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しおりを挟むプロローグ 一度目の人生
母が死んで一年が過ぎた頃。
綺麗な女性と幼い男の子二人が、父に連れられてやってきた。
「シャルル。彼女が今日からお前の母になるフロルだよ。そして、この二人は今日からお前の弟になるジェイドとリエンだ」
父は幸せそうに微笑みながら俺にそう告げ、隣に立つ継母と義弟たちも同じような笑顔を見せる。
義弟たちは不安の入り混じった表情をしていたが、そのアメジスト色の瞳は新しい生活に期待するように輝いていた。
希望に満ちた彼らを見ていると俺一人がのけ者にされたようで、苛立ちにぎゅっと拳を握る。
父が再婚するという話は、母の死を受け入れられない十歳の俺には到底理解できなかった。
――父様は母様のことを忘れてしまったの? もう母様のことは愛していないの?
――俺は父様がいてくれるだけでいいのに、父様は俺だけじゃダメなの?
嬉しそうな父の顔を見ていると『裏切られた』と感じ、同時に俺から父を奪い幸せそうにしている継母と義弟たちを、心の底から憎らしいと思った。
――許さない。絶対に許さない。
――父様を奪うやつらなんて……いらないんだ!
それから俺は、継母と義弟たちに辛くあたるようになった。
子爵家出身の彼らを『侯爵家の地位目当ての卑しいやつら』と罵倒した。
冷たい態度をとり、話しかけられても無視した。
ジェイドとリエンは必死に俺に話しかけ、機嫌を取ろうとしてきたが、俺は彼らの大切な物を捨て、服を汚し、切り裂いた。そうして『お前たちにはそのほうがお似合いだ』などとひどい言葉や行為を重ねていけば、次第に寄りつかなくなる。
継母はそんな俺にも優しく接したが、俺は反発するばかりだった。
ジェイドとリエンは俺を避けるように生活し、部屋にこもることが多くなった。俺と目が合うと二人して怯えたようにアメジスト色の瞳を揺らしていた。
父は俺に何度も注意したが、『母様のことを忘れ、裏切ったのは父様だ!』と言うと口をつぐむ。
――俺は悪くない。悪いのは母様を裏切った父様や、この家に勝手にやってきたあいつらのほうだ。
俺は呪いのように、自分は悪くないと言い聞かせた。
そうして五年も過ぎた頃、継母の持病が悪化した。起きている時間が少なくなり、ほとんどをベッドで過ごすようになっていた。
見かねた父が、王都にいる医師に診てもらおうと提案し、二人は王都へ向かうことになった。
あんな女など放っておけばいいのに……
そんなことを思いながら、一人で立つことすらままならない継母と父を見送る。ジェイドとリエンも来ていたが、俺がいるせいかうしろのほうで隠れるように見送っていた。
父は継母を馬車へ乗せると、俺のところに来てポンと頭を撫でる。
「シャルル。留守の間、弟たちを頼むぞ」
「……わかりました」
父は俺の返事に嬉しそうに微笑み、馬車へ乗り込んだ。
――父様の帰りはいつになるんだろう。早く帰ってきてほしいな。
そんなことを思いながら、俺は父の帰りを待っていた。
けれど、父との別れは唐突に訪れた。
王都へ向かっていた二人は、道中で野盗に襲われ、殺されたのだ。
父は継母を庇うように抱きしめ、継母はそんな父にしがみついたまま最期を迎えたと聞かされた。目の前が真っ暗になった。
父の死を受け入れられるはずがなく、放心する俺の横で一緒に話を聞いていたジェイドとリエンは、自分たちの母が死んだことにショックを受けていた。
ジェイドは涙を堪えるように唇を噛み締め、リエンは声を上げて泣きじゃくる。
二人の姿を見て、俺は苛立ってしょうがなかった。
父の命を奪ったのは野盗だが、そもそも継母の治療になど行かなければ、父まで死ぬことはなかった。いや、継母や義弟たちがこの家に来たことがすべての元凶だ。あの三人のせいで父は死んだんだ。
――あいつらのせいで。
気づけば俺はドス黒い感情に呑み込まれていた。
その矛先が向いたのは、ジェイドとリエンだった。
雪が降る寒空の下、まだ幼い二人を、俺は屋敷から追い出した。
「シャルル兄さん……。そんな、どうして! 私たちはなにも……」
