134 / 214
第七章
134
しおりを挟む二つの丘の間を、街道が通っている。
少し標高がある、緩やかな曲がりの手前をアドラーは抑えた。
アドラーを先頭にダルタス、そしてゴブリンが道を塞ぐ。
指揮官、副官、兵の並びは通常と逆。
アドラーが幾ら説得しても、ゴブリン達は聞かなかった。
――逃走するゴブリン達は全部で一千二百人と少し。
担架や介添が必要な者が、一割ほどいる。
騎馬隊に追いつかれてからは休憩中で、その理由をアドラーは説明した。
「砂漠まであと二日。ここで馬だけが姿を見せたという事は、敵の歩兵は追いつけない可能性が高い」
当たっていた。
集合に手間取ったデトロサ伯の歩兵千五百は、騎士団の遥か後ろ。
原因は、傭兵団のサボタージュ。
あれやこれやと理由を付けて移動を渋り、出発が大幅に遅れたのだ。
「騎兵の目的は、俺たちの足止めだ。こちらが進まなければ襲って来ない。だが俺たちは進む必要がある。そして歩き出せば無差別に襲撃するだろうが……あちらの指揮官は決戦を受けた。これが自由への、最初で最後の戦いになる」
その言葉を聞いたゴブリン達の中から、百名程が前に出る。
ゴブリン達はとっくの昔に決めていた、誰が最初に犠牲になるかを。
アドラーは、男達にいった。
「お前達は足手まといだ。俺の役には立たない」
「盾になります」
一人のゴブリンが代表して答える。
「最前線には俺が立つ」
「騎兵の突撃を受けます。馬はよく疲れる生き物です」
重装騎兵の衝撃力は絶大、少数で戦いの行方を決定付ける力を持つが、弱点もある。
重い騎士を背負っての突撃は、どんな馬でも数回が限界。
槍を並べて粘り倒せば無力化出来る。
「二度も耐えれるとも思えない」
ゴブリンの男は、アドラーを安心させるように笑う。
「この百人は、息子と共に囚われました。親が死んでも子は生き残る。わしらの壁を突き抜けようと、そこで馬は疲れて止まります。お連れ下さい」
唯一アドラーが恐れていた事があった。
怪我人や病人だらけの集団に、重装騎兵の一隊が突っ込むこと。
槍と蹄にかけられ、押し合いになったゴブリンは一瞬で潰れて何百人も死ぬ。
もちろん、そうなる前にアドラーは勝つつもり。
だが、手こずるのを見た敵将が、ゴブリン達を人質にしようとするのは充分にありえた。
その前に立ちはだかると、親父達は言った。
「わはははっ!」と、それは満足そうにダルタスが笑う。
「良いではないか、団長。ゴブリン侮り難しと見せつけるのも、我らの役目だぞ。戦わぬ者に未来はこないのだ」
「これだからオークは」と、アドラーは言いかけたがやめた。
一理もニ理もあり、何よりも覚悟を決めたゴブリン達の顔付きには見覚えがある。
いまさら「死ぬかも知れないぞ?」などとは、聞かなかった。
「俺の指揮下に入ることを認める。全員に強化魔法をかける、信じて付いてこい」
アドラーを信じる彼らに、強力なバフがかかる。
担架に使っていた槍を手にして、何両かの荷車を防壁にする。
マガリャネス騎士団長の率いる132騎が、時刻通りにやって来る。
淡々とした速歩で従卒もなし。
中央のマガリャネスの前に十騎、左右にも十騎ずつ、あとは四から六ずつの縦隊が二十、広く展開してやってくる。
「見事なもんだ。こんな田舎にこれだけの騎兵がいるなんて」
アドラーが五歩後ろに立つダルタスを振り返った。
「舐めてかかってくれると楽だったのですがなあ」
腕がなるとばかりにオークが斧を振り上げる。
縦に並ぶことが出来る軍は、訓練されている証拠。
誰だって戦うならば横並びが良い、死ぬも生きるも運任せで済む。
ゴブリン達は、気合を入れるように太鼓やラッパを鳴らす。
軍楽隊のつもりで、ゴブリン族の音楽は元々陽気でリズミカルだが、今はちょっとリズムが速い。
「緊張してるのかな?」
またアドラーが聞いた。
「心配されるな。獅子に率いられれば、羊とて猛獣に変わると言う」
ダルタスは、アドラーとゴブリンの防御線の真ん中に立つ。
並んだ槍の間から、アーネストが顔を出した。
「アドラー団長、私が見届けます! 信じてますよ!?」
本当に信用してればそんな事は言わないが、月刊冒険者の記者は、メモを片手に前線にやって来た。
マガリャネスは、丘を回って後ろを突くといった戦術は取らなかった。
もしそうすれば、ブランカに撃ってよしの許可を出していたが。
一人の騎士が、隊列から離れ出てきた。
「デトロサ伯国の騎士、ロドリーゴ。勇敢な冒険者に一手、申し込みたい」
「ライデンのアドラーだ。そのままこい」
最初からそのつもりか独断か、数で押しつぶす前に一騎打ちとなった。
「では!」
特に複雑な儀礼もなく、ロドリーゴは馬の腹を蹴った。
素晴らしく強く鍛えた騎士だと、誰が見ても分かる。
足だけで体を支えるロドリーゴは、バランスを崩さずに真っ直ぐにアドラーへ突き進む。
「両手が……使えるのか」
アドラーは距離が詰まるのを待つ。
通常、騎兵は右手側が攻撃範囲。
それを知る者は左手側に回り込もうとするが、ロドリーゴはその動きを待っている。
もちろん右手側に現れても、この騎士の槍は正確にアドラーの胸を狙う。
突進する馬を避け、左右どちらに動いても逃げ場はなく、正面にいれば馬鎧に弾き飛ばされる。
だがアドラーはぎりぎりまで動かず、槍を繰り出すために僅かに方向を変えたロドリーゴに付いていく動きをした。
「おおおっ!?」
ゴブリンから驚きの声が上がる。
槍の間合いの内側に入ったアドラーの刀は、騎士の腰の少し上を切り裂く。
勢いのまま十数歩走った馬から、二つになったロドリーゴが乾いた大地に落ちた。
「信じられん」「鎧ごとだと……」と、騎士達も初めて見る光景に目を疑う。
「一つ!」
何を切り捨てたか振り払うように声を出したアドラーに向けて、マガリャネスが攻撃命令を出した。
数騎ずつの縦隊二列が同時に襲いかかり、すれ違いざまに繰り出す攻撃は馬の重さと速さが乗り、かすめるだけで致命傷の威力がある。
マガリャネスは、その槍を二十本用意していた。
後に、双ヶ丘の殲滅戦と呼ばれる戦いが始まった――。
0
お気に入りに追加
655
あなたにおすすめの小説
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる