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八章
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しおりを挟む有翼族のバシウムと、竜の子のブランカが交互に話しかける。
「アドラー隊長はさ、何してたの? 行方不明の間、全部教えて!」
「だんちょーだんちょー、あたしとお喋りしよう?」
左右から取り合うように引っ張られるアドラーは閉口気味。
これから、遺跡を守るミケドニア軍の司令官と重要な話があるのだ。
アドラーの三歩後ろには、リヴァンナが付き従っていた。
物静かなダークエルフは、ジト目でアドラーの背中を見つめながら、何度か話しかけようとしてその度に諦める。
「頑張れ」と言いたげに、イグアサウリオがリヴァンナの肩を叩くが、稀代のネクロマンサーは、悲しそうな目でかつての教官を見上げるだけだった。
縦に並んで歩くアドラーとリヴァンナは、十年前には軍学校の同期生。
そしてイグアサウリオは、二人を鍛える教官の一人だった。
――今より十年前、まだ転生したことに浮かれていたアドラーは、軍学校の同期で一番大人しそうな女の子に話しかけた。
「今度こそ上手く生きよう」との想いが強かったのだ。
無口な美少女だったリヴァンナは同期生でも浮いていると、アドラーには見えた。
今のキャルルと同じくらいのアドラーは勇気を振り絞って声をかけた。
「や、やあ、おれは、アドラーって言うんだけど……」
リヴァンナからの返事はなく、ただ大きな紫の瞳で見つめられただけ。
そして直ぐに取り巻きの女子たちがやって来て、無礼な男子――アドラーを追い払う。
浮いていたと思ったのはアドラーの勘違い。
闇エルフの首長を務める一族のリヴァンナは有名人で、一目置かれていただけだった。
取り巻きがアドラーに聞こえるように放った言葉が、さらに追い打ちをかける。
「なにあいつ? 慣れなれしい」
「無礼にも程があるわ、これだから繁殖期のヒト族のオスは」
「そんなつもりではない」と、十年前のアドラーは言えなかった。
以後、リヴァンナには嫌われたと思っている。
理由もある。
少年アドラーの寝るベッドに、夜な夜なリヴァンナの使うレイスがやってくるのだ。
この嫌がらせに、少年アドラーは漏らす程に恐怖した。
だが毎晩の事に次第に慣れ、今ではアンデッド系の敵は得意とするほどになったが。
しかしリヴァンナの視点では違う。
突然話かけてきたヒト族の少年は、不思議な魂を持っていた。
しかも誰もが距離をとる自分に、何の屈託もなく微笑みかけた態度は好ましく思えた。
それからリヴァンナは、毎晩のように使役するレイスを通じてアドラーと交流を深めた、と本人だけは信じている。
イグアサウリオに見いだされ、傑出した前線指揮官となったアドラーが、愛する自分を側に呼んだのも当然のことだとも。
塔と共にアドラーが消えた時は、一生独り身で喪服を着て過ごすと、リヴァンナは決めた。
それどころか、毎晩のようにアドラーの魂を呼び出すべく秘術を重ねていた。
残念ながらアドラーは生きていたので、成功はしなかったが――。
左右から引っ張るブランカとバシウムに困り果てたアドラーが、後ろを振り向いて立ち止まる。
同時にリヴァンナも止まる、ぴったり三歩の距離を保って。
もちろん古風な古代エルフの少女は、奥ゆかしい妻のつもり。
方やアドラーにとっては避けられているとしか思えない。
「あのーリヴァンナ?」
「はい?」
言い辛そうにアドラーは頼む。
「この二人、ちょっと預かっててくれない? 司令官と話してくるからさ。も、もちろん嫌ならイグアサウリオに頼むけど……」
特に表情も変えず、無言のままでリヴァンナは子供二人を引き寄せる。
内心ではまるで家族みたいだと歓喜していたが、これもアドラーには伝わらない。
「い、行こう、イグアサウリオ」
代表する二人が司令官の部屋へと消えた。
ミケドニア帝国の遺跡守備隊、そこの司令官はアドラーに協力的だった。
まず自己紹介でアドラーに伝える。
「自分は、バルハルト閣下と半年前もこちらに来てましてな。アドラー殿は、命の恩人でもありまして、自分に出来ることならば何でも仰ってください」
以後の情報提供はスムーズに進む。
有翼族を攫っていないと証明するために、司令官はあらゆる書類を持ち出し、各階級の士官を呼び出して話をさせる。
そしてアドラーは、一つの結論に辿り着く。
「まさか、サイアミーズが、あの時の有翼族を全員返していないのか?」
半年前、ドラゴン軍団を従えたアドラーは、連れ去った十数人の有翼族の返還をきつく求めた。
交換条件でなく前提として。
サイアミーズ軍の現場の指揮官、ロシャンボー上将は名誉に賭けて約束し、アドラーもそれを信じた。
実際に、三ヶ月後には「送り返した」と外交ルートを通じバルハルトに報告が渡り、アドラーも確認した。
それからさらに三ヶ月、アドラーは己の甘さを悔やむ。
「俺が自分で引き受けに行くべきだった……」と。
南の大陸に生息しない特殊な有翼族を、サイアミーズ王国は一家族だけ囚えたままだった。
そして種族で最強の戦士バシウム――国の区別など付かない――は、間違えてミケドニア帝国の方に殴り込んだ。
「バシウム、済まないな。俺のせいだ、今から直ぐに、必ず絶対に取り戻すからな」
灼熱の天使バシウムは、隊長を慰めながら満面の笑みで返した。
「へへ、隊長が手伝ってくれるなら解決したも同然だ! けど俺も行くよ?」
同行すると聞いたブランカが頬を膨らませて抗議したが、口には出さなかった。
仲間を救うなら仕方ないと、そのくらいの我慢は竜の子も覚えたのだ。
そして代わりに言った。
「なら、さっさと片付けてやるから、お前は早くうちに帰れ!」
もちろんバシウムも言い返す。
「尻尾娘の助けなんて要らないよ。俺と隊長だけで充分だ!」
それから睨み合いになる。
「なんだと!」
「やるか!?」
「竜の力を見せてやる!」
二人を引き剥がしながら、アドラーが残りの皆に尋ねる。
「と言うわけなんだが、イグアサウリオ、手伝ってくれるか?」
「水臭いな、当たり前だ」
次にリヴァンナと付いてきた三人のシャーン人にも。
「ちょっと大事になりそうなんだが……」と聞いたアドラーに、「行く」とだけリヴァンナが答え、シャーン人は自分たちの立場を説明した。
「リヴァンナ様には良くして頂いております。お手伝いさせて頂くのに、何の異論も御座いません。ですが、もし一つだけお許しをいただければ……」
シャーン人が望んだのは、南に残っている数十家族のダークエルフの、アドラクティア大陸への移住。
差別が厳しい南の大陸で、ヒト族にも馴染めず、近親婚を繰り返し数を減らすばかりのシャーン人にとって、リヴァンナの元へ行くのが血を繋ぐ唯一の方法だった。
「分かった、出来る限りのことをしよう」
アドラーも約束した。
六人の助っ人を連れてアドラーは戻る。
ただし目的は変わっていた。
まだアドラーにも迷いはあったが振り切る。
「うーん、団長が率先して団イベから逃げていいのかな? いや、それどころじゃないか、うん」
ギルド対抗戦まで残り十二日の出来事だった。
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