嫌われ者の俺はやり直しの世界で義弟達にごまをする

赤牙

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【本編番外編】 一度目の人生 〜Sideマリアンヌ〜

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 天候不順が続き今年は国全体が不穏な空気に包まれていた。
 農作物の成長は遅く、収穫量も激減し領地は混乱……かと思ったが、ウォールマン侯爵家の領地は他領ほど大きな混乱もなく、なんとか乗り切っている。
 市場に出回っている穀物も多少は値段が上がったくらいで済んでいる。
 大抵こういう時に、市民の不安を煽るような言葉を使い穀物を備蓄していた商人が法外な値段で売りつけ市場を荒らす事が多くなる。
 しかし、領主側の備蓄量の見直しで穀物類の備蓄はまだ余裕があり、各村でも今年の天候不順をよそくしていたのか備えていた村が多かった。
 領民たちで力を合わせて困難を乗り越えようとしている時に、法外な値段で穀物などを売りに出した頭も性格も悪い商人達は揃って信用を失っている。
 領主の政策もチェックしていないアホは生き残れない世界なのに……まぁ、自業自得ね。
 今こうやって大きな不安も抱えずに過ごせるのは、領主様やシャルル様のおかげだわ。

 ここ最近は領主様やシャルル様の政策を称賛する声が多く聞こえてくる。
 それが、自分のことのように嬉しくて嬉しくて……私はいつも顔面が緩みっぱなしだ。
 別に自分が褒められている訳ではないのに。

 今も皆がシャルル様を称賛していた場面を思い返しながらニヤニヤと商会の執務室で仕事をしていると、商会の職員が手紙を持って部屋に入ってくる。

「ウォールマン家からお手紙です」
「えぇ!?」 

 ウォールマン家と聞いて私の心臓はドキンと跳ねる。
 シャルル様からの手紙にしては返事が早いし……そもそも商会の方に手紙を書いてくるかしら?
 でも……でも……シャルル様からの手紙ならば何だって嬉しいっ!
 私は浮かれてフン~フン~♪ と、鼻歌を歌いながら差出人を見ると、そこに書かれていた名前は……

「ジェイド……ウォールマン……?」

 何で……ジェイドから?
 疑問に思いながら手紙の封を切り手紙の内容を読むと、どうやらメイデル商会で取引して欲しい商品があるので一度伺いたいという内容だった。
 取引ねぇ……。
 まぁ、話を聞いてから考えるとしましょう。
 私はジェイドに承諾した事と商談の日にちも一緒に手紙に書き返信した。

 それから数日が経ち、今日はジェイドが商談にやってくる日。
 気合いを入れないといけない気がして、髪をいつもより高く結び気合いをいれる。
 応接室で待っていると、ジェイドがやってきて、商談が始まる。

 商談の内容は特産品を売りに出したいという内容だった。
 慣れた様子で商談を進めて行くジェイド。
 そういえば、自分でも商会を経営していると言っていたわね。
 貴族でも、当主になれない次男や三男は商会を営むこともある。
 といっても、商会を実際に運営しているのは出来のいい秘書や執事たちの場合も多い。
 お遊び感覚で商人の真似事をする人たちと関わるのは、はっきり言って時間の無駄だ。
 ジェイドもそのたぐいだろうか……。
 私は試すようにジェイドに問いかける。

「ジェイド様、今回の商談はなぜメイデル商会に? ジェイド様の商会での取り扱いでもよかったのではないですか?」
「この企画は天候不順で落ち込んだ領地の活気を取り戻すためのものです。名も知られていない新参者の小さな商会では、その役目は担えません。それに比べて、メイデル商会様は長きにわたり、この領地で商いを営まれています。今まで積み重ねられた経験と『メイデル商会』という信頼を考え、お声をかけさせていただきました」

 柔らかく微笑むジェイド。
 その答えは領地を思う領主の息子として、そして、商人として最良と感じた。
 言葉も態度も申し分なくジェイドに対する疑問も薄まり、私たちはビジネスパートナーとしての関係性を築く。
 商談を進めていけば、当初持ちかけられた話よりもどんどん大きくなっていく。特産品の売り出しは地方の村々を巻き込んだ大きな事業となった。
 兄に相談すれば、私のいいようにやってみなさいと応援してくれる。
 
 そして、シャルル様とジェイドたちを交えて商談の契約を結び……私はその日、シャルル様に振られてしまう。
 実らなかった私の初恋。
 ずっと想いを寄せていた人は、自分の幸せよりも義弟たちの幸せを願っていた。

 それから、商談を終えた私は、失恋したことを思い出さないようがむしゃらに働いた。
 けれど、夜になり一人になると浮かんでくるのはシャルル様の素敵な笑顔。
 
「あ~ぁ、なんでダメだったんだろぉ……」

 振られたからといって、好きな気持ちは変わらず、今日も気持ちを引きずり机の上で大きなため息を吐く。
 って、不作で皆の気持ちが沈んでいるこの時に、領地を盛り上げようとシャルル様も頑張っているのに何をグジグジしてるのよマリアンヌっ!!
 シャルル様に任されたといっても過言ではないこの案件に、私は腕まくりをして企画案を書き出していった。
 連日、企画書の作成し続け寝不足が続く。
 けれど、これもシャルル様と領地の為だと思えば苦ではなかった。
 そして、今日も気がつけば時計の針は0時を過ぎている。

「あと少しだけ進めておかなきゃ。これはシャルル様の為なんだもの……」

 胸元からネックレスを取り出し、ランプの光に照らされ綺麗に輝くエメラルドグリーンの石を見つめると元気が出てくる。
 このネックレスはシャルル様が私の誕生日に送ってくれた、誕生石入りのネックレスだ。
 踏ん張りどころでこの石を見つめると、シャルル様の笑顔も浮かび上がり凄く元気が貰える。

「シャルル様。私、頑張りますからね」

 そう言って小さな石にキスをして再び企画書と向き合い黙々と作業を進めていく。
 企画書の大まかな形が出来上がったところで、頭の方は限界がきてしまいコクリコクリと、頭を揺らし私はそのまま机に突っ伏すように眠りについてしまう。

 そして、その晩私は幸せで……酷く悲しい夢を見た。


◇◇◇

 夢の始まりは、シャルル様と初めて出会った舞踏会。
 現実と違うのは舞踏会の後、手紙をやり取りしデートを重ね私たちはゆっくりと愛を育み恋人になる。
 そして、私たちは二十歳に夫婦として互いに永遠の愛を誓い合った。
 しかし、私たちの結婚は皆から祝福された訳ではない。
 シャルル様の領地経営についてあまりいい噂を耳にしないと父はシャルル様との結婚を反対した。
 私はシャルル様の事が好きで好きで、父の反対を押し切るように結婚した。

 結婚当初、シャルル様のことしか見えていない私はシャルル様と一緒にいれることに幸せを感じていた。
 しかし、その幸せは徐々に崩れ落ちていく……。

 結婚二年目の二十二歳の年。
 領地の財政はさらに厳しくなっていき、そこに追い打ちをかけるようにその年は天候不順で作物の育ちも悪かった。
 領民からは不安の声が上がり、シャルル様の元には地代の税を下げて欲しいと毎日大量の嘆願書が届く。
 シャルル様は叔父に相談するが、税を下げれば農民達が付け上がるからと断られたようで、嘆願書を前に頭を抱えていた。
 追い詰められていったシャルル様は少しずつ荒れ始めていく。
 お酒の量が増えていき、あんなに優しかったシャルル様の面影はなくなり気性も荒くなっていく。
 声をかければ暴言が飛び、その後は決まって子供のように泣きじゃくるシャルル様を私は抱きしめ慰める。

 シャルル様が苦しんでいる……。
 シャルル様を助けてあげないと……。

 私はシャルル様を助ける事はできないかと必死になった。
 商人をしている父や兄に頭を下げお金を工面してみるが一時凌ぎにしかならない。
 しかし、何も無いよりはマシだと思い恥も捨てて父の元へと向かう。
 そんな生活を続け五年が過ぎた頃、ついに父から支援を断られるようになる。

「もうお前達には金は貸せない」
「そんな、お願いします。もう一度だけでも……」

 父に何度も頭を下げると大きなため息をつかれる。

「いい加減目を覚ませ。お前はこのままあの男と心中するつもりか? あの領地を立て直すのはもう無理だと分かっているだろう……」
「けれど……それではシャルル様が……」
「マリアンヌ。お前がシャルル殿を愛しているのはよく知っている。しかし、アイツはお前を愛しているのか?」
「……え?」
「今の自分をしっかりと見ろ。お前は本当に幸せなのか?」