「うるさいうるさいっ! 父様を殺した女の子供は出ていけ! お前たちが来なければ父様は死ななかった! 全部、全部全部、お前たちが悪いんだ!」
その時の怯えるような顔は、今でも忘れられない。
リエンは恐怖と寒さに震えてジェイドにしがみつき、ジェイドはそんなリエンを庇うように抱きしめる。二人のアメジスト色の瞳は、恐怖と絶望に染まっていた。
まるで俺を悪者のように見つめる瞳に苛立ちながら、屋敷の門を閉じる。
「兄さん! お願いします! 私たちの話を聞いてください! シャルル兄さん!」
門の向こうで助けを乞う二人の声が響き渡った。
負の感情に囚われた当時の俺が、自分がしたことの重大さに気づくことはなかった……
それから十五歳になった俺は父の後を継ぎ、領主として働きはじめた。
仕事の忙しさから、追い出した義弟たちのことなど気にする暇もなく、あっという間に一年が経った。
冬になり、ちらちらと降りはじめた雪を見ると、最後に見たジェイドとリエンの顔が脳裏をよぎる。
今思えば、あの時のことはやりすぎではないかと思うが、頭を振ってその考えを振り払う。
「俺は悪くない。俺は悪くないんだ……」
罪悪感から逃れるように何度も自分に言い聞かせ、俺は過去から目をそらした。
領主の仕事をこなしていくほどに、父の偉大さを痛感する。仕事についてはほとんど教わっていなかったため、自分が行っていることが正解なのかわからない。
領地の視察に行けば領民たちに意見や相談事を投げかけられ、解決策を求められても「あとで対策を考えます」と、答えを先延ばしにすることしかできなかった。
次第に領民たちからは不満の声が上がり、父と比べられ『期待外れ』と言われるようになる。
そんなこと、自分が一番わかっている。けれど、今の自分ではこれが精一杯だ。
身近に相談する相手もおらず悩んでいた時、ある人が俺に手を差し伸べてくれた。それは、亡くなった母の弟であるライル叔父さんだった。
叔父は「シャルル。困っていることはないか?」といつも気にかけ、苦しむ俺を救ってくれた。
派手な格好で、明るく俺を励ましてくれる優しい叔父。自身が経営する事業もあり、忙しいはずなのに。
それに、領主の仕事に追われる俺の代わりに領地の金銭管理まで請け負ってくれることになり、俺は叔父に感謝してもしきれなかった。
「叔父さん。なにからなにまですみません」
「気にするな、シャルル。俺たちは血が繋がったかけがえのない家族なんだ。家族同士、困った時はお互い様だろう?」
叔父はニカッと笑い、俺の頭を撫でる。
辛くなった時には叔父の言葉を思い出し、なんとか領主としての仕事をこなしていった。
天災なども重なり、領地の経営は不安定だったが、自分なりに領主としての勤めを果たす日々。
三年も経てば、初めの頃より仕事はできるようになった。
だがいまだに余裕はなく、父のようにはいかない。
そんな時、公爵家から舞踏会への招待状が届いた。
「舞踏会か……」
仕事に追われ、夜会などは叔父に任せっきりだったけれど、領主として少しずつ社交の場にも出ていかないといけないだろう。こういう場で生まれる縁は大切だと叔父が言っていたのを思い出し、俺は舞踏会へ足を運ぶことにした。
そして、運命の女性と出会った。
煌びやかなパーティの会場。その壁際に佇む一人の女性がいた。薄茶色の可愛らしい瞳と目が合うと、彼女は花が咲いたような笑顔で俺に笑いかける。ダンスに誘い、水色のドレスを揺らして楽しそうに踊るその子に、俺は一目惚れしたのだった。
曲が終わると互いに小さく会釈し、俺は彼女に話しかける。
「あの、私はシャルル・ウォールマンと申します。貴方は?」
「はっ! ごめんなさい、私ったら名乗らずに。私はマリアンヌ。マリアンヌ・メイデルです」
こうして俺たちは出会った。
それから手紙のやりとりを重ねて徐々に仲を深め、やがて恋人になる。マリアンヌは明るくて笑顔の似合う素敵な女性だった。ダンスが大好きで、俺はいつも練習相手をさせられた。
そして二十歳を迎えた俺たちは、永遠の愛を誓って夫婦となった。
