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第七章

エピローグ

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 アドラーの願いは、ささやかな物だった。
「この大陸の住人を、貴国の民と同じように扱ってください」と頼んだ。

 バルハルトもロシャンボーも異議はない。

 数万に及ぶ部下の命の代償である、祖国に背く以外のあらゆる要望を受ける覚悟があった。
 ヒト族だけでなく、亜種族も含めて考えうる限りの迫害を避けて取り締まると、名誉に賭けて約束した。

 最後に、赤炎竜アーケロンと蒼氷竜ファフニールが告げた。
 言語の違いなど突き破る魔力で、全ての将兵へ。

「此度は盟主の呼びかけによる」
「気まぐれである」

「我が種は地上の諍いに」
「興味はない」

「盟主が叡覧しこの大地で」
「栄え争い増えるがよい」

 バルハルトとロシャンボー、さらに生き残った全ての兵士は心の中で思った。
「この二頭の巨竜を従える盟主とは、どれほどの存在なのか」と。

 この時のブランカは、アドラーから離れた所で後ろ足を使って耳の裏をかこうとして失敗し、ころんと転けていた。

「普通に前足使えば?」とリューリアに言われて、ようやく気持ち良さそうに耳の裏をかく。

 こんな儀礼など、ブランカは興味がない。
 今の心配事は、この大きな体で夕ご飯をお腹いっぱい食べれるのかだった。

 竜が守る大地ドラゴニアか、現地民の使うアドラクティアと呼ぶか、南の大陸メガラニカでは数年間も議論が続くことになる。
 その議論を吹き飛ばすほどの大事件を、ミケドニアもサイアミーズも持ち込まなかった。

 もちろん恒久的な平和などありえない。
 いずれは大国の同盟勢力に別れ、北の大陸も戦乱を迎えるが、最も困難な時期になるはずだった最初の三十年は平穏な日々が続く。

 そして新しい時代が始まるのだが……。

「兄ちゃん、これからどうするの?」
 キャルルが見上げながら聞いた。

 団を預かる団長は黙ったまま、懐からぺたんこの革袋を取り出した。

「げっ」
 キャルルにも団の猫にも分かる。

 ”太陽を掴む鷲”――冒険者の街ライデンで最古参の名門ギルドにして神の猫と北の盟主”白竜ブランカ”が所属する最強ギルド――の最大の敵は、貧乏だった。

「本気でまずいわよ。このままだと食料も買えなくなるわ。といっても、売ってないけど」

 会計係も兼ねるリューリアが脅す。

「道々仕事を探しながら行くかー」

 マレフィカは余り心配していない。
 団長が過去の名声を使って金を得るタイプでないとは分かっている。

「そうね、何とかアドラーの故郷まで行きましょう!」
 ミュスレアは元気いっぱいに話をまとめたつもりだった。

「え? なんで? そろそろライデンに戻らないと」
 アドラーが真面目な顔で聞き返す。

「な、なんでって、だってお母様はまだ生きてらっしゃるのでしょ?」

 アドラーの父はとっくに亡くなったが、生母は故郷にいる。

「大丈夫だよ、前に来た時に手紙を出したから。それにドリーだって」

 以前、フェンリルの足跡を追った時にアドラーは手紙を託していたが、ミュスレアがしっかりと冷静に答える

「良いわけありません。ここまで来ておいて会わずに帰るなど許さないわよ。これだから男の子は、ほんとに! 三年も死んだと思ってたお母様の身にもなりなさい。わたしだって、不束者ですがって挨拶しないと駄目なんだからっ!」

