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八章
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しおりを挟む深夜のセダーン城炎上は、直ちに各地へと伝わった。
専属の密偵を常駐させている国もあれば、懇意の商人が報せてくれた国もある。
連絡球の通信リレーにより、馬の百倍の速度で大陸各地へ情報がもたらされるのだ。
ミケドニアの帝都にいたバルハルトも、至急と言われ城へ呼び出された。
「ブルゴーニュ公領で異変あり」との伝令を確認したバルハルトは、膝を叩いて唸った。
「あの男、やりおったか!」
そしてその男、アドラーは崩壊した城壁を抜けて出てくる。
バシウムの炎は木組みを焼き尽くし、石材からは水分を奪い急激に劣化させた。
続いて放たれたブランカのドラゴンブレスは、右から左に薙ぎ払って城壁の六割を消滅させた。
「こ、ここまでしなくとも……良かったかな?」
余りの威力に、アドラーも驚いていた。
爆発の余波や破片は、ミュスレアの絶対障壁が防ぐ。
アドラーはもちろん、助け出した奴隷少女達にも怪我一つない。
戦女神の加護を操るミュスレアに、リヴァンナが羨ましそうに一声かけた。
「凄いのね、貴女。アドラー隊長と並んで戦える力なんて」
「えっ? そんな、わたしなんてまだまだ。アドラーが本気出すと、わたしなんて……」
謙遜しながらも、ミュスレアの頬が緩む。
長女は、演技や隠し事が出来るタイプではなかった。
その代わりに、嫌味ではなく本気でリヴァンナを褒める。
「けどリヴァンナ、あなたのお陰でほとんど敵に会わずに済んだわ」
ネクロマンサーは、素直にありがとうと答える。
リヴァンナが呼び出した三百体の死霊は、完全なコントロールの下で、城内の兵士を翻弄しアドラー達から遠ざけていた。
城外の暗闇の中から、殊勲の二人が一直線に駆け出てくる。
「だんちょー!」
「たいちょー!」
ブランカとバシウムの順に、二人はアドラーに飛びついた。
「よくやった、強いぞ、偉いぞ」
アドラーは両手を使って二つの頭を撫でる。
もっと褒めろと言いたげに頭を差し出したブランカが、足りない匂いに気付く。
「あれ? キャルルは?」
「キャルルは、一人で騎士団の相手をしてる。今から迎えに行ってくる、だからちょっと待っててな」
素直に返事をした二人は、もう今夜の力は使い切っていた、一歩だけ離れる。
それと同時にアドラーは、命令を出す。
「ダルタス」
「はっ!」
「ここで守れ、何が来ても食い止めろ。死守だ」
「おおっ! 喜んで!」
兜を割る機会がほとんどなかったオークは、ようやく貰った死守命令に勇み立った。
「イグアサウリオ」
「うむ、なんじゃ」
「全員を引き連れて北上、森超えの準備を」
「よし承知した」
アドラー達は、アルデンヌの森を越える。
騎兵が追ってこれず、迂闊に踏み込めば数千人の部隊でも森に飲まれる。
だがアドラーには超える自信があった。
そのための装備も、ロシャンボーから貰った金貨3千枚で整えていた。
一緒に行きたそうにうずうずしていたブランカが、ふと自分の背中に気付いた。
「だんちょー、これ」と、背負っていた剣をアドラーに差し出す。
アドラーは、エルフの宝剣を受け取った。
キャルルの愛剣である。
「必ず届けるからな」
アドラーの言葉に、竜の子は笑顔を返す。
もちろん髪の毛ほどの心配もしていない。
エルフの宝剣を背中に縛ったアドラーは、セダーン城に向き直ると加速した。
振り返ることもなく、己の持つ強化を全開にして崩れた城を足場に屋上まで駆け上がる。
「あっ……!」
付いていこうとしたリヴァンナが、三歩だけ進んで止まる。
アドラーが速すぎたからでなく、隣のミュスレアが一歩も動かずに見送ったから。
「どうして?」と言いたげに、リヴァンナは白いエルフを見る。
