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第七章
冒険は新大陸へ
しおりを挟む一ヶ月以上の旅から、”太陽を掴む鷲”の面々は帰ってきた。
バルハルトが船を用意してくれかなり短縮出来たが、ライデン市はもう冬である。
「もうすぐ兄ちゃんを拾って三周年!」
キャルルが妙なことを言い出した。
前世の地球でのアドラーは、虐待虐殺される猫や子猫を助けようとして殺された。
その後、犯人がどうなったかも知らないが、人が死ねばタダでは済まない。
何よりも、最後の記憶は一斉に自由になって飛び出す猫たちの姿。
この世界での生まれは、北の大陸アドラクティア。
混ざった記憶は何時しか一つの人格になり、勉強法を知っていたアドラーは魔法を覚える。
”猫と冒険の女神”から貰った素質を、13歳から八年過ごした軍で伸ばし、敵対する群生型モンスターの本拠地を吹き飛ばした余波で、南の大陸にやって来た。
「もうそんなになるのかー」
アドラーは、瀕死のところを見つけてくれたキャルルの肩に手を置く。
「ボク、大きくなったでしょ!?」
「本当に背が伸びたなあ」
アドラーは嬉しそうに返事をする。
少し前なら、キャルルの頭に手を置いていた。
「わたしも成長したわ!」
リューリアが弟と反対側に並んで立った。
成長がゆっくりなクォーターエルフは、まだまだ成長期。
「あたしも大きくなるよ? ご飯を食べれば」
ブランカが夕食の催促をした。
一行は、市場を通り抜けながら食材を買い込む。
バスティは食事の時は人型に戻ったりするので、全部で八人と一頭分。
「ちょっとギルド本部に寄ってくる」
アドラーは、クエストの完了報告と、幻影団に報せてくれたお礼を言いにギルド本部へ入った。
何時も通り騒々しいギルド本部では、優秀な受付嬢テレーザが迎えてくれる。
「あらお帰りなさい。今回は長かったですね」
「お陰様で、助かりました」
「みんな無事で何よりですよ」
テレーザは、クエストの報酬欄が鉱石一つの報告書を見ても、何も言わなかった。
その代わりに。
「今度、良さそう依頼があればお知らせしますね」と言った。
もう一度お礼を言ったアドラーは、ちょっと高めの便箋を買い求めた。
便箋に短い文章と自分の署名を魔法のペンで書くと、ギルド本部の周辺にいる少年に銅貨数枚と合わせて渡す。
「これ、バルハルト様のお屋敷に。場所は分かるかい?」
「うん!」
元気に返事をした少年が走っていく。
キャルルよりもずっと年下で、お使いをして小遣いを稼ぐ子供が、ギルド本部の周りには何時も数人はいる。
小遣いだけでなく、時には中で冒険話が聞けたりと、ライデン市の少年達には人気のアルバイト。
「なんだ、手紙ならボクにやらしてくれれば良いのに」
キャルルは、ミュスレアの帰りを待ちながらこのバイトをよくやっていた。
「キャルルが何処か行くと中々戻って来ないでしょ? 今日はみんなでご飯を食べましょう」
ミュスレアが弟に手を伸ばしたが、キャルルはさっと逃げる。
「なんでよ! 昔はクエストから戻ってきたら真っ先に飛びついて来たじゃない!?」
「何年前の話だよ、もうそんな子供じゃないし!」
男の子にとって家の外で母や姉に甘えてるとこを見られるなど、死活問題である。
だがリューリアが冷静にいった。
「ほんの一年前の話じゃないの。その頃まだ、私やお姉ちゃんと一緒に寝てたし」
「なっ、そ、そんなこと言うなよ!」
キャルルにも知られたくない過去があるが、それは姉達が喋りたがるものだった。
「もうすぐ一年か……」
アドラーにとっても、団長になってからの九ヶ月は早かった。
これから南の大陸には冬が来る。
冒険も戦争も休憩に入る季節で、足を伸ばしても町や村の周りまで。
野営もままならず傷口が凍る季節に動き回るなど懸命とは言えないが、当然のことだが、北の大陸はこれからが夏だった……。
夕刻、バルハルトからの返事を秘書官が直接持ってきた。
「明日、伺えば良いの?」
「はい、何時でもお待ちしております」
「午前中には伺うと伝えてください」
「了解しました。それと、是非キャルル様もご一緒にとのことです」
恐らくは友達になったアスラウの指名だろうなと、アドラーは思った。
「分かった連れていく」
忙しいはずのバルハルト侯爵が、丸一日をアドラーに用意した。
重大な要件、それも新大陸に関することは間違いなかった。
汚れてはいないが至って普通の服と、剣も持ってアドラーとキャルルが歩いていた。
バルハルトは礼儀や服装にはうるさくない。
自身も簡素で動きやすい服で、宮廷用語など使わずにざっくばらんに喋る。
だがこの日のバルハルト邸は様子が違った。
「お腰の物をお預かりさせていただきます」
見慣れぬ衛兵が、アドラーの剣を受け取った。
「ボクの剣も?」
キャルルが背中の剣を見せる。
「申し訳ありませんが、こちらでお預かりいたします」
衛兵たちは丁寧に対応するが、装備も動きも気配も並の者ではない。
ギムレットやミュスレアに匹敵する兵士が、見える範囲で二十人以上も警備している。
これにはアドラーも察する。
寄りすぐったとしても、これだけの兵士を揃える国は大陸に三つしかない。
「……礼服を持って来るんだった。貸してくれないかな、バルハルトの爺さん」
アドラーの呟きが聞こえたかのように、屋敷の主人のはずのバルハルトが出迎える。
「そのままで良いぞ、公式ではないから気楽にな。わしはお止めしたんだがなあ、話題のアドラー団長に是非会いたいと申してな。あー、お前らは下がれ、わしが案内する」
バルハルトが手を振ると、衛兵たちが道をあける。
「兄ちゃん、なに? 何事なの?」
キャルルはさすがにまだ分からない。
「この爺さん、人が悪いだろ? 内緒で偉い人を呼んでたんだ」
アドラーは親指で侯爵を指す。
「そう言わんでくれ、大々的にとも行かんのだ。記録上は帝都におられることになっておる。作法などは気にせんで良いぞ、立礼で十分じゃ」
屋敷の奥、一番豪華な部屋に通されたアドラーは、正面に座っている人物を認めた。
アドラーと同じくらいの年齢だろうか、血筋のもたらす気品と他人を見下ろすのに慣れた態度が分かる。
しかし、アドラーが頭を下げるよりも先に立ち上がって口を開いた。
「そなたがアドラー殿か。初対面であるな、いや余は見たことあるのだよ。ライデン市で行われたシュラハトでな」
アドラーは一礼して、そのまま返事をした。
「お目にかかれて光栄でございます、殿下」
ミケドニア皇帝の第一子でアグリシア家の法定相続人、次の皇帝選挙で帝位に就く人物が待っていた。
「へー、すっげぇ」
キャルルの本音が漏れたが、皇子は不快を示すこともなく笑顔で答えた。
「キャルル殿だね、君の活躍も見学させてもらったよ」
皇子は、血と地位だけでなく、戦場で部下に好かれる態度も身に着けた男であった。
『頼まれたら断れない相手のようだ』と、アドラーは思う。
椅子に座っていたアスラウがキャルルを誘い出し、二人で遊びに部屋から出た後、アドラーとバルハルトと皇子の会談が始まった。
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