 輝く翠の瞳に詰め寄られたアドラーは、一気に寄り切られたことにも気付かず謝る。

「う、うん、ごめん。け、けどね? もうすぐギルド対抗戦だよ? そろそろ戻らないとシード権が無駄になる。団イベより優先するほどのことかなぁ……」

「優先するに決まってるでしょ! あなた、いい加減にしないと怒るわよ!?」

「もう怒ってるじゃん」とは、流石のアドラーも言えなかった。

 ダルタスが諦めろとばかりに、アドラーの右肩に手を置く。
 左肩にはバスティが飛び乗って笑い、キャルルがぽんと背中を叩く。

 まだ若いキャルルにも分かっていた、もう兄ちゃんに逃げ場はないと。

「……シード権、あるのになぁ……」
 まだ諦めきれないアドラーのところへ軽い足取りでリューリアがやって来て、笑顔でのぞき込む。

「ねえ、お兄ちゃん知ってる? ライデン市で浮気した男性の半分は、お嫁さんの妹に手を出したんだって」

「んなっ!? リュー、リューリアちゃん! そんな事どこで!?」
 慌てふためいたアドラーの質問には答えずに、次女は身軽に去っていく。

 もちろん真っ赤な嘘だったが、これくらいの復讐は許されるはずだった。
 乙女の初恋は淡なく散るのだから。

 右手を伸ばして固まった団長のところへ、今度は魔女がやってくる。
「なあ団長、どうしよう。実は私、ミュスレアより年上なんだが」

「知らないよ!」と突き放すわけにも行かず、アドラーは固まったまま。

「うーん、キャルルくんは、こんなおばさん相手にしてくれないだろうなあ」
 石化が解けたアドラーが、また驚いてマレフィカを見た。

「なんだ冗談か」
「当たり前だろー」

 魔女の目は普通に笑っていた。

「あの子達の未来は、私も楽しみなんだ。それに、団長とミュスレアの子供なら、男女のどっちでも強くなるぞー?」

「……良いのかなあ、収入少ない冒険者なのだけど」
 俺なんかでとまでは、アドラーも言わなかったが。

「ミュスレアは優れた冒険者だ、狙った獲物は逃さないぞ」
 魔女は妙な話の進め方をした。

 アドラーは、自分には資産や財産がまったく無いと知っている。
 今の家だって、元々はミュスレア一家が住んでたとこに居候である。

「俺が持ってるモノと言えば、団のみんなくらい?」
 ほんの冗談のつもりだったが、魔女はにこっと笑っていった。

「なんだ、分かってるじゃないの。家族は、夫婦や兄弟だけじゃないぞ」

 戦場以外では物分りの悪いアドラーにも、マレフィカが良い事を言ったと分かった。

 皆が食事の準備をする中、ひたすら赤竜と蒼竜に絡んでいたキャルルとブランカが走って来る。

「兄ちゃん、ドラゴンに言ってよ! ボクをどっちかに乗せてくれるように!」
「だんちょー、キャルルがわがままばっかり言う! それにアカとアオもわたしの言うこと聞かない、叱って!」

「待て待て、頼むとか叱るとか無理だろ。あれはそういう存在じゃないぞ。俺でも勝てないし」

 アドラーは二頭の強さを控えめに伝えた。
 飛ばないことを条件に、アドラーが選りすぐりの冒険者を百人も率いればようやく可能性が出る、それほどの強さがある。

 しかし少年は諦めない。
「だからさ! あいつらを騎乗竜にして、ボクがこの大陸で最初の冒険者になる! だってこっちに、冒険者ギルドってないんでしょ?」

「そりゃまあ冒険者なんて余裕はないからな……けど、これからは……」

 アドラーは突然閃いた。
 バスティの姉である”猫と冒険の女神”は、これを狙っていたのかとさえ思う。

「キャル、偉いぞ」
「え、ボク?」

「アドラクティア大陸はこれからなんだ、今から冒険者が必要になる! つまり、最初に冒険者ギルドを作れば、大儲けだ!」

 闇夜に大声で笑うアドラーを真似て、キャルルもブランカも笑い出す。
 ただしマレフィカは「そんなに上手くいくかね?」と思ったが、口には出さなかった。

「みんな!」
「ご飯よー!」
 ミュスレアとリューリアが呼ぶ。

 ダルタスはとっくに座って、肉と野菜のスープを取り分けている。
 バルハルトが大量の食材を分けてくれたので、たっぷりとある。

 キャルルとブランカが夕食に惹かれて走り出し、アドラーの肩の上で黒猫が喋る。

「良いアイデアだにゃ。姉様の大陸で、うちのギルドの支部が出来るにゃんて、髭が震えるほどわくわするにゃ!」

「だろ? バスティなら分かってくれると思った」

 七人と一匹のギルドは、今日もみんなで食卓を囲む。
 一人は竜のままだったが。

「ところでブランカ」
「ん?」

「お前、元に、人の形に戻れるのか?」
「分からん! おかわり!」

 ひと舐めで平らげたブランカが、小さなお鍋をじーっと見つめる。

「……幾ら稼いでも、食費で消えるのでは?」
 アドラーは、かつてない恐怖に襲われた――。


 ――翌朝、目覚めたブランカは、素っ裸の少女になって毛布にくるまっていた。
 誰もが、安心したような残念なような不思議な気分。

「平気だよ? あたしが怒ればまた竜になる!!」

 自信満々のブランカが再び巨大な体に戻るのは、充分な力を蓄えた、数百年後になる……。

 そしてアドラー達は、東へ向かって旅を始めた。
 

 それから一ヶ月後――。
 アドラクティア大陸の東端にある、アドラーの生まれた街に小さな看板がかかる。

 そこには、こう書かれていた。

 ”太陽を掴む鷲”団 アドラクティア支部
 大陸最初の冒険者ギルド お仕事歓迎 
 団員募集中
 未経験者歓迎! アットホームな職場です! 支部長募集中!
 詳しくは団長のアドラーまで!


 この年から、歴史は大冒険時代と呼ばれる。
 二つの大陸を繋ぐ航路を探索し、あらゆる未踏の地へ冒険者が挑む時代が始まった。


 完



旧題が『朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど? 
~未経験者歓迎!アットホームな職場です!幹部候補生募集!詳しくはご連絡下さい~』でした。
余りに長いので変えたのですが、少し後悔してます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
最初に考えていた着地点がここなので、これ以上は……今は無理です
ただ 数年後のキャルルの話を、何話か投稿したいと思ってます
いんたーみっしょん1 が不評だったので後ろに回しました

五十万字近くも書けたのは、全て読者の皆様のお陰です
感想やレビューを頂けたのは励みになりました
本当にありがとうございました!

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