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八章

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「ガキを引っ張り出せ!」
 セダーン城の屋上には、百人ほどの騎士が集まっていた。
 一人の少年を捕まえる為だけに。

 頭上からは魔女の魔法が降ってくるが、対抗魔術アンチマジックの付与された盾で防ぎ、弓を使って追い払う。

 逃げ回るキャルルのせいで重い甲冑は脱ぎ捨て、手には武器だけを掴み、格好は良く言っても剣闘士、悪く言えば追い剥ぎ風情。

「入り口が開いたぞー!」と、騎士が叫ぶ。
 別の一名が、怪しげな塔を見ながら言った。

「うちの城に、こんな塔あったっけ? 扉もないし窓だけだし、貯蔵塔みたいだが何でこんなとこに?」
「知らねえよ、俺はウード様に呼ばれてまだ三年だしな」
 若い騎士達は粗野で乱暴で、金と酒と女をくれるウードに忠実だった。

 さらに上空では、マレフィカが焦っていた。
「ああ、入られたー! まずいまずい、団長、はやくはやく! もう何してんの、キャルルくんが騎士に蹂躙されちゃうー!」

 そしてキャルルは、謎の老人と情報交換しようとしていた。

「じいちゃん、こんなとこで何してるの?」
「ぼんこそどうした? この城に何か用かね? それにしてもよくここへ入れたのう」

 穏やかな雰囲気を持つ老人に、キャルルはつい本当のことを話してしまう。

「あのねボクね、実は冒険者なんだ! こんな格好してるけど……」
 キャルルは裸足、しかも風呂上がりで絹のガウン。
 夜のお仕えをする美少年にしか見えなかったが、老人は目を細くして頷いた。

「うんうん、わしは信じるぞ。そなたは良い目をしておる。危険を恐れず、未知に挑む勇者の目じゃ」
「いやー、そんなボクなんて……てへへ」

 褒められ慣れていないキャルルは、あっさりと手のひらに乗った。
 老人は上手にキャルルを転がす。

「勇敢な少年に聞きたいのう、どうやってここに入れた? 強力な魔法で封印されていたはずじゃが」
「実はね、ボクの仲間が総攻撃して魔法防御は全部止めちゃった」

「なんと! そんな事が……いや、出来るのは王家か帝国か……」
「ううん違うよ、ただの冒険者ギルドだよ!」
「にゃ! にゃんでも話しすぎだにゃ、この子は!」

 老人は興味深そうにクォーターエルフの少年と女神の猫を見る。

「もう一つ教えておくれ。ぼんは、何故このお城に来た?」
「実はね……囚われた……」

 キャルルは自分の勘を信じた。
 味方かは分からないが、問いかける老人は悪人ではないと。
 城の主、ブルゴーニュ公ウードの悪行を全て暴露する。

 聞き終わった老人は、短く絞り出した。
「まことか? いや、真実であろうな……」

 キャルルのエメラルドグリーンの瞳には、嘘も曇りもなかった。
 がくりと頭を落とした老人を、心配したキャルルが支えようとしたその時、エルフの鋭い耳に足音が届く。

「じいちゃん、大丈夫? ごめんね、ボク戦わないと。これ借りるよ!」

 明かり取りの天窓と、細い煙突しかない小さな部屋でキャルルは応戦すると決めた。
 暖炉の火かき棒を手に取り、お鍋の蓋を盾にする。

「ここだっ!」
「こじ開けろ!」
 数人の騎士が、戸を蹴破ってなだれ込む。

 威嚇したキャルルの声は、ボーイソプラノの響きだったが、震えてはいなかった。

「動くな! お前らの相手はしてやる! だから外へ出ろ、ここはじいちゃんの部屋だ!」
「おいおい坊や、俺達は戦いに来たんじゃねえ。お仕置きに来たんだ、ウード様の前に引きずり出せばご褒美が出る。首だけでもな」

 キャルルに向けて、二人の騎士が剣先を見せた。
 だがキャルルは一歩も下がらず、老人を庇うかのように寝台と剣の間に立ちふさがっていた。

「うむ、見事じゃ。これ程の不利、彼我の力の差は明白というのに、火かき棒に震え一つない。素晴らしい師に巡り会えたようじゃな」

 老人が寝台から降りながら、少年の剣を品評する。

「なに言ってんだ、じじい」
「わしを知らぬか? まあ無理もない、もう六年ほどかの、息子に幽閉されてから」

 老人はゆっくりと歩くと、キャルルの手から火かき棒を受け取る。
 何故に唯一の武器を素直に渡したか、キャルルには分からなかった。
 ただ、そうした方が良いと感じたのだった――。