マリアンヌは妻として俺を支え、いつも励ましてくれた。領主の大変さも理解してくれて、精神的にも支えてくれた。二人で手を取り合い、幸せを築いていく……そのはずだったのだが、領地の経営が傾くにつれて、徐々に折り合いが悪くなっていった。
天候不順が続き、生活が苦しくなった領民たちから地代を下げてほしいという嘆願書が毎日のように届く。
必死に資金をかき集め、マリアンヌの実家にも泣きついて援助してもらった。それでも事態は解決せず、積み重なる嘆願書と領民の非難の声に耐えきれず、俺は酒に溺れるようになった。
そんな俺にマリアンヌは愛想を尽かし、俺たちの結婚生活は五年で終わりを迎えた……
それからの人生は転げ落ちるようだった。
領地経営の立て直しのために、勧められるがまま参入した鉱山事業に失敗し、膨れ上がる借金。
もはや返済など不可能で、屋敷は差し押さえられ、父や母との思い出もすべて失った。領主としての名も地に落ち、領民にすら愛想をつかされた。
三十歳を迎えた頃には、ウォールマン家の名は『嫌われ者』の代名詞となっていた。
侯爵家としての威厳はすでになく、俺自身も日々を生きるので精一杯だった。住む場所も失くし、今では誰も使用していない納屋に身を置いている。
「父様が今の俺を見たら、失望するだろうな」
納屋の窓から見える寒空を見上げながら、ポツリと呟いた。
冬が訪れると、父を思い出す。その度に家を守れなかった自分の不甲斐なさに落胆する。
父の命日の日。重い足取りで墓地へ向かう。墓地へ到着すると、父が死んだと告げられた日のように雪が降り出した。
父はきっと怒っているだろう。こんなみすぼらしい俺のことを。
花を買う余裕もない俺は、道端に咲いていた花を摘み、墓の前に供える。
毎年、墓標の前で領主としての悩みや喜びを父に報告していたが、今の俺は謝ることしかできない。
「父様。侯爵家を守れず、すみません……」
しんしんと降り続ける雪の中、墓標の前でかがみ込んでいるとこちらに近づく足音に気づいた。振り向くと、そこには見覚えのあるアメジストの瞳をもった二人の男性が立っていた。
「ジェイド……リエン……」
俺は思わず義弟たちの名前を呼んだ。名前を呼ばれた義弟――ジェイドは冷めた視線をこちらに向け、リエンはクスクスと笑い声を上げる。
「どこの浮浪者かと思ったら、シャルル兄さんでしたか」
ジェイドの物言いに怒りを覚えるが、今の自分は『浮浪者』と見られても仕方のない状態だった。しばらく新調していない服はくたびれ、髪は伸びたまま……
それに比べて目の前の二人は高価な服を身にまとい、洗練された出で立ちだ。どちらが貴族らしいかと問われれば、誰もが彼らを指さすだろう。二人は俺をまじまじと見て、口元をほころばせる。
「ふふ。シャルル兄様どうしたんですか? 黙ってしまって。ほら、昔のように僕たちに罵声を浴びせるところですよ? 『お前たちみたいな卑しい人間が俺に話しかけるな!』ってね」
俺の目線に合わせるようにかがんだリエンが挑発してくるが、反論する気力さえ今の俺にはない。うつむく俺を見て、リエンは面白くなさそうに立ち上がった。
ジェイドは立派な花束を俺が置いた花の上に置くと、墓標に向かって目を閉じ、手を合わせる。
「兄さん。領地の経営に困っているようですね」
「なんでそれを……」
「その格好を見れば一目瞭然ですよ。それにもっぱらの噂ですからね。侯爵のせいで領内は滅茶苦茶だと」
返す言葉もなく、俺はうつむいたまま顔を上げられなかった。
「借金、肩代わりして差し上げましょうか」
「……えっ?」
突然の申し出に驚き、伏せていた顔を上げると、そこには微笑みを浮かべるジェイドの顔があった。
義弟たちを放り出してから、彼らのことはなにも知らない……だが今の二人を見れば、裕福な生活をしているのがわかる。
「大切な父上の領地ですからね。義理とはいえ、息子の私が守るのは当たり前でしょう」
「ほ、本当にいいのか? 相当な金額なんだぞ……?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
まさかジェイドが助けてくれるなんて……。あんなにひどいことをしたのに。
申し訳なさと感謝でいっぱいになった俺は、年甲斐もなく泣いてしまう。
