上 下
197 / 214
八章

197

しおりを挟む

 有翼族のバシウムと、竜の子のブランカが交互に話しかける。

「アドラー隊長はさ、何してたの? 行方不明の間、全部教えて!」
「だんちょーだんちょー、あたしとお喋りしよう?」

 左右から取り合うように引っ張られるアドラーは閉口気味。
 これから、遺跡を守るミケドニア軍の司令官と重要な話があるのだ。

 アドラーの三歩後ろには、リヴァンナが付き従っていた。
 物静かなダークエルフは、ジト目でアドラーの背中を見つめながら、何度か話しかけようとしてその度に諦める。

「頑張れ」と言いたげに、イグアサウリオがリヴァンナの肩を叩くが、稀代のネクロマンサーは、悲しそうな目でかつての教官を見上げるだけだった。

 縦に並んで歩くアドラーとリヴァンナは、十年前には軍学校の同期生。
 そしてイグアサウリオは、二人を鍛える教官の一人だった。

 ――今より十年前、まだ転生したことに浮かれていたアドラーは、軍学校の同期で一番大人しそうな女の子に話しかけた。
「今度こそ上手く生きよう」との想いが強かったのだ。

 無口な美少女だったリヴァンナは同期生でも浮いていると、アドラーには見えた。

 今のキャルルと同じくらいのアドラーは勇気を振り絞って声をかけた。
「や、やあ、おれは、アドラーって言うんだけど……」

 リヴァンナからの返事はなく、ただ大きな紫の瞳で見つめられただけ。
 そして直ぐに取り巻きの女子たちがやって来て、無礼な男子――アドラーを追い払う。

 浮いていたと思ったのはアドラーの勘違い。
 闇エルフの首長を務める一族のリヴァンナは有名人で、一目置かれていただけだった。

 取り巻きがアドラーに聞こえるように放った言葉が、さらに追い打ちをかける。
「なにあいつ? 慣れなれしい」
「無礼にも程があるわ、これだから繁殖期のヒト族のオスは」

「そんなつもりではない」と、十年前のアドラーは言えなかった。
 以後、リヴァンナには嫌われたと思っている。

 理由もある。
 少年アドラーの寝るベッドに、夜な夜なリヴァンナの使うレイスがやってくるのだ。
 この嫌がらせに、少年アドラーは漏らす程に恐怖した。
 だが毎晩の事に次第に慣れ、今ではアンデッド系の敵は得意とするほどになったが。

 しかしリヴァンナの視点では違う。
 突然話かけてきたヒト族の少年は、不思議な魂を持っていた。

 しかも誰もが距離をとる自分に、何の屈託もなく微笑みかけた態度は好ましく思えた。

 それからリヴァンナは、毎晩のように使役するレイスを通じてアドラーと交流を深めた、と本人だけは信じている。
 イグアサウリオに見いだされ、傑出した前線指揮官となったアドラーが、愛する自分を側に呼んだのも当然のことだとも。

 塔と共にアドラーが消えた時は、一生独り身で喪服を着て過ごすと、リヴァンナは決めた。
 それどころか、毎晩のようにアドラーの魂を呼び出すべく秘術を重ねていた。

 残念ながらアドラーは生きていたので、成功はしなかったが――。


 左右から引っ張るブランカとバシウムに困り果てたアドラーが、後ろを振り向いて立ち止まる。
 同時にリヴァンナも止まる、ぴったり三歩の距離を保って。

 もちろん古風な古代ハイエルフの少女は、奥ゆかしい妻のつもり。
 方やアドラーにとっては避けられているとしか思えない。

「あのーリヴァンナ?」
「はい?」

 言い辛そうにアドラーは頼む。

「この二人、ちょっと預かっててくれない? 司令官と話してくるからさ。も、もちろん嫌ならイグアサウリオに頼むけど……」

 特に表情も変えず、無言のままでリヴァンナは子供二人を引き寄せる。
 内心ではまるで家族みたいだと歓喜していたが、これもアドラーには伝わらない。

「い、行こう、イグアサウリオ」
 代表する二人が司令官の部屋へと消えた。


 ミケドニア帝国の遺跡守備隊、そこの司令官はアドラーに協力的だった。
 まず自己紹介でアドラーに伝える。

「自分は、バルハルト閣下と半年前もこちらに来てましてな。アドラー殿は、命の恩人でもありまして、自分に出来ることならば何でも仰ってください」

 以後の情報提供はスムーズに進む。
 有翼族を攫っていないと証明するために、司令官はあらゆる書類を持ち出し、各階級の士官を呼び出して話をさせる。

 そしてアドラーは、一つの結論に辿り着く。

「まさか、サイアミーズが、あの時の有翼族を全員返していないのか?」

 半年前、ドラゴン軍団を従えたアドラーは、連れ去った十数人の有翼族の返還をきつく求めた。
 交換条件でなく前提として。

 サイアミーズ軍の現場の指揮官、ロシャンボー上将は名誉に賭けて約束し、アドラーもそれを信じた。
 実際に、三ヶ月後には「送り返した」と外交ルートを通じバルハルトに報告が渡り、アドラーも確認した。

 それからさらに三ヶ月、アドラーは己の甘さを悔やむ。
「俺が自分で引き受けに行くべきだった……」と。

 南の大陸に生息しない特殊な有翼族を、サイアミーズ王国は一家族だけ囚えたままだった。
 そして種族で最強の戦士バシウム――国の区別など付かない――は、間違えてミケドニア帝国の方に殴り込んだ。

「バシウム、済まないな。俺のせいだ、今から直ぐに、必ず絶対に取り戻すからな」

 灼熱の天使バシウムは、隊長を慰めながら満面の笑みで返した。
「へへ、隊長が手伝ってくれるなら解決したも同然だ! けど俺も行くよ?」

 同行すると聞いたブランカが頬を膨らませて抗議したが、口には出さなかった。
 仲間を救うなら仕方ないと、そのくらいの我慢は竜の子も覚えたのだ。
 そして代わりに言った。

「なら、さっさと片付けてやるから、お前は早くうちに帰れ!」

 もちろんバシウムも言い返す。
「尻尾娘の助けなんて要らないよ。俺と隊長だけで充分だ!」

 それから睨み合いになる。
「なんだと!」
「やるか!?」
「竜の力を見せてやる!」

 二人を引き剥がしながら、アドラーが残りの皆に尋ねる。

「と言うわけなんだが、イグアサウリオ、手伝ってくれるか?」
「水臭いな、当たり前だ」

 次にリヴァンナと付いてきた三人のシャーン人にも。

「ちょっと大事になりそうなんだが……」と聞いたアドラーに、「行く」とだけリヴァンナが答え、シャーン人は自分たちの立場を説明した。

「リヴァンナ様には良くして頂いております。お手伝いさせて頂くのに、何の異論も御座いません。ですが、もし一つだけお許しをいただければ……」

 シャーン人が望んだのは、南に残っている数十家族のダークエルフの、アドラクティア大陸への移住。

 差別が厳しい南の大陸で、ヒト族にも馴染めず、近親婚を繰り返し数を減らすばかりのシャーン人にとって、リヴァンナの元へ行くのが血を繋ぐ唯一の方法だった。

「分かった、出来る限りのことをしよう」
 アドラーも約束した。

 六人の助っ人を連れてアドラーは戻る。
 ただし目的は変わっていた。

 まだアドラーにも迷いはあったが振り切る。
「うーん、団長が率先して団イベから逃げていいのかな? いや、それどころじゃないか、うん」

 ギルド対抗戦まで残り十二日の出来事だった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜

ree
ファンタジー
古代宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教…人々の信仰により生まれる神々達に見守られる世界《地球》。そんな《地球》で信仰心を欠片も持っていなかなった主人公ー桜田凛。  沢山の深い傷を負い、表情と感情が乏しくならながらも懸命に生きていたが、ある日体調を壊し呆気なく亡くなってしまった。そんな彼女に神は新たな生を与え、異世界《エルムダルム》に転生した。  異世界《エルムダルム》は地球と違い、神の存在が当たり前の世界だった。一抹の不安を抱えながらもリーンとして生きていく中でその世界の個性豊かな人々との出会いや大きな事件を解決していく中で失いかけていた心を取り戻していくまでのお話。  新たな人生は、人生ではなく神生!?  チートな能力で愛が満ち溢れた生活!  新たな神生は素敵な物語の始まり。 小説家になろう。にも掲載しております。

神の血を引く姫を拾ったので子供に世界を救ってもらいます~戦闘力『5』から始める魔王退治

六倍酢
ファンタジー
116人の冒険者が魔王城に挑んで、戻って来たのは2人。  ”生還者”のユークは、幸運を噛みしめる間もなく強制的に旅立つ。 魔王に出会った経験と、そこで目覚めた能力で、これから戦乱に落ちる世界で一足先に成長を始める。  人類が脅威に気付いた時、ユークは対魔物に特化した冒険者になっていた。 さらに、『もし、国を救って下されば。あなたの子を産みます。ぽっ』 この口約束で、ユークは一層の進化を遂げる。 ※ トップはヒロインイメージ 『長い髪を結った飾り気のない少女』

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

処理中です...