作っていったの? 体調の悪い母様に?」
リエンが軽蔑したような視線を兄さんに向けると、シャルル兄さんは口を震わせて話す。
「いつもは……花、を渡して……いたんだ。少し前に……甘い、ものが好きだって……聞いたから……それで……悪気はなかった……こんな、ことに……なるなんて……」
弱々しい兄さんの声は次第に小さくなり、声の代わりに啜り泣く声が聞こえてくる。
俯き、肩を震わせ袖で涙を拭う。
兄さんの姿をリエンと共に呆然と見つめた。
母の部屋に飾られていた小さな花を思い出す。
庭園に咲いている季節の花が飾られ、母はそれを見ては嬉しそうに微笑んでいた。
ーーあの花はシャルル兄さんが飾っていたのか……?
母は一度もシャルル兄さんが来ているなど言っていなかった。
……だが、目の前でさめざめと泣いているシャルル兄さんの姿を見て、兄さんが嘘を言っているようには感じられなかった。
本当に何も知らず、偶然にもナッツ入りのクッキーを作り、こんな忌まわしい日に母に食べさせるなど……
吐き気のするような歪な運命は、どうしても私から母と父を奪いたいらしい。
肩をすくめ大きなため息を吐くと、兄さんが小さく口を開く。
「……フロルさんをもっといい医者に見せた方がいいよな。王都には腕の立つお医者様がいるって父様が言っていたことが……」
「王都になど行かない! 絶対に行かせるものか!」
その言葉に、母と父の死を思い出し怒気のはらんだ声で叫び兄さんを再び睨みつける。
兄さんは戸惑い私に向ける視線からは恐れも感じられた。
しばらく三人の間に沈黙が流れる。
シャルル兄さんは手に持ったクッキーの入った小袋を握りしめ俯く。
リエンが私の袖を引っ張り『どうするの?』と、目で問いかけてくる。
どうするか……考えたところですぐには答えはでない。
私たちを取り巻く運命は形を変えて再び襲いかかってくる。
その原因をもたらすのがシャルル兄さんだとすれば……
思考を巡らせ……考え、一つの結論に達する。
シャルル兄さんには全てを知ってもらおう。
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