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【番外編】〜嫌われ者の兄はやり直しの義弟達の愛玩人形になる〜
雷鳴と温もり ②
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ふわりと浮いた体、スローモーションのように情景が流れていく。
そして、次に襲いかかったのは体を打ち付ける激しい痛みだった。
「———っ!」
ドンッ……と鈍い音を立てて背中を強く打ち付け、一瞬息が止まる。
再び息ができるようになり、次に襲いかかってきたのは鈍い痛み。
右足首がジンジンと疼くように痛みだし、一度目を思い出させる。
あの時と同じ灰色の空。
そして……
「ジェイド! だ、大丈夫か?」
「……足を挫きました」
「足……」
不安気に私を見下ろす水色の瞳。
兄さんの心模様を表すように、空が淀んでいく。
私を乗せていた馬は、獣に驚き森の中に姿を消す。
混乱した様子の兄さんは辺りを見渡し落ち着きがない。
小さく口を動かし、兄さんが私に告げる言葉は容易に予想がついた。
「助けを呼んでくる……」
一度目と同じ言葉をシャルル兄さんが放ち、あの時の光景が蘇る。
吹き荒れる暴風。
何も見えない暗闇の中、寒さと恐怖に耐えた一夜。
闇に飲み込まれそうで、誰でもいいからそばにいて欲しかった。
温もりがほしかった。
それが、憎らしいと思う人であっても……。
——— ……一人は……いやだ。
立ち去ろうとするシャルル兄さんの服の裾を無意識に掴むと、考えるよりも先に言葉が出てくる。
「……また私を置いて行くのですか?」
「え? ……また?」
シャルル兄さんは私の言葉に小さく首を傾げ、困ったように口を開く。
「ごめん、ジェイド。父様達を呼びに行った方がいいと思ったけど……一人にしたら不安だよな。俺の馬に乗れそうか? 一緒帰ろ……」
兄さんが私に手を差し伸べた瞬間、辺りが真っ白な光に包まれる。
耳をつん裂く雷鳴と地鳴りに兄さんは大きく体を震わせる。
兄さんの馬は、雷鳴に驚き興奮し始め、とても人を乗せられる様子ではない。
どうしたものかと考えている間に、再び雷が落ち激しい雨が降り始める。
「ど、どうしよう。雨も降ってきて、これじゃあ屋敷に帰れない……」
シャルル兄さんは酷く怯え混乱し、私の手をぎゅっと無意識に握りしめてくる。
———これくらいの雨など大したことはないのに。
これから天候はさらに悪くなり、父上たちすら外にでることができないほどの嵐になる。
小さくため息を吐き、握りしめられた兄さんの手をぐっと握り返す。
「兄さん、あそこに洞穴があります。そこに避難しましょう」
「う、うん! ジェイド、立てるか? 肩をかすから、ほらつかまって」
兄さんは私のいうこと素直に聞く。
なんとか洞穴についた頃には、二人とも全身ぐっしょりと濡れていた。
初夏とはいえ、この時期の森は冷える。
雨が降ればなおさらだった。
———とりあえず、体を温めなくては。
カバンの中には火おこしの道具も持ってきていた。
火種になりそうなものがないか辺りを見渡す。
右足は痛むが、どうにか歩くことはできる。
壁伝いに洞窟内を歩き始めると、シャルル兄さんが声をかけてくる。
「ジェイド、どうしたんだ? 足を痛めてるんだから休んでおかないと」
「……これくらいの痛みは大丈夫です。日が完全に落ちる前に火をおこしておかないと」
「火を? じゃあ、俺が手伝うよ。何をしたらいいんだジェイド?」
「……では、乾いた細木を持ってきてください」
「分かった!」
兄さんは私が火をおこせることに少し驚いた様子だったが、手伝うと言って私を座らせる。
しばらくすると両手に細木を抱えた兄さんが戻ってきた。兄さんの持ってきた細木から、使用できそうなものを選び、火をつけていく。
チリ……と、オレンジ色の小さな炎が見え少しずつ炎が大きくなる。
火の温かさと光は不安な心を少し明るくしてくれる。
小さな安堵感に言葉が自然とこぼれおちる。
「シャルル兄さん、手伝ってくれてありがとうございます」
「ううん、俺はただ木を集めただけだから」
そう言うシャルル兄さんは、私から少し距離をとり座り込みこちらに笑顔を向ける。
寒さで小さく肩を揺らしている姿に、なぜこちらにこないのかと疑問がよぎる。
