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第七章

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 昆虫類は、上からの攻撃に弱い。
 鳥類が天敵なのに対抗手段がなく、上から手を伸ばせばあっさりと捕まる。

 一部の素早い虫も、振動や空気の流れを察知してのもので、左右は背中まで見えるのに上方はさっぱり見えない造りになっている。

 世界が違ってもその法則は通用した。

「なるほどなぁ、警戒しても無駄だから諦めたのか……」
 アドラーも納得するほど、航空攻撃を仕掛けたドラゴンは圧倒的だった。

 星の力に任せて舞い降りた竜の速度は、音速を超えて衝撃波を伴った。
 バラバラに砕ける昆虫型のナフーヌを見ながら、地上すれすれで反転上昇する。

 精霊と魔力を同時に使う竜のマニューバは、アドラーの知る戦闘機すら超える。

「あっ、落ちた!」とキャルルが叫んだが、太い四足を持つ大型種が地上に降り立っただけだった。

 翼竜型の華奢で滑らかなタイプもいれば、ひたすら細長く手足が短い竜もいて、分厚い肉体を鱗で覆った個体もいる。

 一際目立つ赤い竜が、炎を吐いた。
 真横に薙ぎ払った一閃は白く輝く壁となり、熱波が数キロ離れたアドラーまで届く。

「……や、やばいのがいるなあ……」
 あの赤竜が、本当にブランカの配下なのかアドラーには信じられない。
 今のブランカよりも、頭三つ分は間違いなく強い。

 上空を優雅に舞う青い竜――赤竜と青竜の二頭が見るからに別格――が、炎の壁の近くにブレスを吐く。
 今度は蒼く輝く氷の壁が立ち上がる。

 隣り合った炎と氷の壁は、しばらく経っても消える気配も溶ける気配もない。

「だ、団長。アドラー団長、あいつらはまずいぞ! 戦ったら駄目なやつだー!」

 魔女がアドラーの懐に転がり込んでくる。
 好奇心よりも恐怖心が勝ってしまったようだ。

 両大国の兵士も、喜びが畏れに変わり始めた。
「とんでもない大陸に来てしまった。ひょっとして俺たちも……」と。

 赤と青には劣るが、十数頭の上位種がブレスの花火をあげて北の地平線を赤く染める。

 まだ八十万体は残っていたナフーヌの群れの、北半分が消滅した。

 アドラーは覚悟を決める。
「ブランカ、ちょっと。あの一番強い二頭を呼んでもらえる? お話が……いや、お願いがあるんだ」

 一部のドラゴンは、ミケドニアやサイアミーズの兵士を気にしてない。
 赤と青のブレスが直撃すれば、一発で数千人が死んでしまう。

「おーい、こっちだ! お前達ちょっとこいー!」

 短い前足を懸命に伸ばして口に当てたブランカが、大声で呼ぶ。
 中身は少女なのでとてもかわいい。

 じろりと白い竜を見た二頭が飛んでくる。
 紅葉のような尖った赤い鱗を持ち、口と鼻から炎が漏れる赤竜。
 極海に浮かぶ流氷のような青い毛皮を持つ青竜が、同時にアドラーを見る。

「これは死ねる」と確信出来る威厳があった。

 金縛りにあったような一行の中で、ブランカとキャルルだけが何時もと変わらない。

「うおー! かっこいい!」
「だろー? 少しはあたしを見直した?」

「いやブランカと別の種類だろこれ。全然違うし!」
「なんだと!」

 ようやくアドラーも、伝えるべきことを思い出す。

「えーまずは、助力に感謝致します。それに勝手なお願いなのですが……あちらに固まっているヒト族に手心を加えていただければと思い、是非ともお願いします。人も虫も、竜族から見れば変わりないでしょうが、自分はなるべく多くの同族を助けてやりたいのです」

