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第七章

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「だんちょー、やっちまうか?」
 目立つ白銀の髪と白い尻尾を隠して、ブランカが物騒な言葉を吐く。

 アドラーとブランカは、山道を登ってくるサイアミーズ王国軍を監視していた。
 今回は大量の魔術師を連れて、さながら魔法化兵団とでも呼べる部隊。

「駄目だよー。関係ない人まで巻き込むからねー」

 アドラーの視線の先では、小型のゴーレムと一緒に捕まったドワーフ達が働かされていた。

 ドワーフの数は三十人ほどで多くないが、炎天下で足に鎖を付けられて山道の修復作業、その後方では魔弾杖を装備した兵士が厳しく警戒している。

「まあ、罠だなあ。助けに来たところにズドンか。それとも……だが、放ってもおけない。ブランカ付いといで、助け出すよ」

「はーい!」

 アドラーは、山の中に戻る。
 アドラーの立てる作戦は、他力本願なことが多い。
 一番大好きなのは、敵と魔物が出会って潰し合うというものだが、ほとんど成功した事がない。

 失敗した後で、仕方ない……と乗り出す事が多いが、今回も懲りずに山の”ぬし”を探す。

 話はもちろん、ドワーフ達から聞いていた。

 エルフは鹿に乗り、ヒトは馬に乗り、海のリザード族はイルカに乗るが、山のドワーフは野豚に乗る。

 びっしりと剛毛が生えて鋭い牙が生えたイノシシに騎乗する、有名なボーアライダーである。

「巨大化したイノシシの王様みたいなのが、山の中を走り回ってるらしいが……ブランカ分かるか?」

「分かんない。夏の山は生き物と臭いだらけだ」

 竜の娘はさじを放り投げる。

 アドラーとて、敵が油断してたり少数ならば単独でケリを付けるが、魔法使いのサポートを受けて魔法や動態探知の網を広げた軍隊には突っ込めない。

 三千人という兵力も絶妙。
 全軍の四分の一は遠征させるに多すぎず少なすぎず、山間部で機動を保てるギリギリの数で、アドラーが奇襲しても防御力が高くまず成功しない。


「一つ、かき乱す手段が要る」とのアドラーの判断は正統なもの。
 決して”山のぬし”としてドワーフが恐れ崇める怪物を見たくなった訳ではない。

 そして……運はアドラーに味方した。
 これまでにない大量のヒトと鉄の臭いが山に漂い、苛立った”山のぬし”は、近くまで出向いていた。

「だんちょー、くさい。こっち」
 ブランカが何かを嗅ぎ取った。

 臭いを辿ると、木々が避けて道になっている箇所がある。

「魔物……というより、土地神系かな? これは話が通じるかも知れないな」

 長く生きて力と凶暴性を増す獣もいれば、話が出来るほどの知恵を付ける獣もいる。
 後者かも知れぬと、アドラーは期待した。

 木が避けた道をブランカがぴょんぴょんと跳ねながら追い、アドラーは付いていく。
 そして、立ち止まったブランカが爆笑した。

「あはっ! あははははっ! ケツだ、でけーケツだっ!」
 すっかり冒険者に馴染んだ竜の子は、このところ言葉使いが汚い。

 尻肉の半分だけで牛一頭分はある巨大なお尻を向けた、イノシシの怪物がそこに居た。

「こらっ、何処でそんな言葉を覚えた……ってキャルルか。止めなさい、お話が出来るか試すから」

 アドラーは、山の主に失礼にならぬように姿勢を整えたが……その横を石が飛んでいく。

「おいケツ、こっち向け。ブランカ様だぞ、がおー!」

 大陸の頂点に立つはずの白竜は、まだ子供だった。

「こらっ! ブランカ、そんなことしては駄目です!」
 躾は大事とばかりに、アドラーは叱る。

 だが、竜の子が投げた石は時速180キロを超える。
 突然お尻に何発も投石を食らった”ぬし”は、ゆっくりと振り返った。

 大きな鼻から額までの毛は白く、牙は四本が上向きに伸び、重厚な肉体は十トンは超える山の主の両目は、怒りで赤く光っていた。

「あ、怒った!」
 どうしようかとブランカが団長を見上げ、アドラーは直ぐにブランカを担ぎ上げて走り出した。

 蹄で地面をかく音が二、三度して、山の主が走り出す。
 僅か五秒で時速六十キロを超えたイノシシは、猛然とアドラー達を追う。

 アドラーも必死。
 強化魔法を全開にして、目的の方角へイノシシを誘導する。

「あはははっ! 速い、速い! 頑張れだんちょー!」