「兄さん、寒くはないですか?」
「あ……うん、少し寒いかな……」
どこか遠慮するような笑顔。
一度目の兄さんならば、私を罵倒し火を独占していただろう。
だが、二度目の兄さんは大人しく寒さに体を震わせるだけ。
雨で濡れた黒髪からは雫がしたたり落ち、シャツは肌に張り付き兄さんの薄い体が浮き出ていた。
「……兄さんも火にあたりませんか?」
「え? いいのか?」
「えぇ。細木を集めてくれたのは兄さんではありませんか」
そう言って笑みを向けると、兄さんはパッと顔を明るくし火元へと近づき私の隣に座る。
「あったかいな。ありがとう、ジェイド」
シャルル兄さんが放つ感謝の言葉には、今だに違和感を感じてしまう。
こんな言葉や笑顔が見せられるのならば、少しでもいいから一度目でも見せてほしかった。
そうすれば、私たちが辿る道は違っていたかもしれない……
そんなことを考えながら、濡れたシャツを脱ぐとじっと兄さんが見つめてくる。
「兄さんもシャツを脱ぎませんか? 濡れた服では体温を奪われてしまいますから」
「そうだな」
兄さんがシャツのボタンを開けていく。
真っ白な肌が焚き火に照らされ赤く色付く。
タオルで濡れた体を拭いてやると、シャルル兄さんは少し気恥ずかしそうに俯く。
私が兄さんの体を拭き終わると「俺が拭くよ」と言って、兄さんが私の体に触れる。
兄さんに触れられた箇所が、じわりと熱くなる感覚が妙で……触れられると安心感を覚えた。
「ジェイド、寒くないか?」
そんなことを考えていると、兄さんに顔を覗き込まれる。
目が合うと思わず目を逸らしてしまった。
外は、私の心を表すかのように嵐が吹き荒れる。
一度目に求めた『温もり』が目の前で不思議そうに首を傾げている……
「……寒いので服が乾くまで兄さんが温めて下さい」
「俺が……?」
「はい」
シャルル兄さんは、どうしようと迷いながら私の背後にまわると恐る恐る抱きしめてくる。
冷え切った兄さんの肌が、逆に私の熱を奪い逆効果に感じた。
「ジェイド、これでいいのか? 少しは温かいか?」
「そう……ですね。何も着ていないよりはマシになりましたね」
「そっか……。よかった」
安心したように兄さんが頭上でクスリと笑い、私の胸はトクンと小さく跳ねた。
そして、次に襲いかかったのは体を打ち付ける激しい痛みだった。
「———っ!」
ドンッ……と鈍い音を立てて背中を強く打ち付け、一瞬息が止まる。
再び息ができるようになり、次に襲いかかってきたのは鈍い痛み。
右足首がジンジンと疼くように痛みだし、一度目を思い出させる。
あの時と同じ灰色の空。
そして……
「ジェイド! だ、大丈夫か?」
「……足を挫きました」
「足……」
不安気に私を見下ろす水色の瞳。
兄さんの心模様を表すように、空が淀んでいく。
私を乗せていた馬は、獣に驚き森の中に姿を消す。
混乱した様子の兄さんは辺りを見渡し落ち着きがない。
小さく口を動かし、兄さんが私に告げる言葉は容易に予想がついた。
「助けを呼んでくる……」
一度目と同じ言葉をシャルル兄さんが放ち、あの時の光景が蘇る。
吹き荒れる暴風。
何も見えない暗闇の中、寒さと恐怖に耐えた一夜。
闇に飲み込まれそうで、誰でもいいからそばにいて欲しかった。
温もりがほしかった。
それが、憎らしいと思う人であっても……。
——— ……一人は……いやだ。
立ち去ろうとするシャルル兄さんの服の裾を無意識に掴むと、考えるよりも先に言葉が出てくる。
「……また私を置いて行くのですか?」
「え? ……また?」
シャルル兄さんは私の言葉に小さく首を傾げ、困ったように口を開く。
「ごめん、ジェイド。父様達を呼びに行った方がいいと思ったけど……一人にしたら不安だよな。俺の馬に乗れそうか? 一緒帰ろ……」
兄さんが私に手を差し伸べた瞬間、辺りが真っ白な光に包まれる。
耳をつん裂く雷鳴と地鳴りに兄さんは大きく体を震わせる。
兄さんの馬は、雷鳴に驚き興奮し始め、とても人を乗せられる様子ではない。
どうしたものかと考えている間に、再び雷が落ち激しい雨が降り始める。
「ど、どうしよう。雨も降ってきて、これじゃあ屋敷に帰れない……」
シャルル兄さんは酷く怯え混乱し、私の手をぎゅっと無意識に握りしめてくる。