 父の書斎に置いてある鏡に目を向けると、そこに映っていたのは疲れきった顔の自分。
 何年も服を新調していないせいかヨレた服はどこか薄汚く見えた……。

「それと、シャルル殿の叔父についてだが……お前から聞いた商会は存在しない」
「えっ……?」
「仕事もせずに毎日賭博に女に……。そんな羽振りのいい生活を何故送れるのか、理由は分かるな?」

 父に告げられた事実に私は頭が真っ白になる。
 領地のお金の管理は叔父に任せているとシャルル様は言っていた。
 シャルル様は……信頼し頼っていた叔父に裏切られていたの……?
 私は父の言葉に何も答える事ができずにトボトボと屋敷へと戻る。

———シャルル様に伝えなければ……真実を……。

 書斎に向かうと酒を飲み酔っ払っているシャルル様の姿が目に入る。
 せめてお酒の入っていない時に……と、思ったが今のシャルル様はお酒が入っていない時間の方が少ない。

「シャルル様……」
「……なんだ。金は借りてこられたのか?」
「……断られました」

 その言った瞬間、シャルル様は強く机を叩き私に罵声を浴びせ始める。

 使えない奴だ……役立たず……能なし……

 シャルル様の暴言を聞きながら父の言葉を思い出す。

『お前は幸せなのか?』

 違う……、私は幸せだ。
 私はシャルル様に愛されている。
 そう自分に言い聞かせシャルル様と向き合う。

「シャルル様、聞いて欲しい事があります」
「なんだ……」
「領地のお金の管理を叔父様に任せていたでしょう? それをやめませんか? 私達で管理していきましょう」

『叔父が領地のお金を使い込んでいる。』

 直接的に言えばシャルル様を傷つけてしまうと思った私は言葉を選びながら問いかける。
 しかし、シャルル再生は少し考え……首を横に振る。

「このままでいい」
「ですが、自分達で把握しておかないと……」
「このままでいいと言っているだろう! 二度も言わせるな!」

 頑なに拒否して私の話を聞かないシャルル様に私も少し苛立ち始め互いに口調は荒くなる。

「では、領地の資金についてシャルル様は把握されているのですか? 領民からの大切な税をどう使用されているか、何に使われているのか叔父様から報告書が届いているのですか?」
「…………」

罰が悪そうな顔をしてシャルル様は黙り込む。

「もう叔父様に頼るのはやめましょう。私も力になりますから……ね?」
「だが……」

 シャルル様の手を取り話しかけるが、あまり乗り気ではない。
 叔父の存在は私が思っているよりもシャルル様にとって大きいようだ。
 しかし、そこの関係を切らなければ……。

「お願いですシャルル様。私は……叔父様の事が信用ならないのです。もしかしたら横領を……」

 私がそう言うとシャルル様の表情は一気に険しくなる。

「お前……叔父さんを疑っているのか? あの人は俺の大切な家族なんだぞっ! お前にあの人の何が分かるんだ!」
「シャルル様、お願いです! 目を覚まして下さい! そして、私の話を……」
「お前の話など聞きたくない! もう俺に話しかけるな!」

 そう言ってシャルル様は握っていた私の手を乱暴に振り払う。
 シャルル様の言葉や態度に……私の心を繋ぎ止めていた最後の糸がプツリと切れた。

「そう……ですか。私は……シャルル様にとって大切な家族ではないのですね……。分かりました」

 急激に頭が冷め私は部屋から出て行く。
 感情が昂り、怒りや虚しさで涙が止まらない。
 感情に任せたまま荷物をまとめ、私は屋敷を出て行った。

 シャルル様の元を離れた後は父に頭を下げ実家へ戻った。
 父は傷心した私を気遣い優しく迎えてくれる。
 それからしばらくして、私は父と兄の仕事を手伝うようになった。
 小さな頃はよく父の店に出入りしていた事を思い出しながら私は新たな人生を歩む事を決意する。
 シャルル様との離縁は父の方から話を通してくれた。
 最後にシャルル様が何か言っていなかったか気にはなったが……怖くて聞けなかった。

 それからシャルル様の事を忘れるようにがむしゃらに働いた。
 シャルル様と結婚する前も縁談の話が少なかった私に再婚話などもちろん来るはずもなく、私は心置きなく働く事ができた。

†††

 シャルル様と別れ五年が経ち、三十歳を迎える頃には私は兄の右腕として商会の重役になった。
 仕事も順調で少し余裕ができてくると、どうしてもシャルル様の事を思い出してしまう。

