177 / 214
第七章
177
しおりを挟むミケドニア帝国新大陸派遣軍 公称五万実数ニ万七千
率いるのはバルハルト将軍
サイアミーズ王国遠征第一軍 公称六万実数三万
率いるのはバティスト・ロシャンボー上将
お互いに相手をよく知る、名将との評価を固めた指揮官同士。
二人が揃ってこの日に戦おうと思ったのは、偶然ではなかった。
つい前日、現地民らしき家族連れが堂々と両軍の前を横切った。
「兵が家族と故郷のことを思い出す前に……」と、一戦交える気になったのだ。
もちろん、バルハルトはその一団が誰か分かっている。
自軍のところへ来てくれぬかと、大いに期待したのだが、アドラーは老将の熱い視線を無視して通り過ぎた。
「まあ仕方ない。わしの思い通りになる男でもあるまいて。既に二つも敵軍団を挫いてくれたでな」
バルハルトは素早く切り替える。
目前の敵将に小細工が通用しないと、バルハルトもロシャンボーも確信していた。
小細工とは、それなりの別働隊を仕立てて敵を試すこと。
だが両将ともに備えは怠らない。
北方に向けて長い哨戒線だけは伸ばしていた。
そのラインの北端で、ブランカは止まった。
「あれはなんだ?」
二大国の兵士が、白い物体をじっと見つめる。
「トカゲ?」
「いや犬だろ……」
ダックスフンドのような体型に、にわとりの羽、尻尾はワニ。
羽毛と毛と鱗が混ざる、謎の生物がちょこんと座っていた。
「あたしはドラゴンなのだが……」
風に乗って兵士の会話がブランカの鋭い耳に伝わる。
舐めた人族にびしっと言ってやりたいが、今は団長から「待て」と言われていたので動かない。
頭の上に登ったアドラーが、右手のサイアミーズ軍、左手のミケドニア軍を確認して、ずっと南の川岸を見つめる。
両国の軍は、戦列を組んでの接近銃撃戦を望んでいた。
「うーん、やっぱりそれをやるのか。死傷者の数にびびるぞ……止めとけ……」
この世界で、数万単位が向き合っての撃ち合いなど史上初。
バルハルトもロシャンボーも、自軍の火力を最大限に生かす戦術を選んだのは流石だが、結果までは分かってない。
「兄ちゃん、どうなるの?」
男の子らしく、わくわくした顔を隠さずにキャルルが聞く。
「今は互いに千五百歩ほどの距離、これが三百歩ほどになれば撃つ。相手が崩れなければ更に前進、倒れた兵士の穴は後ろから埋める。死傷者の数に耐えきれず、背中を向けた方が負けさ……」
「げぇ……先頭には立ちたくないね……」
キャルルが当たり前の意見をいった。
帝国の新大陸派遣軍と王国の遠征軍は、他のどの国を相手にしてもこの戦術なら必ず勝つ。
練度も装備も指揮官も下士官も、頭三つは抜けて優秀なのだ。
しかし力量がほぼ互角となると……。
「下手すりゃ弾が尽きるまで撃ち合って血の海だな」
アドラーは、そこまでやって平和共存するしかないと理解するのもありだと思ったが、問題は迫りくるナフーヌの大集団。
疲弊しきった両軍を食い破った後で、そのままドワーフ族やリザード族の住処まで侵攻しかねない。
「止めるぞ。ブランカ、行け」
「あい!」
首をぴんと立てて短い角を誇らしげに見せつけ、長い尻尾を左右に揺らしながらブランカが歩き出した。
アドラーの左手側、東には十数人が立てこもる小さな哨戒拠点が距離を置いて並んでいる。
尻尾の先まで五十メートルはあるブランカに、驚いたが攻撃してはこない。
「あの旗は……」
アドラーが見慣れた旗を見つける。
宮殿と獅子の姿が描かれた隊旗は、”宮殿に住まう獅子”団、通称レオ・パレスのもの。
軍の斥候や遊撃としてバルハルトに駆り出されたが、正面決戦となったので警戒部隊に回されていた。
「北から敵が来る 伝えろ 逃げろ 至急」
アドラーは竜の頭の上から、冒険者の手信号を送った。
直ぐに反応があった。
「お前は誰だ? それは何だ? 敵って何だ? 戦争中だぞ!」
「そんな一度に聞く奴があるかよ」
アドラーも苦笑い。
だが、冒険者同士の合図で緊張は一気に溶けた。
アドラーは、荷物から自分達の旗を取り出して見せる。
太陽を引き上げる漆黒の鷲の紋章は、冒険者の間では有名。
「太陽を掴む鷲!? あいつら、来てたのか……!」
「ってことは、あいつがアドラーか……」
最近、悪名高いライデンの冒険者団に、兵士として雇われた冒険者達が気付く。
「北から敵 魔物 推定八十万」
次に送った手信号で、レオ・パレスの面々が慌てだした。
数人のグループが、たこ壺型の防御陣を飛び出して北へ向かう。
他の味方へ伝えに走る者、意を決して向かい合うサイアミーズ軍に教えに行く者、そして本体へ連絡球で通信する者。
冒険者の判断と行動は早い。
「あれ、あっさり信じてくれたな」
アドラーも拍子抜け。
「兄ちゃんは、変な有名人だからね」
キャルルが何故か自慢げに答え、ブランカの背の上をお尻の方まで歩いていった。
そしてキャルルが木の棒を振り上げた。
「もう良いぞ! いけ、ブランカ!」
馬と同じつもりで、竜にムチを入れる。
「ぴぎゃ!?」
突然の衝撃に驚いたブランカが走り出す、しかも全速力で。
「お、おい待て! 待て!」とアドラーが叫んでも止まらない。
女の子のお尻を叩いたキャルルは、後で長女から百倍にして叱られる事になるが。
帝国派遣軍と王国派遣軍は、互いの顔が見える五百歩の距離まで近づいていた。
あと百歩も進めば開戦となる。
有効射程は三百歩と言われるが、実際に魔弾杖が効力が発揮するのは二百歩を切ってから。
これまでにない戦争の形に、兵士達の緊張は高まり軽口も少ないが、鳴り響く軍楽隊の行進曲が足を止めることを許さない。
あと数分で、一万人の戦列が攻撃を開始して、数時間後には一万以上の死者を生産する史上最大の会戦が始まる……とこであった。
「なんだあれは!?」
ミケドニア軍の最右翼と、サイアミーズ軍の最左翼が、北方にうねる高台を白い物体が乗り越えるのを見た。
短い足を高速回転させた白く巨大な一頭が、凄まじい速さで突っ込んでくる。
両軍の兵士は、本能的に武器を構えた。
「とま、止まらないー!!」
高台を駆け下りたブランカが、まるで閲兵式のように整然と並んだ兵士の中央へ飛び込む。
そこはこれから弾丸が飛び交う場所。
命令はなかったが、反射的なもので兵士達を責めることは出来ない。
目の前を走る謎の怪物と、その上に立つ男に向けて、両軍は北から順番に撃ち始めた……。
0
お気に入りに追加
655
あなたにおすすめの小説
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
神の血を引く姫を拾ったので子供に世界を救ってもらいます~戦闘力『5』から始める魔王退治
六倍酢
ファンタジー
116人の冒険者が魔王城に挑んで、戻って来たのは2人。
”生還者”のユークは、幸運を噛みしめる間もなく強制的に旅立つ。
魔王に出会った経験と、そこで目覚めた能力で、これから戦乱に落ちる世界で一足先に成長を始める。
人類が脅威に気付いた時、ユークは対魔物に特化した冒険者になっていた。
さらに、『もし、国を救って下されば。あなたの子を産みます。ぽっ』
この口約束で、ユークは一層の進化を遂げる。
※ トップはヒロインイメージ 『長い髪を結った飾り気のない少女』
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜
ree
ファンタジー
古代宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教…人々の信仰により生まれる神々達に見守られる世界《地球》。そんな《地球》で信仰心を欠片も持っていなかなった主人公ー桜田凛。
沢山の深い傷を負い、表情と感情が乏しくならながらも懸命に生きていたが、ある日体調を壊し呆気なく亡くなってしまった。そんな彼女に神は新たな生を与え、異世界《エルムダルム》に転生した。
異世界《エルムダルム》は地球と違い、神の存在が当たり前の世界だった。一抹の不安を抱えながらもリーンとして生きていく中でその世界の個性豊かな人々との出会いや大きな事件を解決していく中で失いかけていた心を取り戻していくまでのお話。
新たな人生は、人生ではなく神生!?
チートな能力で愛が満ち溢れた生活!
新たな神生は素敵な物語の始まり。
小説家になろう。にも掲載しております。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる
シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。
※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。
※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。
俺の名はグレイズ。
鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。
ジョブは商人だ。
そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。
だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。
そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。
理由は『巷で流行している』かららしい。
そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。
まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。
まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。
表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。
そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。
一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。
俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。
その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。
本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる