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【番外編】〜嫌われ者の兄はやり直しの義弟達の愛玩人形になる〜
雷鳴と温もり ③
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雷と嵐のような雨風。
一度目と同じ状況だが、一つだけ違うのは背中に感じる温もり。
雷の真っ白な光がカッと洞窟の外を照らし、一瞬見える森の表情は不気味だ。
光のあとに続けてやってくる、腹の底から突き上げられるような雷鳴。
シャルル兄さんは、雷が近くに落ちるたびに私の体を強く抱きしめた。
「……兄さんは雷が怖いのですか?」
「こ、怖くなんか……ない……。ジェイドはどうなんだ? 怖くないか?」
答えた声が震えていた。
必死に弱みをみせまいとしている兄さんの態度がおかしかった。
「私は雷が怖いので、兄さんが抱きしめてくれているおかげで怖くありません」
「そっか……よかった。怖かったら言うんだぞ。俺がずっとそばにいるからさ」
兄さんはヘヘッと嬉しそうに笑みを溢した。
だが、兄さんは雷が鳴り響くたびに怖さを紛らわすように私の体を強く抱きしめる。
兄さんの方をチラリと見上げると、焚き火に照らされた水色の瞳は淡く不安気にゆらめく。
目が合うと、無理して笑顔をつくり私を必死に守ろうとする。
———ずっとそばにいる、か……
兄さんが私にくれた言葉。
その言葉はいったいどれくらい信用できるものなのだろうか……
兄さんは自分にとって不快な存在を切り捨てる一面を持っている。
私とリエンを捨てたあの夜のことを思い出せば、胸の奥に仕舞い込んだ憎悪が蘇る。
憎くて憎くてたまらなく、兄さんに捨てられたあともずっとシャルル兄さんは私の心に居座り続けた。
復讐したあとも、消えぬどころかシャルル兄さんに対する渇望は続いた。
そして、兄さんが死んだあとに感じた虚無感に私はずっと悩まされ苦しんだ。
何故こんなにも兄さんを欲するのか自分でも分からなかった。
初めて会った時から感じたシャルル兄さんに対する少し特別な感情は大きく膨らみ歪み続け、時を遡った今でさえ変わらない。
———もう二度と私たちを捨てることなどさせない。……そして、兄さんを逃がしもしない。
少し温もりを取り戻した兄さんの腕を強く握りしめると、兄さんは私が不安に思ったのかさらに強く抱きしめる。
「大丈夫、俺がいるから」とあやすように兄さんの優しい声が私を包み込む。
柔らかなぬくもりが私を包み込むと、少しだけ心が緩み言葉がこぼれ落ちる。
「シャルル兄さん……私のそばからいなくならないでくださいね……」
「うん。俺はずっとそばにいるよ」
雷鳴が鳴り響く嵐の夜が、私と兄さんだけの世界を作り出す。
恐怖と不気味さに包まれた世界は、まるで私たちの関係性を表しているように感じた……
†††
枝の燃え落ちる音で目を覚ます。
焚き火の炎は小さく淡くゆらめきながらも燃え続けていた。
ぼうっとした意識の中、背中に感じる温もりにシャルル兄さんの存在を感じた。
首筋にかかる重みと小さな寝息。
右肩に視線を向けると、兄さんの幼い寝顔が目に入る。
洞穴の入り口は、漆黒の闇から藍色に変わっていた。激しい雷雨が通り過ぎた森は、昨日とは違う顔をして静かな朝を迎えていた。
座ったまま眠りについた体が軋み、動かすたびに痛む。
そして、一番痛んだのは右足首だった。
無理をして歩いたせいか、真っ赤に腫れた足首は少し動かしただけでも顔をしかめるほどの痛みだった。
「———っつ……」
私が小さくうめくと、兄さんのまぶたが持ち上がり、長いまつ毛が小さく揺れる。
「ん……ジェイド……? どう、した?」
ゆっくりと体を起こし、兄さんが問いかけてくる。
「いえ……何も……」
弱みをみせたくなくて、俯くと兄さんはじっと私を見つめ、そして右足の方へと視線を向けた。
「足が痛むのか? 凄く腫れてるぞ……」
「……大丈夫です」
苦笑いを浮かべると、兄さんは私のそばを離れ洞穴の外へ。
どうしたのかと思って、すぐに戻ってくる。
その手には濡れたハンカチが握られていた。
ハンカチを私の腫れた足首に当てるとヒヤリとする。
「少しでも冷やしていた方が楽になると思うんだ。ごめんな、こんなことしかできなくて」
申し訳なさそうに兄さんはひざまずき、優しく私の足首を撫でる。
その姿が、一瞬一度目の兄さんと重なる。
私たちにすがり、ひざまずき、下僕になると誓った姿と首を垂れ私の足を心配そうに見つめ撫でる今の姿に、一度目に感じた『支配感』が、ぐっと胸の中に沸いたのがわかった。
サラリと揺れる黒髪にそっと手を伸ばし、頭を撫でるとシャルル兄さんはくすぐったそうに笑う。
怯えた瞳ではなく、澄んだ水色の瞳が弧をえがき嬉しそうに私を見つめる。
支配感とは違う感情がぶわりと高まる。
「どうしたジェイド?」
兄さんの頭に触れたまま固まる私を見て兄さんが問いかける。
「顔が赤いぞ? もしかして、熱がでたのか?」
ゆっくりと兄さんの顔が近づき、私の顔を覗き込む。
朝日が差し込みはじめた洞穴に、兄さんの顔が照らされる。
綺麗で美しい私の兄さん……
「シャルル兄さん……」
「ん?」
兄さんの頬を撫で、ゆっくりと顔を近づけ……軽く頬にキスをする。
シャルル兄さんは驚いた顔をして頬を赤く染め私を見つめた。
「ジェ、ジェイド? なんで……?」
なぜと問われても、私も何故自分が兄さんにキスなどしてしまったのか分からなかった。
ただ兄さんのことが綺麗だと、兄さんは私のものなんだと思って……
「……兄さんがとても綺麗だったので」
「そう……なんだ……」
シャルル兄さんは気恥ずかしそうに俯くと、小さくつぶやく。
「ジェイドも……綺麗……だぞ」
「……え?」
「ジェイドのアメジスト色の瞳とかすごく綺麗だと思う」
「あ……ありがとう、ございます」
兄さんが私の言葉のお返しとばかりにほめてきたのが、なんだかおかしかった。
笑いを堪えきれずにクスクスと笑いだすと、シャルル兄さんは顔をさらに赤くして可愛らしく怒りだす。
ひとしきり笑い終え、兄さんをなだめ声をかける。
「シャルル兄さん、家に帰りましょう。足が痛むので手を貸してくれませんか」
「うん」
手を差し出すと、シャルル兄さんは微笑みその手を優しくとってくれる。
一度目と異なる嵐の夜を過ごした私たちは、ほんの少し過去とは違う関係性を築いていった。
一度目と同じ状況だが、一つだけ違うのは背中に感じる温もり。
雷の真っ白な光がカッと洞窟の外を照らし、一瞬見える森の表情は不気味だ。
光のあとに続けてやってくる、腹の底から突き上げられるような雷鳴。
シャルル兄さんは、雷が近くに落ちるたびに私の体を強く抱きしめた。
「……兄さんは雷が怖いのですか?」
「こ、怖くなんか……ない……。ジェイドはどうなんだ? 怖くないか?」
答えた声が震えていた。
必死に弱みをみせまいとしている兄さんの態度がおかしかった。
「私は雷が怖いので、兄さんが抱きしめてくれているおかげで怖くありません」
「そっか……よかった。怖かったら言うんだぞ。俺がずっとそばにいるからさ」
兄さんはヘヘッと嬉しそうに笑みを溢した。
だが、兄さんは雷が鳴り響くたびに怖さを紛らわすように私の体を強く抱きしめる。
兄さんの方をチラリと見上げると、焚き火に照らされた水色の瞳は淡く不安気にゆらめく。
目が合うと、無理して笑顔をつくり私を必死に守ろうとする。
———ずっとそばにいる、か……
兄さんが私にくれた言葉。
その言葉はいったいどれくらい信用できるものなのだろうか……
兄さんは自分にとって不快な存在を切り捨てる一面を持っている。
私とリエンを捨てたあの夜のことを思い出せば、胸の奥に仕舞い込んだ憎悪が蘇る。
憎くて憎くてたまらなく、兄さんに捨てられたあともずっとシャルル兄さんは私の心に居座り続けた。
復讐したあとも、消えぬどころかシャルル兄さんに対する渇望は続いた。
そして、兄さんが死んだあとに感じた虚無感に私はずっと悩まされ苦しんだ。
何故こんなにも兄さんを欲するのか自分でも分からなかった。
初めて会った時から感じたシャルル兄さんに対する少し特別な感情は大きく膨らみ歪み続け、時を遡った今でさえ変わらない。
———もう二度と私たちを捨てることなどさせない。……そして、兄さんを逃がしもしない。