 ――キャルルが騎士と対面するほんの数十秒前、アドラーは屋上へ躍り出ていた。

 情報は、マレフィカから届いている。
「数は百余、武器あり、防具は盾のみ。騎士に見えるが統率は、ない!」

 アドラーは金羊毛騎士団トワゾンドールを恐れていた。
 騎士団の集団戦術に遭っては、全員を守り切るのは不可能だと分かっていたから。
 キャルルを助けるついでに、「ここで減らす!」と決めていた。

 法術と神術、二つの強化に加えて、エルフのタリスマンも起動させる。
 古式呪文の彫られたエルフ王の贈り物は、アドラーの戦闘力をさらに倍増する。
 何のバフがなくともA級の冒険者が、今は二十倍の攻撃力を誇っていった。

「なんだてめえ? あっ、ぎゃああっ!」
 最初にアドラーを見つけ、剣を向けた騎士の腕が逆方向に曲がった。

 アドラーは敵が密集し、狭いエリアにわざと入り込んだ。
 飛び道具と長物が使えず、手を伸ばせば敵が触れる距離にいる。

 右手で顎髭を掴み引っ張って関節を外す、左手では首を掴んで折る。
 負傷に多少の差はあるが、どちらも戦闘不能で助けるには人手が必要になる。

「三人に一人が怪我をすれば、部隊は全ての戦闘能力を喪失する。それを教えてやろう」

 エルフのタリスマンによる副作用で、アドラーは何時もより凶暴になっていた。
 一つの集団、十人ほどを料理すると、次の集団を目指す。
 もちろんキャルルが居る塔に向かって。

「殺せ!」と「進ませるな!」と「弓を呼べ!」
 統一感のない号令がアドラーの耳にも聞こえる。

 指揮官が居ないとのマレフィカの報告は、本当であった。
 例え居たとしても、アドラーは真っ先に始末するつもりだったが。

 夜の城を踏みつけながら、アドラーは剣を抜いた。
 右手には竜の牙を仕込んだ名剣、背にはキャルルに届けるエルフの宝剣。
 一歩も立ち止まることなく、アドラーは塔の入り口まで突き進み、一切の迷いなく暗い入り口へと飛び込んだ。

 アドラーが通過した後には、三十七人の騎士が転がっていた。
 全員がうめき声をあげて助けを求める悲惨な戦場跡で、この光景を見下ろしていたマレフィカは後に語る。

「あの時の団長が一番強かったなー。キャルルくんの命がかかってるから、容赦ないんだもの。指や耳が五十くらいは落ちてるし、しかも死なない程度にやるからそりゃえげつないったら」

 大きく呼吸を整えたアドラーが三段飛ばしで階段を駆け上がり、壊れた戸を確認して心配を抑えながら部屋へ入った。

「キャル、キャルル、無事か!?」

 動揺を隠せないアドラーの声に応えて、金髪と黒い物体が飛びついてくる。

「兄ちゃん!」
「うちもいるにゃ!」

 安堵しそうになったアドラーは、部屋の中を確認して寝間着に火かき棒を持った老人を見つける。

「……あ、こんばんわ……お邪魔してます」
「なんのなんの。貴君がこの子のお兄さんかね」

「ええ、はい。保護者です、キャルルがお世話になりまして……?」
「いやいや、わしも久しぶりに若いものと話せて楽しかったわい。なんせここには、食事を運ぶ婆さんくらいしか来なくてのう」

 普通に世間話に入ったアドラーは気付く。
 老人の周りには、剣を抜いた騎士が四人気絶していると。

「キャル、バスティ。こちら、どなた?」

 猫と少年は歯が見えるくらいの笑顔を作って言った。

「知らないじいちゃん! けど、すっごい強いよ。びっくりした!」
「滅茶苦茶だにゃ! 一瞬でぱっとやったにゃ!」

 二人の説明は、アドラーにはさっぱりだった。
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