「兄様~。泣いてないで誓ってよ、僕たちに」
「誓う? 誓約書を書けばいいのか?」
「そんな紙切れなんていらないよ。僕たちが欲しいのはシャルル兄様の誠意。僕たちの下僕になりますってね。ほら、僕の足にキスして」
そう言ってリエンは俺の目の前に足を差し出してくる。
俺は意味がわからずにオロオロしていると、リエンは不機嫌そうに足を踏み鳴らした。
「ねぇ、言ってる意味わからないの? 早くしろって。借金返すの、やっぱりやめちゃおうか?」
「や、やるっ!」
俺は顔を振り、雪が積もりだした地面に膝をついてリエンの綺麗な靴にキスをする。
ジェイドにも同じようにしなくてはと思い近づくと、足を遠ざけられてしまった。
「汚らわしいやつだ。プライドもないのか」
ジェイドは俺のことを汚いものを見るように睨みつけていた。
「あはは~。シャルル兄様かわいそう」
リエンは愉快そうに笑いながら俺たちのことを見ていた。
馬鹿にされ、悔しくないわけがないが、あの多額の借金を肩代わりしてくれるのならそれでいい。
それで領地が、領民たちが助かるならば。
「では、侯爵家が背負った借金は私が支払っておきます。ですが、兄さん個人の借金はきちんとご自分で払ってくださいね」
俺……個人の借金?
言われたことの意味がわからず呆然としていると、ジェイドが呆れた顔をする。
「兄さんがした、鉱山事業の借金ですよ」
「あ、あれは領地の経営を立て直すためにしたものだ! 俺の借金じゃない!」
「なにを言っているんですか、兄さん? 兄さんの名前で契約したんですよね?」
「確かに俺の名前で契約した。だが、すべては領地のことを思って……」
「それって本当かなぁ? 領地のためになんて言いながら、儲けが出たら自分の懐に入れるつもりだったんじゃないの? だから個人名義で借用書にサインしたんでしょ? それなのに負債は領地の借金だなんて都合がよすぎない?」
「あの時は、そうするように言われて……それで仕方なく……」
本当のことを話しているのだが、出てくる言葉は言い訳にしか聞こえない。
「本当に、俺は領地を救おうと思ってやってきたんだ。本当なんだ、信じてくれ」
焦った俺は助けを乞うようにジェイドにしがみつくが、ジェイドは汚らわしいとばかりに俺の手を払う。
「私たちが今のシャルル兄さんのように助けを求めた時……兄さんはどうしました?」
「え……?」
「あれれ? 十五年も前のことなんて忘れちゃった? 僕たちは昨日のことのように覚えてるよ。シャルル兄様が僕たちを地獄へ突き落とした時のこと」
思い出さないようにしていた、十五年前の記憶。
あの時の俺は怒りに任せてジェイドたちを突き放し、屋敷から追い出した。
「俺は……俺は……お前たちを……」
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「それじゃあ俺は……」
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「ど……れい……?」
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訳がわからず二人を見上げると、彼らは愉快そうに口元をほころばせていた。
「素人が安易に鉱山事業などに手を出すからこうなるんですよ。それに、相手が信用できるのか見定めないといけませんね」
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見覚えのあるその紙は、俺が鉱山事業に参入する際に書いた契約書だった。
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「なぜって、シャルル兄さんに紹介した鉱山事業を扱っているのは、私が経営する商会ですから。まさか、あんなに簡単に乗ってくるとは思いませんでしたが。うまい話には裏があると言うでしょう?」
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つまり俺は、ジェイドとリエンに騙されていたのか?