少し温もりを取り戻した兄さんの腕を強く握りしめると、兄さんは私が不安に思ったのかさらに強く抱きしめる。
「大丈夫、俺がいるから」とあやすように兄さんの優しい声が私を包み込む。
柔らかなぬくもりが私を包み込むと、少しだけ心が緩み言葉がこぼれ落ちる。
「シャルル兄さん……私のそばからいなくならないでくださいね……」
「うん。俺はずっとそばにいるよ」
雷鳴が鳴り響く嵐の夜が、私と兄さんだけの世界を作り出す。
恐怖と不気味さに包まれた世界は、まるで私たちの関係性を表しているように感じた……
†††
枝の燃え落ちる音で目を覚ます。
焚き火の炎は小さく淡くゆらめきながらも燃え続けていた。
ぼうっとした意識の中、背中に感じる温もりにシャルル兄さんの存在を感じた。
首筋にかかる重みと小さな寝息。
右肩に視線を向けると、兄さんの幼い寝顔が目に入る。
洞穴の入り口は、漆黒の闇から藍色に変わっていた。激しい雷雨が通り過ぎた森は、昨日とは違う顔をして静かな朝を迎えていた。
座ったまま眠りについた体が軋み、動かすたびに痛む。
そして、一番痛んだのは右足首だった。
無理をして歩いたせいか、真っ赤に腫れた足首は少し動かしただけでも顔をしかめるほどの痛みだった。
「———っつ……」
私が小さくうめくと、兄さんのまぶたが持ち上がり、長いまつ毛が小さく揺れる。
「ん……ジェイド……? どう、した?」
ゆっくりと体を起こし、兄さんが問いかけてくる。
「いえ……何も……」
弱みをみせたくなくて、俯くと兄さんはじっと私を見つめ、そして右足の方へと視線を向けた。
「足が痛むのか? 凄く腫れてるぞ……」
「……大丈夫です」
苦笑いを浮かべると、兄さんは私のそばを離れ洞穴の外へ。
どうしたのかと思って、すぐに戻ってくる。
その手には濡れたハンカチが握られていた。
ハンカチを私の腫れた足首に当てるとヒヤリとする。
「少しでも冷やしていた方が楽になると思うんだ。ごめんな、こんなことしかできなくて」
申し訳なさそうに兄さんはひざまずき、優しく私の足首を撫でる。
その姿が、一瞬一度目の兄さんと重なる。
私たちにすがり、ひざまずき、下僕になると誓った姿と首を垂れ私の足を心配そうに見つめ撫でる今の姿に、一度目に感じた『支配感』が、ぐっと胸の中に沸いたのがわかった。
サラリと揺れる黒髪にそっと手を伸ばし、頭を撫でるとシャルル兄さんはくすぐったそうに笑う。
怯えた瞳ではなく、澄んだ水色の瞳が弧をえがき嬉しそうに私を見つめる。
支配感とは違う感情がぶわりと高まる。
「どうしたジェイド?」
兄さんの頭に触れたまま固まる私を見て兄さんが問いかける。
「顔が赤いぞ? もしかして、熱がでたのか?」
ゆっくりと兄さんの顔が近づき、私の顔を覗き込む。
朝日が差し込みはじめた洞穴に、兄さんの顔が照らされる。
綺麗で美しい私の兄さん……
「シャルル兄さん……」
「ん?」
兄さんの頬を撫で、ゆっくりと顔を近づけ……軽く頬にキスをする。
シャルル兄さんは驚いた顔をして頬を赤く染め私を見つめた。
「ジェ、ジェイド? なんで……?」
なぜと問われても、私も何故自分が兄さんにキスなどしてしまったのか分からなかった。
ただ兄さんのことが綺麗だと、兄さんは私のものなんだと思って……
「……兄さんがとても綺麗だったので」
「そう……なんだ……」
シャルル兄さんは気恥ずかしそうに俯くと、小さくつぶやく。
「ジェイドも……綺麗……だぞ」
「……え?」
「ジェイドのアメジスト色の瞳とかすごく綺麗だと思う」
「あ……ありがとう、ございます」
兄さんが私の言葉のお返しとばかりにほめてきたのが、なんだかおかしかった。
笑いを堪えきれずにクスクスと笑いだすと、シャルル兄さんは顔をさらに赤くして可愛らしく怒りだす。
ひとしきり笑い終え、兄さんをなだめ声をかける。
「シャルル兄さん、家に帰りましょう。足が痛むので手を貸してくれませんか」
「うん」
手を差し出すと、シャルル兄さんは微笑みその手を優しくとってくれる。
一度目と異なる嵐の夜を過ごした私たちは、ほんの少し過去とは違う関係性を築いていった。
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