 敵対する生き物は殺すが、同種には手を出さないでくれ。
 酷く身勝手な懇願だと分かっていたが、アドラーは率直に伝えることにした。

 理由を並べ立てたり、嘘をついても通用しないと思ったのだ。

 蒼く凛々しい竜が、振り返って一声吠えた。
 ナフーヌを掴んで放り投げ、蹴散らしていた竜の動きが変わる。

 百頭ほどが揃って北へ追い払おうとする、残りの二百頭はもう飽きて低空を旋回していた。

「なあ、お前たち?」
 ブランカもやってきて二頭に話しかける。

 赤と青のドラゴンは今のブランカよりも大きいが、白竜を見つめる目はとても優しい。

「あたしのこと知ってる?」

 二頭は順に答えた。
「もちろんだ」
「誕生した時から知っている」

「えっ、じゃあどっちかがブランカのお父さん!?」
 聞いていたリューリアが興奮気味に叫んだ。

「違うぞ」
「真なる竜には、お前たちの言うメスしかいない」

 これはアドラーも初耳だった。
 究極的な生物の祖竜は、単独で分身のような存在を作るのみだそうだ。

「あのね、じゃあね……あたしのお母さんのこと、教えて!」
 ブランカが思い切って、ぎゅっと目を閉じて尋ねた。

「すまないな、子よ」
「すまぬことをしたな、次代の者よ」

 二頭は謝った理由を続けた。

「そなたの母、北の盟主が、巨人族の生き残りに討たれたのは我等の落ち度」
「幾ら許しを請うても足りぬ」

「うー、そういうのは良いの! お母さんのこと、教えてくれるのくれないの!?」

 赤竜と青竜は、情報を圧縮した記憶をブランカに渡す、竜族はそこまで出来る。
 目を閉じたブランカがアルバムをめくるように記憶層を辿り、とても小さな声ではっきりと喋った。

「これが、あたしのお母さん……お祖母様そっくり。けどもっと優しそう……」

 涙ぐんだブランカが、アドラーの服に顔をなすりつける。

「ああ、竜の涙! もったいない……」
 マレフィカだけが反応するも、瓶を取り出したりはしなかった。

「ところでね、わたしはブランカって名前があるの。そう呼んでくれる?」
 顔をあげたブランカが告げると、二頭は大いに驚いた。

「その名は」
「南の盟主が?」

「ううん違う。このだんちょー、アドラーがくれたの!」

 飛び切りの笑顔に戻ったブランカが思い切り自慢する。

「なんと!」
 赤竜と青竜は声を揃えた。

「あっ、じゃあお前たちの名はあたしが付けてあげる!」
 二頭とアドラーは、とても嫌な予感がした。

「アカとアオな!」

 新しき盟主の命名に、眷属のはずの二頭は断言した。

「断固」
「拒否」

「なんでだ!?」

 その後、アドラーと赤竜と青竜が話し合って名前が決まった。
 赤炎竜アーケロンと蒼氷竜ファフニール、どちらも数ある候補から竜が気にいったものになった。

「良いのかにゃー。あの二頭の名付け親になって……うちは知らんぞ」

 バスティだけは、この世界での名付けの意味を理解していた。
 これでアーケロンとファフニールは、アドラーの特殊強化を万全に受け取ることが出来る。
 その力は、伝説にある雷の巨人が現れても通用するものになるだろう……。

「もう少し、付き合ってくれませんか? あちらのヒト族の指揮官と、約束を交わして欲しいのです。貴方がたとの約束なら、彼らも破りません」

 赤炎竜と蒼氷竜は、名を貰った礼だと快く引き受けた。
 三頭の巨竜を引き連れたアドラーが川を渡る。

 ナフーヌの群れはとっくに追い払われ、バルハルトとロシャンボーが今度は幕僚を引き連れて待っている。
 この大陸の主だと思われる二頭の竜に、挨拶と礼を述べねばならないのだ。

「なんでだ? 一応、あたしが一番えらいのに!」
 ブランカだけは頬を膨らませていたが。


 一人の冒険者が立ち会い、二人の将軍と二頭の竜が言葉を交わした。

 ――二つの大陸に盟約が結ばれる。
   それはアドラーが望んでいた形になった――。

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