二人の言葉が理解できず、頭を抱えるようにうつむくと、頭上にはおかしそうに笑う二人の声が響く。
「シャルル兄さん。貴方も私たちと同じように、ドン底を経験するといいですよ。地獄はまだまだはじまったばかりですからね」
「奴隷になっても元気でねぇ、シャルル兄様」
恐る恐る顔を上げると、ニコリと笑いながら俺を見下ろす義弟たちと目が合う。その笑顔に似つかわしくないほど、二人のアメジスト色の瞳は憎悪で濁っていた……
それから爵位を奪われた俺はジェイドたちにより奴隷商に売られた。奴隷として鉱山に放り込まれ、本当の地獄がはじまった。
強制労働を強いられ、慣れない重労働で動けなくなればムチで打たれ、体中が腫れ上がる。食事もまともに与えられず、地べたで眠る毎日。永遠に続く地獄の中で肉体的にも精神的にも限界を迎えた俺は体調を崩し、あっという間に立つこともできないほど衰弱した。
そうなれば、湿った地面の上で惨めに死を待つばかりだった。
助けてくれる者など誰もいない。
あぁ、俺はこんな場所で最期を迎えるのか……
だが、これは今までの俺の行いが招いた結果だ。
すべて俺が悪いんだ。
死ぬ間際になり、俺はようやく自分の行いを悔いた。
もし、継母や義弟たちが来た時に反抗せずに優しくできていれば……
もし、継母と父が王都に行くのを止めていたら……
もし、ジェイドとリエンを追い出さなければ……
もし、俺が領主にならなければ……
後悔ばかりの人生が、走馬灯のように頭を駆け巡る。
「神様、ごめんなさい……。みんなに……ジェイドとリエンに、ひどいことをしてごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんな……さい……。ごめ……んな……さぃ……。ご……め……ん………………」
あの時二人に言えなかった言葉を何度も何度も呟き、俺は一人寂しく最期を迎えた……はずだった。
第一章 二度目の人生のはじまり
死んだと思ったあとのことは、よく覚えていない。
懐かしい匂いと温もりに包まれて、俺は目を覚ます。
見覚えのある天井……
ぼんやりとした意識のまま周りを見渡すと、そこには懐かしい光景が広がっていた。
「俺の……部屋……?」
夢かと思った俺は、のそりと起き上がって辺りを見渡す。小さな頃に大事にしていた玩具やぬいぐるみが並び、壁には母の肖像画が飾ってあった。
これは一体……どういうことなんだろう……?
昔の夢を見ているのだろうか?
それにしてはやけに現実的で、匂いまでする。
ベッドから起き上がってみると、視点が低くなっていることに気づいた。
「まさか……」
急いで部屋にある姿見に向かい、全身を確認すると……
「嘘……だろ」
鏡に映っていたのは、十歳の自分の姿だった。
目の前のそれが信じられず、ぺたぺたと自分の顔に触れて確認する。頬をつねってみると、痛みを感じた。
「夢じゃ……ない? 本当に夢じゃないのか!?」
パニックになり、鏡の前でウロウロと落ち着きなく歩きまわる。
一体どうなっているんだ!?
俺は奴隷に落とされ死んだはずなのに、また幼い頃に戻っているのか?