 アドラーに抱えられたブランカは、このスリルを楽しんでいた。

 そしてアドラーは、敵部隊を見下ろす位置に来た。
 働くゴーレムとドワーフの後ろで、魔弾杖を向けて見張っている。

「まだ付いて来てるな?」
「うん!」

 返事を聞くまでもなく、四つの蹄を持つ怪物はアドラーめがけて突進中。

 魔法で警戒網を広げていたサイアミーズ軍が異常に気付く。
 百人ほどがアドラーの方向に杖を向けて……号令一下、一斉に発射した。

「飛ぶぞ」
 ブランカに一声かけたアドラーは、弾幕をかわしながら跳ねた。

 木の上に飛び乗ったアドラーは、イノシシが新たな敵を見つけたのを確認する。

 再び前掻きを行った山の主が、サイアミーズ軍の目前に飛び出し、山道に沿って走り出す。

 アドラーは、この隙にドワーフ達に呼びかけた、こちらの言語で。
「今だ、逃げろ!」と。

 魔弾杖の威力は凄まじいが、”ぬし”の額の骨を貫ける程ではない。
 突進した猪の怪物は、一気に十数人を谷底へと弾き飛ばす。

 撃ってくる次の隊列に向けて再突撃し、次々と負傷者が増える。

「この大陸の魔物を舐めるなよ」
 ヒト族や二足種族が少ない分、魔物や獣も強大で、アドラーも同情する気は起きない。

「あっ! ケツが落ちる!」
 ブランカは、山の主に酷い名前を付けていた。

 三列目を弾き弾き飛ばした”ぬし”の足元に、魔法の炎が生まれ巨体を煽る。
 バランスを崩し、兵士もろとも谷底へ落ちそうになった”ぬし”は、対岸へ向かって飛んだ。

「すげえ、空飛ぶ豚だ」
 アドラーも驚くほど見事なジャンプ。

「ぬしが、落っこち……ない!」
 ケツの飛躍にブランカも喜ぶ。

 谷の反対側に蹄をかけた巨大なイノシシは、そのまま山を駆け上がって森に消える。

 アドラーも、ほっと一安心。
 利用するだけしておいて死なれたら、可哀想では済まないところだった。

「ブランカ、あんな勝手な事したら次は怒るよ」と言いながら、拳骨を一つ落とす。

「いてっ。けどすげー奴だ。あたしがこっちに居着いたら側近にしてやる」
 ブランカは、まったく反省していなかった。

 この後、白竜の住む大陸の最高峰に巨大なイノシシが居たかは……記録には残っていない。

 三十名のドワーフを、アドラーは無事に回収した。
 突然の怪物に百名以上の死傷者を出した部隊は、全く追ってこなかった。

「諦めが良すぎるな。まあ、理由は分かるけど」
 こんな手に引っかかるつもりは、アドラーにはない。

「これで全員か?」と、アドラーは助けたドワーフに尋ねた。

「全員です」とドワーフが答えたところで、アドラーは確信した。

 足の鎖を断ち、詳細に調べても何も仕掛けられてない。

「眠らされた者はいるか?」との質問に、五人ほどが手を上げる。

 呼び寄せて体を調べたアドラーは、あっさり見つける。
 魔法のシグナルを定期的に発する、発信機のような物が埋め込まれていた。

 しかもご丁寧にも、糸を使った縫合でなく治癒魔法による癒着で、この場で切って取り出すのは危ない。

「マレフィカが居ないと無理だな……。一度集落に戻ろう」

 敵軍は、アドラー達の事を知りたがっている。
 本拠地はあるのか、人数はどれくらいか、何よりも一体何者なのか。

 現地で捕まえた標本、実験体を手放しても情報集めを優先していた。

「だんちょー、どゆこと?」
 ブランカが、アドラーに聞く。

「最初から、助けに来れば逃がすつもりだったのさ。そのまま拠点や隠れ家へ戻れば、埋め込んだ発信機で後を追える。つまり、敵には山をかき分けてやって来れる部隊がある。今晩、もう一戦あるかもね」

 山岳戦部隊があるとは、バルハルトの情報にもなかった。
 だが少数で潜入工作が出来る連中を、サイアミーズ王国が飼っていることは知っている。

 かつて、エルフの国スヴァルトの首都タリスで、アドラーは手練の暗殺集団に襲われた。
 毒を使う素早い暗殺者である。

 あの連中ならば、密かに後を追って忍び込むなど朝飯前。

「バルハルトが、冒険者を使ってやろうとした役割だな……。これを潰せば、奴らは目を失う。ちょっと勝機が出てきたかな?」

 サイアミーズ軍は、敵が誰か知らない。
 ミケドニア所属の可能性は疑っているが、北と南の大陸を渡り歩き、情報戦の重要性まで知る、二つの大陸でも最高の冒険者だとは夢にも思っていない……。

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