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第七章

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 二つの丘の間を、街道が通っている。
 少し標高がある、緩やかな曲がりの手前をアドラーは抑えた。

 アドラーを先頭にダルタス、そしてゴブリンが道を塞ぐ。
 指揮官、副官、兵の並びは通常と逆。

 アドラーが幾ら説得しても、ゴブリン達は聞かなかった。


 ――逃走するゴブリン達は全部で一千二百人と少し。
 担架や介添が必要な者が、一割ほどいる。

 騎馬隊に追いつかれてからは休憩中で、その理由をアドラーは説明した。

「砂漠まであと二日。ここで馬だけが姿を見せたという事は、敵の歩兵は追いつけない可能性が高い」

 当たっていた。
 集合に手間取ったデトロサ伯の歩兵千五百は、騎士団の遥か後ろ。

 原因は、傭兵団のサボタージュ。
 あれやこれやと理由を付けて移動を渋り、出発が大幅に遅れたのだ。

「騎兵の目的は、俺たちの足止めだ。こちらが進まなければ襲って来ない。だが俺たちは進む必要がある。そして歩き出せば無差別に襲撃するだろうが……あちらの指揮官は決戦を受けた。これが自由への、最初で最後の戦いになる」

 その言葉を聞いたゴブリン達の中から、百名程が前に出る。
 ゴブリン達はとっくの昔に決めていた、誰が最初に犠牲になるかを。

 アドラーは、男達にいった。

「お前達は足手まといだ。俺の役には立たない」
「盾になります」

 一人のゴブリンが代表して答える。

「最前線には俺が立つ」
「騎兵の突撃を受けます。馬はよく疲れる生き物です」

 重装騎兵の衝撃力は絶大、少数で戦いの行方を決定付ける力を持つが、弱点もある。

 重い騎士を背負っての突撃は、どんな馬でも数回が限界。
 槍を並べて粘り倒せば無力化出来る。

「二度も耐えれるとも思えない」

 ゴブリンの男は、アドラーを安心させるように笑う。

「この百人は、息子と共に囚われました。親が死んでも子は生き残る。わしらの壁を突き抜けようと、そこで馬は疲れて止まります。お連れ下さい」

 唯一アドラーが恐れていた事があった。
 怪我人や病人だらけの集団に、重装騎兵の一隊が突っ込むこと。

 槍と蹄にかけられ、押し合いになったゴブリンは一瞬で潰れて何百人も死ぬ。

 もちろん、そうなる前にアドラーは勝つつもり。
 だが、手こずるのを見た敵将が、ゴブリン達を人質にしようとするのは充分にありえた。

 その前に立ちはだかると、親父達は言った。

「わはははっ!」と、それは満足そうにダルタスが笑う。

「良いではないか、団長。ゴブリン侮り難しと見せつけるのも、我らの役目だぞ。戦わぬ者に未来はこないのだ」

「これだからオークは」と、アドラーは言いかけたがやめた。
 一理もニ理もあり、何よりも覚悟を決めたゴブリン達の顔付きには見覚えがある。

 いまさら「死ぬかも知れないぞ?」などとは、聞かなかった。

「俺の指揮下に入ることを認める。全員に強化魔法をかける、信じて付いてこい」

 アドラーを信じる彼らに、強力なバフがかかる。
 担架に使っていた槍を手にして、何両かの荷車を防壁にする。


 マガリャネス騎士団長の率いる132騎が、時刻通りにやって来る。
 淡々とした速歩で従卒もなし。

 中央のマガリャネスの前に十騎、左右にも十騎ずつ、あとは四から六ずつの縦隊が二十、広く展開してやってくる。

「見事なもんだ。こんな田舎にこれだけの騎兵がいるなんて」
 アドラーが五歩後ろに立つダルタスを振り返った。

「舐めてかかってくれると楽だったのですがなあ」
 腕がなるとばかりにオークが斧を振り上げる。

 縦に並ぶことが出来る軍は、訓練されている証拠。
 誰だって戦うならば横並びが良い、死ぬも生きるも運任せで済む。

 ゴブリン達は、気合を入れるように太鼓やラッパを鳴らす。
 軍楽隊のつもりで、ゴブリン族の音楽は元々陽気でリズミカルだが、今はちょっとリズムが速い。

「緊張してるのかな?」
 またアドラーが聞いた。

「心配されるな。獅子に率いられれば、羊とて猛獣に変わると言う」
 ダルタスは、アドラーとゴブリンの防御線の真ん中に立つ。

 並んだ槍の間から、アーネストが顔を出した。
「アドラー団長、私が見届けます! 信じてますよ!?」

 本当に信用してればそんな事は言わないが、月刊冒険者の記者は、メモを片手に前線にやって来た。

 マガリャネスは、丘を回って後ろを突くといった戦術は取らなかった。
 もしそうすれば、ブランカに撃ってよしの許可を出していたが。

 一人の騎士が、隊列から離れ出てきた。

「デトロサ伯国の騎士、ロドリーゴ。勇敢な冒険者に一手、申し込みたい」
「ライデンのアドラーだ。そのままこい」

 最初からそのつもりか独断か、数で押しつぶす前に一騎打ちとなった。

「では!」
 特に複雑な儀礼もなく、ロドリーゴは馬の腹を蹴った。

 素晴らしく強く鍛えた騎士だと、誰が見ても分かる。
 足だけで体を支えるロドリーゴは、バランスを崩さずに真っ直ぐにアドラーへ突き進む。

「両手が……使えるのか」
 アドラーは距離が詰まるのを待つ。

 通常、騎兵は右手側が攻撃範囲。
 それを知る者は左手側に回り込もうとするが、ロドリーゴはその動きを待っている。

 もちろん右手側に現れても、この騎士の槍は正確にアドラーの胸を狙う。
 突進する馬を避け、左右どちらに動いても逃げ場はなく、正面にいれば馬鎧に弾き飛ばされる。

 だがアドラーはぎりぎりまで動かず、槍を繰り出すために僅かに方向を変えたロドリーゴに付いていく動きをした。

「おおおっ!?」
 ゴブリンから驚きの声が上がる。

 槍の間合いの内側に入ったアドラーの刀は、騎士の腰の少し上を切り裂く。
 勢いのまま十数歩走った馬から、二つになったロドリーゴが乾いた大地に落ちた。

「信じられん」「鎧ごとだと……」と、騎士達も初めて見る光景に目を疑う。

「一つ!」
 何を切り捨てたか振り払うように声を出したアドラーに向けて、マガリャネスが攻撃命令を出した。

 数騎ずつの縦隊二列が同時に襲いかかり、すれ違いざまに繰り出す攻撃は馬の重さと速さが乗り、かすめるだけで致命傷の威力がある。

 マガリャネスは、その槍を二十本用意していた。

 後に、双ヶ丘ならびがおかの殲滅戦と呼ばれる戦いが始まった――。
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