視線に気付いたミュスレアは、強がりでも優越感でもなく、当たり前のように答えた。
「うちの弟は、アドラーが助けてくれるわ。今は、ここの二十人以上を守ってあげないとね」
これまで自分の気持ちを優先して、レイスをアドラーの寝床に送り込んだりしていた、リヴァンナは少しだけ下を向いた。
ダークエルフの女王になるべく生まれた彼女も、互いに支え合うの意味が分かりそうだった。
しかしリヴァンナは、思考の迷路を彷徨う前に頭を振って集中を維持する。
ここで気を抜けば、三百体の死霊が制御を失ってしまう、女のプライドに賭けてそれだけは許せなかった。
――セダーン城の屋上に建てられた小さな塔。
追われるキャルルとバスティは、そこへ逃げ込んでいた。
「変な塔、入り口が窓しかない」
「下に続く階段もないにゃ! どうするにゃ?」
少年と猫の逃げ道は限られた、だがキャルルは平気な顔。
「上へ行こう。先っぽに掴まってれば良いよ」
「それじゃ追い詰められるにゃが?」
「別に良いよ、ボクの役目は捕まって人質にならないこと。それだけを避ければ、残りは兄ちゃんが何とかしてくれる! 絶対にね!」
キャルルには分かっていた。
塔の外には百人以上の騎士が集まっていたが、必ず助けが来ると。
足を引っ張らないようにさえすれば、キャルルが憧れる男がやってくる。
真っ暗な塔をつま先で確かめながら上がると、螺旋階段の上は居室になっていた。
「お邪魔しまーす」と声には出したが、キャルルにもバスティにも誰も居ないと分かっていた。
鋭敏な二人が何の気配も感じなかったのだ。
「部屋だ」
「部屋だにゃ!」
ベッドも机も本棚もある一人用の部屋である。
これ幸いにと、キャルルは武器を探し始めた。
「何かないかなあ。弓や剣でなくとも、紐と石でも良いだけどなあ」
スリングショットは森で育ったキャルルの得意技。
多くの鳥が的になり、少年の腹に収まった。
ごそごそと家探しするキャルルとバスティの後ろから、声がした。
「これ、何やら物騒なものを探しておるな。いったい何事じゃ?」
「うーんと、ちょっと追われてるんだよね、騎士団とやらに。だから時間稼ぎの武器を……って、誰?」
余りに落ち着いた低い声に、キャルルは普通に返事をした。
それから驚いて振り返ると、誰も居なかったはずのベッドに白髪の老人が居た。
「じいちゃん、何時から居たの!? 今入ってきた?」
目を丸くして尋ねた少年に、老人は白い髭を撫でながら楽しそうに教えた。
「わしはずっと寝ておったぞ? まあ少し気配を消してたがな」
「へぇー、すっごい! うちの兄ちゃんより凄いや!」
キャルルは、突然現れた老人に興味津々だった。
だがバスティの方は、驚くと同時に毛を逆立てていた。
仮にも”猫と冒険の女神”の末妹、地上の魔法で神の目を欺くのは不可能。
気配を消すなどと簡単に言うが、そんな事はアドラーでも出来ない。
「ふっー!」と威嚇するバスティに目を向けた老人は、寝台に起こしていた上半身を僅かに前に倒して挨拶した。
「これは女神様、このようなむさ苦しい所へようこそ。歓迎いたしたいのですが、何分手元には何もありませんでな」
「んにゃ!? もうバレた!!」
少年と女神は、謎の老人を前に動けないでいた。
脅すわけでも睨むわけでもなく、ただどこかに力を入れようとすると先読みされる、不思議な感覚に襲われていた。
「ほうほう、そう緊張しなくても良いぞ。何があった? 聞かせてくれぬか。何分、他人と話すのも二年ぶりでのう」
老人から話が振られ、ようやくキャルルは金縛りが解けたように口を開く。
少年の直感は、悪い人ではないと受け取っていた。
それと、アドラーに匹敵するほどに強い者だとの感覚も。
日付は変わり、ギルド対抗戦が始まるまであと七日の出来事だった。
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