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第七章

女神に頼むと高くつくのは常識

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 アドラーとダルタスの怪我の具合は……良かった。

 骨折ともなれば、いきなり全快は難しい。
 最初にズレないように魔法でくっつけて、後は定期的に治癒魔法をかけるか、放置で良い。

 ロバのドリーが引く荷車に乗ったアドラーとダルタスは、定期検診を受けていた。

 上半身裸の団長とオークが、リューリア相手に古傷自慢を始めた。

「リューリアこれ、こっちの傷はグレイハウンドフォックスの爪が……」
「なんの、お嬢見てくれ。これはイボマンモスの牙がな……」

 リューリアは団のお医者さん。
 いまさら上半身裸なぞで騒いだりはしないが、この数ヶ月、何十人もの冒険者を看てきたリューリアは不思議だった。

「なんで男の冒険者って、絶対に傷自慢をするんですかねー?」

 わざわざ上着を脱ぎ捨て、世界が別なら通報される格好をしていた男二人が大人しくなる。

 丁寧に骨折箇所を看ていたリューリアが、両手で同時にアドラーとダルタスの肌を叩く。

「はいおしまい。もう振り回しても大丈夫よ。けど、あまり無茶はしないでね?」

 優しい言葉をかけた次女は、荷車から飛び降りた。
 二人の古傷を見た弟が、ナイフ片手に自分の左腕をじっと見ていたからだ。

「バカなことするんじゃないわよ!?」
「ああっ、やらないから返して!」

 キャルルは腕に十字の傷を作る前にナイフを没収され、ブランカが「ばーかばーか」とからかう。

 マレフィカは楽しそうに見つめながら一メートルほどの高さを飛び、バスティはロバの背中で昼寝。
 この女神さまは、人型になると自力で歩く必要があるので、旅の間はほぼ猫になる。

 普段の一行の中で、ミュスレアだけがおかしかった。

「あな……た……いや、アドラーどうかな? 魔法の薬飲んだのだけど?」
 ダークエルフ化していたミュスレアは、高価なマジカルコスメで日焼けから肌を回復中。

「あ、うん。何時も……どおりだね……」
「ほんと!? 嬉しい!」

 長女が白い頬を桜色に染め、次女は捕まえていた弟に聞いた。

「お姉ちゃん、どうしたの? てか、今の返事に喜ぶ要素あった?」

 ようやくナイフを返してもらった末弟は、何事もなげに答える。

「あー姉ちゃんね、なんか一晩中膝枕してたよ。あと告白しようとして、しっぱ……うわっ!?」

 キャルルは、世界で唯一女神バスティの加護を持っている。
 まだ若いバスティから精一杯の贈り物は、自身の速度強化というレアな神授魔法で、少ない魔力で長時間稼働する。

 反応速度が上昇したキャルルでも、ミュスレアの動きを捉えるのは不可能だった。
 キャルルが生まれてから何千回とこなした弟の捕獲、あっさりと捕まえた長女は聞いた。

「起きてたの?」
「ちょ、ちょっとだけ……」

「忘れなさい」
「うん。けどボクは別に反対しないよ……」

「いいから、忘れて」
「はい」

 ようやく地面に戻されたキャルルがほっと胸を撫で下ろす。

 ぽかんとした顔でブランカが言った。
「あたしの目でも追えないとは……さすがみゅすれあ」


 ルーシー国は、砂漠から南東の方角にあり特徴的な地形を持つ。
 国の真ん中を大河レーナが流れ、しかもそこに守護女神が在住するだけでも凄いのだが、国の大半が外輪山に囲まれいる。

「標高もあるからたぶん火山だ」とアドラーは思うが、ルーシーの民は別の神話を信じている。

 国に入る直前で、”鷲の幻影”団が待っていた。

「ようこそ我が国へ!」
 案内するアストラハンも少し誇らしげ。

 気候も穏やかで女神付き、人々は多少閉鎖的でも気立ては良いとの評判だが、辺境のルーシー国へ訪れる人は少ない。

 アストラハンら”鷲の幻影”団は、女神アクアの運営する孤児院出身。
 この国から出るのも珍しかったが、客を迎えるのは初めてだった。

 ギルド対抗戦で一度はぶつかった仲なので、会話も弾む。

 鷲の幻影の女性達は、やはりミュスレアの話を聞きたがった。
 そして男達はアドラーとダルタスに寄ってくる。

 アドラーからも一つ質問した。
「ところで、何か困ってることはないか? まあ手伝えるのは討伐関係に限るけど……」

 アストラハンは、首を捻ってから「特にないです」と答えた。
 幻影団は、女神アクアのコネで有用な神授魔法を使えて実力は高く、アドラー達の力もきちんと測れるほど。

 彼らに手が負えねば遠慮なく頼むはず。

「なんだか申し訳ないね。手伝いだけをさせてしまって……」
「いえそんな、みんな楽しみにしてたんですよ。ライデン屈指の冒険者に話を聞く機会なんてそうありませんから!」

 アストラハンは本音で答えたていた。

 情報の集積と拡散が未発達な時代では、僅かな書物以外には直接か間接に聞く以外に方法がない。
 この大陸にも旅の吟遊詩人は居て、国を超えたギルドを形成している。

 アドラー達の冒険譚は、幻影団や孤児院で長く話の熾火になった。


「ここに良い温泉があるんです。是非浸かっていってください」
「えっ、ここ? 勝手に入って良いの?」

 アドラーが驚くのも無理はなく、案内されたのは豪奢ではないが広くて良く手入れされた神殿。

「平気ですよ。アクア様の意向で開かれてますし、そもそも祈りに来る人と掃除の人以外は、みんな温泉目当てです」

 アドラーにも、何となく分かる。
 オケアニデス――水神の一族――の一柱、女神アクアが直々に君臨するなら、偉そうな神官など全くの用無し。

 権威で着飾った者がいなくとも、そこに本物の神様が居るとなれば参拝客など幾らでもやって来る。

 近隣の女達が日を決めて掃除にやってくる神殿の温泉は、古傷にもよく染みた。

「これは、体がほぐれるな……」
 風呂嫌いのダルタスも満足げ。

「キャル、泳ぐんじゃないぞ」
 一応注意したアドラーを尻目に、キャルルは広い湯殿に飛び込んだ。

 男湯は三人だけで広々、女湯には人の形に戻ったバスティも含めて五人。
 乾いた砂漠を行き来した太陽と鷲にとって、まさに命の洗濯であった。

 元は地球の人らしく、アドラーは風呂の作法にはうるさい。
 オークとエルフの少年にあれこれ指図しては、面倒がられていたところ、お湯の中から何者かが現れた。

「はーい、アドラー団長。おひさし」
 軽い言葉と共に、神殿の主がやって来た。
 それも、全裸で。

 硬直するアドラーと、実に嬉しそうな笑顔を見せたダルタス、そして姉以外の女性の裸を初めて見たキャルル。

 三者三様の反応を楽しみながら、ルーシー国で最も愛され敬われている女神は続ける。

「せっかく好きな神の力をあげるって言ったのに、ずっと放置って酷くない? それとも、それが北の大陸流の口説き方?」

 上半身を湯面から起こした女神さまは、豊かな青い髪と胸を揺らしながらいった。

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