———これくらいの雨など大したことはないのに。
これから天候はさらに悪くなり、父上たちすら外にでることができないほどの嵐になる。
小さくため息を吐き、握りしめられた兄さんの手をぐっと握り返す。
「兄さん、あそこに洞穴があります。そこに避難しましょう」
「う、うん! ジェイド、立てるか? 肩をかすから、ほらつかまって」
兄さんは私のいうこと素直に聞く。
なんとか洞穴についた頃には、二人とも全身ぐっしょりと濡れていた。
初夏とはいえ、この時期の森は冷える。
雨が降ればなおさらだった。
———とりあえず、体を温めなくては。
カバンの中には火おこしの道具も持ってきていた。
火種になりそうなものがないか辺りを見渡す。
右足は痛むが、どうにか歩くことはできる。
壁伝いに洞窟内を歩き始めると、シャルル兄さんが声をかけてくる。
「ジェイド、どうしたんだ? 足を痛めてるんだから休んでおかないと」
「……これくらいの痛みは大丈夫です。日が完全に落ちる前に火をおこしておかないと」
「火を? じゃあ、俺が手伝うよ。何をしたらいいんだジェイド?」
「……では、乾いた細木を持ってきてください」
「分かった!」
兄さんは私が火をおこせることに少し驚いた様子だったが、手伝うと言って私を座らせる。
しばらくすると両手に細木を抱えた兄さんが戻ってきた。兄さんの持ってきた細木から、使用できそうなものを選び、火をつけていく。
チリ……と、オレンジ色の小さな炎が見え少しずつ炎が大きくなる。
火の温かさと光は不安な心を少し明るくしてくれる。
小さな安堵感に言葉が自然とこぼれおちる。
「シャルル兄さん、手伝ってくれてありがとうございます」
「ううん、俺はただ木を集めただけだから」
そう言うシャルル兄さんは、私から少し距離をとり座り込みこちらに笑顔を向ける。
寒さで小さく肩を揺らしている姿に、なぜこちらにこないのかと疑問がよぎる。
「兄さん、寒くはないですか?」
「あ……うん、少し寒いかな……」
どこか遠慮するような笑顔。
一度目の兄さんならば、私を罵倒し火を独占していただろう。
だが、二度目の兄さんは大人しく寒さに体を震わせるだけ。
雨で濡れた黒髪からは雫がしたたり落ち、シャツは肌に張り付き兄さんの薄い体が浮き出ていた。
「……兄さんも火にあたりませんか?」
「え? いいのか?」
「えぇ。細木を集めてくれたのは兄さんではありませんか」
そう言って笑みを向けると、兄さんはパッと顔を明るくし火元へと近づき私の隣に座る。
「あったかいな。ありがとう、ジェイド」
シャルル兄さんが放つ感謝の言葉には、今だに違和感を感じてしまう。
こんな言葉や笑顔が見せられるのならば、少しでもいいから一度目でも見せてほしかった。
そうすれば、私たちが辿る道は違っていたかもしれない……
そんなことを考えながら、濡れたシャツを脱ぐとじっと兄さんが見つめてくる。
「兄さんもシャツを脱ぎませんか? 濡れた服では体温を奪われてしまいますから」
「そうだな」
兄さんがシャツのボタンを開けていく。
真っ白な肌が焚き火に照らされ赤く色付く。
タオルで濡れた体を拭いてやると、シャルル兄さんは少し気恥ずかしそうに俯く。
私が兄さんの体を拭き終わると「俺が拭くよ」と言って、兄さんが私の体に触れる。
兄さんに触れられた箇所が、じわりと熱くなる感覚が妙で……触れられると安心感を覚えた。
「ジェイド、寒くないか?」
そんなことを考えていると、兄さんに顔を覗き込まれる。
目が合うと思わず目を逸らしてしまった。
外は、私の心を表すかのように嵐が吹き荒れる。
一度目に求めた『温もり』が目の前で不思議そうに首を傾げている……
「……寒いので服が乾くまで兄さんが温めて下さい」
「俺が……?」
「はい」
シャルル兄さんは、どうしようと迷いながら私の背後にまわると恐る恐る抱きしめてくる。
冷え切った兄さんの肌が、逆に私の熱を奪い逆効果に感じた。
「ジェイド、これでいいのか? 少しは温かいか?」
「そう……ですね。何も着ていないよりはマシになりましたね」
「そっか……。よかった」
安心したように兄さんが頭上でクスリと笑い、私の胸はトクンと小さく跳ねた。
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