意味がわからない。なんでこんなことが起こって……
「あぁぁ!」
辺りをキョロキョロと見渡し、壁に飾られた母の肖像画に目を留めると、俺はあることを思い出す。
この肖像画を飾ったのは、父が再婚すると聞かされた日の前日だ。
肖像画が飾ってあるってことは、もう継母と義弟たちがこの屋敷にいるのか?
――俺、初めて会った時に三人に向かって『お前たちと家族になどならない!』と暴言を吐いてしまったんだ……
幼い自分の言動を思い返すと、罪悪感で押しつぶされそうになる。
これが現実でも夢でも、神様が最後のチャンスをくれたのかもしれない。三人に謝っておけと……
自分に都合よく考えてしまうが、今の俺にできることはそれくらいしかない。
「謝るなら……早いほうがいいよな……」
急いで着替えをすませ、足早に部屋を出る。
「まずは、継母に謝りに行こう。それから、ジェイドとリエンにも」
父と継母が使用していた部屋の前に立ち、大きく深呼吸をして扉をノックする。
「はい」と父の声が聞こえてきて、懐かしさと嬉しさが込み上げてくる。
「父様……、シャルルです」
「シャルルか、入っていいぞ」
ゆっくり扉を開けると、父の姿が目に入った。
ずっと会いたくて仕方なかった父の姿を見ると、我慢しきれず貴族の子供としての慎みも忘れて抱きついてしまう。そんな俺に、父は驚いた様子だった。
「っ!? シャルルどうしたんだ? なにがあったんだ?」
「ごめんなさい……父様」
「なにか謝らないといけないことをしたのか? 落ち着いてからでいいから、話してみなさい」
父は俺の頭を撫でてくれた。その手の温もりを感じると、本当に生きているんだと実感する。
俺は何度か深呼吸して話をはじめた。
「あの……フロルさんは、今どこにいるのですか?」
「フロル……!? どうしてそのことを……」
継母の名前を出すと、父は気まずそうに視線をそらす。
「もしかして、まだ来ていないのですか?」
「あぁ、三人の到着は明日の予定だ。本当は今日話そうと思っていたんだが、先に知ってしまったようだな……」
どうやら俺は、あの三人が来る直前に戻ってきたらしい。
父はあの日と同じように、俺に再婚の件について話しはじめた。
「本当は、もっと早く伝えようと思っていたんだが、エメットのことを大切に思うお前を見ていると、言い出せなかった。すまない、シャルル。私はフロルという方と再婚することにしたんだ。私は仕事が忙しく、お前のそばにいてやれないことが多いだろう。だから新しい家族ができれば、シャルルが寂しくないだろうと思ってな……。もちろん彼女のことは愛しているぞ。それにな、新しくやってくる弟たちもすごく可愛くて、優しい良い子たちなんだ」
父は申し訳なさそうな顔をしたり、照れたりと、表情をコロコロ変えながら話す。
一度目の俺はこの話を聞いたあと、父に反抗して部屋を出ていった。
だが、今回俺が出す答えは違う。
「……はい。父様の気持ちはわかりました。俺は父様の再婚を応援します」
「そ、そうか! シャルル、ありがとう」
父は嬉しそうに微笑むと、俺をギュッと抱きしめる。父の腕の中で、俺はずっと心の隅に引っかかっていたことを思い切って父に聞いてみた。
「あの、父様。その……母様のことは、もう愛していないのですか?」
俺の言葉に父は微笑み、ゆっくりと顔を横に振る。
「エメットのことは、ずっと愛しているよ」
「そうですか……」
父のその一言で、長年心の中で渦巻いていたモヤモヤが晴れていく。
今度は俺から父に抱きつくと、父もまた、俺を優しく抱き寄せてくれた。
次の日。
もう一度目のような失敗はしないように、三人を乗せた馬車を父とともに玄関で待つことにした。
父はいつもより上等な服を着て、俺もなるべく三人に好感を持ってもらえるようにしっかりと身支度を整えた。
「シャルル、気合が入っているな」
「父様こそ」
互いの格好を見ながらそんなことを話していると、馬車が到着した。
扉が開き、三人が降りてくる。
艶やかなブラウンの髪と透き通った碧眼の美しい女性。この人が俺の継母になるフロルさん。
彼女と同じブラウンの髪をひとつにまとめ、緊張した面持ちの少年、ジェイド。