———シャルル様は元気にしているかしら……。

 最後に見たシャルル様の姿を思い浮かべると、やはり心配になってしまう。
 ウォールマン家の領地は相変わらずのようでいい噂は耳にしない。

———今なら少し力になれるかも……。

 そう思い、二年前に一度だけ手紙を出した事がある。
 しかし、シャルル様から返事が来ることはなかった。

 それから暫くして、ウォールマン家の領主が変わったと噂を聞く。
 新しい領主は義理の弟のジェイド・ウォールマン。
 私はシャルル様に弟がいたとは知らず、その話を聞いて驚いた。

 どうやら再婚相手の連れ子だったらしく、十五年前にシャルル様が無理矢理追い出したらしい……。
 しかし、弟達はそれから自分達で商売を始め起業し今では大きな商会のトップになっていた。
 領地にかけられた借金も全て返し、シャルル様の代わりに領主を務めることになったようだ。

 私はその話を聞いてホッ……と胸を撫で下ろす。
 やっとシャルル様は領主という鎖から解放されたのね……。


◇◇◇


 それから一年後、ウォールマン家主催の夜会に私と兄が招かれた。

「マリアンヌ……。無理して来なくてもいいんだぞ?」
「大丈夫よ兄さん。私は無理なんかしていないから」

 久しぶりに訪れる懐かしいウォールマン家のお屋敷……。
 兄には心配されたが、シャルル様に会うのに恐怖や嫌悪感は感じていなかった。

 シャルル様に会って、あの時とは違う自分を見てもらいたい。
 私は変われた。
 だから、シャルル様もきっと変われる。
 シャルル様に会ってそう伝えたいと思っていた。


 夜会はとても賑わっており、皆が新しく領主になったジェイドの事を高く評価していた。
 そして、前領主への非難や悪口も飛び交っていた。
 私はシャルル様の姿を探すが見つけられずに肩を落とす。
 さすがにこの場には居づらいわよね……。

 そう思いながら兄と一緒に新領主のジェイドへと挨拶に向かう。
 ジェイドは今勢いに乗っている商会のトップだ。
 その商会のトップからの夜会の招待を断る事などできないと思ったのも今回夜会に参加した理由の一つだ。

 けれど、何故私も誘われたのかしら?
 兄だけでも良かったでしょうし……。

 そう思っていると、私達の順番が回ってきたので挨拶をする。
 ジェイドは整った綺麗な顔をしており、とても落ち着いた雰囲気で私達に微笑みかける。

「これはこれはコリン様にマリアンヌ様。今日は来ていただきありがとうございます」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます」

 挨拶もそこそこに兄とジェイドは商会の話を始め、私は隣で大人しく聞いているとジェイドが私に話しかけてくる。

「マリアンヌ様。久しぶりのウォールマン家ですが、あの頃とは全く違うでしょう?」
「え、えぇ……、そうですね……」

 ジェイドが何を言いたいのか分からず、私は苦笑いしながらジェイドの話を聞く。

「マリアンヌ様も大変でしたね……。前に屋敷に務めていた使用人達から色々と話は聞きましたよ。でも安心して下さい。もう、あの人はいませんから」

 シャルル様がいないとは……?
 にこやかな笑顔でそう言ってくるジェイドに私は少し恐怖を感じてしまう。

「いないとは……? シャルル様は出て行かれたのですか?」
「いいえ。あの人は今奴隷として働いています」
「…………えっ?」
「訳の分からない事業に手を出して膨大な借金を抱えていまして、借金奴隷として頑張って働き返済しているところですよ。奴隷になるって決まった時のあの人の顔ったら……」

 シャルル様がどんな様子で奴隷商人に連れて行かれたか……最後はどんな顔をしていたか……。

 ジェイドは楽しい話でもしているかのようにニコニコと笑いながらシャルル様の話を続ける……。
 その姿を見ていると、何故か怒りが込み上げ私はギュッと拳を握りしめる。

「あの……奴隷落ちする前にシャルル様を助けてあげることはできなかったのですか?」

 私の質問にジェイドはキョトンとした顔を見せる。

「助ける……? そうですねぇ、あの人を助ける理由がありませんからねぇ……」
「義理とはいえあなた方は兄弟ですよね……? 何故、シャルル様を見捨てたのですか?」
 
 声を震わせながらジェイドを睨みつけそう言うと、にこやかに笑っていた顔が一瞬にして無表情に変わり私に向ける視線も冷たくなる。

「見捨てた? 私達を先に捨てたのはあの人だ。それに……そんな事をおっしゃる貴方もシャルル兄さんを見捨てたのでは?」
「それは……」
「お金もなく知恵もない愚かで可哀想なシャルル兄さんを貴方は捨てた。けれど、その選択は間違っていませんよ。あのまま一緒にいれば、貴方もシャルル兄さんと同じ運命だったのかもしれませんからね……」