そしてフロルさんに手を引かれ、ゆるやかな癖っ毛の銀髪を揺らしながらリエンが姿を現す。まだ小さなリエンは父と俺を見ると、フロルさんのうしろに隠れてしまう。
「フロル。長旅で疲れただろう。ジェイドとリエンも、遠いところからよく来てくれたね」
父はフロルさんたちに近づき、ジェイドとリエンの頭を撫でる。
こんなところで立ち話もなんだからと、父は三人を屋敷の中へ招き入れた。
談話室でフロルさんたちと向かい合うように並び、父が三人の紹介をはじめる。
「シャルル。こちらがお前の継母になるフロル。そして義弟のジェイドとリエンだ」
父の紹介が終わると、三人の視線が俺に集まり、硬直してしまう。
一度目の人生で三人にしてきた仕打ちが脳裏に浮かぶ。
かつて、俺を見る彼らの瞳は怒りや悲しみに満ちたものばかりだった。
だが、今は違う。
三人は一度目で初めて出会った時と同じように、期待と不安が入り混じった目で俺を見ていた。
『侯爵家の地位目当ての卑しいやつらと家族になんて……俺は絶対に嫌です』
そう言って三人を拒絶した場面を思い出し、胸がぐっと締めつけられる。
俺は、もう二度と同じ間違いは犯さない。
「シャルルです。よろしく、お願いします……」
緊張しながら挨拶をして頭を下げると、フロルさんは今まで聞いたことがないほど嬉しそうな声で答えた。
「シャルルさん、初めまして! こちらこそよろしくお願いしますね」
花が咲いたように微笑むフロルさんを見て、驚いた。
一度目では、俺の機嫌をうかがうようなぎこちない笑顔しか見たことがなかった。
……いや、俺がそうさせていたんだ。
フロルさんのあとに続くように、ジェイドが一歩前に出て会釈をする。
「シャルル兄さん、初めまして。ジェイドと申します。よろしくお願いします」
ジェイドはアメジストの瞳をまっすぐ俺に向け、礼儀正しく挨拶した。それからフロルさんのうしろに隠れたままのリエンに視線を送る。
「リ、リエンです。よろしく……お願い……します」
顔を隠しながら、ボソボソと呟くようにリエンが挨拶する。そういえば、出会った頃のリエンは人見知りの怖がりで、屋敷でもずっとジェイドのうしろをついてまわっていた。一度目の記憶を思い出しながら、俺は三人に再度挨拶をする。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
一度目の俺を知らない三人は、緊張が解けたように安心した表情になった。
父は隣で嬉しそうに微笑みながら、俺に言った。
「シャルル。フロルのことは『母様』と呼んでいいんだぞ」
投げかけられた言葉に、俺はどう反応していいのかわからず言葉を詰まらせる。一度目の人生でフロルさんを毛嫌いしていた俺は、彼女の名前すら呼んだことがない。それなのに、いきなり『母様』だなんて……
一度目のことを思い出し、困惑からうつむく俺に、フロルさんは優しく口を開いた。
「シャルルさん。無理に『母様』だなんて、呼ばなくていいんですよ」
「え……?」
顔を上げると、フロルさんは柔らかく微笑んだ。
「シャルルさんにとって、亡くなられたお母様はきっととても大事な存在だったでしょう。『母』という言葉は、すごく大切なものですから、私のことは、シャルルさんの好きなように呼んでくださればいいんです」
フロルさんは怒った様子もなく、ただただ笑いかけてくれる。死んだ母のことを尊重し、自分のことは二の次でいいというような言葉に、胸が締めつけられた。
こんな優しい人に、俺はなんてひどいことをしてしまったんだ……
後悔とともに目頭が熱くなり、泣いてはいけないと思うほど、涙が込み上げてきた。
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高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
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いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
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