 ジェイドに返す言葉が見つからない。
 そうだ……。
 私もシャルル様を見捨てたんだ……。

 その後は兄が私とジェイドの間に入りその場を収める。
 兄から屋敷に帰るようにと言われ、屋敷に戻るが、頭の中はシャルル様の事でいっぱいだった。

———シャルル様が奴隷に……助けてあげないと……


 次の日。
 私はシャルル様が今どこにいるのか探す為に奴隷を取り扱っている商会へと赴く。

「すみません、シャルル・ウォールマンを探しているのですが……」

 受付をしている男性に声をかけると、よいしょと分厚い名簿を取り出してペラペラとめくり始める。

「シャルル・ウォールマンですね。少々お待ち下さい。え~っと……、シャルル・ウォールマン……シャルル・ウォールマン………あらぁ……」

 受付の男性はシャルル様の名前を見つけたようだが、名簿を目にした瞬間、気まづそうな表情を見せる。

「シャルル・ウォールマンですが、二週間前に亡くなっていますね~」
「……………え?」

 男性の言葉に頭の中が真っ白になる。
 シャルル様が……死んだ……?

「送られた現場で体調を崩した後に流行病も重なったみたいですね」

 男性はよくある事だとシャルル様の死んだ状況を淡々と話す。
 そして、受付横に置いてあった棚の中をゴソゴソとあさり始める。
 状況が飲み込めない私は、シャルル様が死んだという言葉を受け入れられずその場に立ち尽くす。

「たまに貴方みたいに奴隷達を訪ねて来る人もいるので、一応1年間は遺品を残しておくんですが……お、あったあった。これがシャルル・ウォールマンの遺品です」

 机の上に置かれたのは見覚えのある、くすんだ銀色のロケットペンダント。
 いつもシャルル様が大切に首から下げていた物だった。

「そんな……」

 そのペンダントを見て、私はシャルル様の死を実感させられる。
 震える手でペンダントを受け取ると、受付の男性に軽く頭を下げ馬車へと戻っていく。
 ペンダントを見つめながら呆然としていると、シャルル様の顔が浮かびあがる。
 優しくペンダントを撫で、カチッ……と中を開けるとシャルル様の両親の写真が入っていた。
 シャルル様は亡くなったご両親の事を大切に思われていた。
 ご両親の話をする時に見せる、穏やかで幸せそうな表情を思い出す。

『このペンダントには大切な家族の写真を入れているんだ』

 出会った頃にシャルル様がそう言っていたのを思い出しながら、ご両親の写真が入っていた裏側を見ると……私の写真が入っていた。

「———っ!? うそ……どう、して……」

 目頭がぐっと熱くなり、写真に映った自分の笑顔が涙で歪む。
 シャルル様は私の事など、もう忘れてしまっていると思っていた……。
 けど……それは違っていたのですか?

「ねぇ……シャルル様……シャル、ル……さま……」

 頬を伝う涙でペンダントを濡らし、私はシャルル様の名前を何度も呼ぶ。

 どうして私はあの時、シャルル様を見捨ててしまったの……
 ごめんなさい……ごめんなさい……シャルル様……

 後悔の言葉を呟きながら、私はシャルル様のペンダントを首にかけギュッと握りしめた……。



……
…………

「シャルル様っっ!」

 声を上げハッと目を覚ますと、私は馬車から自分の書斎へと場所を変えていた。
 私はどうやら夢を見ていたようだが……あまりにも現実的な夢に心が抉られるように痛む。

 涙で濡れた頬を拭い、胸元からネックレスを取り出す。
 夢で出てきたくすんだ銀色のペンダントとは違い、綺麗なエメラルドグリーンの石は、部屋に入り込む朝日で輝く。

「夢で……よかった……」

 頬を伝う涙は夢から覚めた後も止まらず、私はシャルル様から貰ったペンダントをぎゅっと握りしめた。

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