129 / 214
第七章
129
しおりを挟むゴブリン族が住むゴブ砂漠から、南へ下るとデトロサ伯爵領。
ド田舎のド辺境もいいところで、明確な国境線などないが、南北へ伸びる街道が一本通っている。
砂漠を超えてしばらく行くと、小規模な検問所といった建物があった。
アドラー達七人とロバのドリーは、そこで呼び止められる。
「何処から来た? いや方角でなく出身な」
二十人程が詰める検問所から、兵士が数人出てくるだけ。
アドラーは、ライデン市の冒険者ギルド本部が発行した書類を出す。
確認されてる間に、一人の兵士がミュスレアに目をつける、兵の質は余り良くない。
「うおっ!? 上玉のべっぴんだな、俺らと良い事しない?」
いささか古い台詞で声をかけた兵士が、ミュスレアに殴られる前に別の兵士が止めた。
「やめろ、こっちを見ろ!」
止めた兵士が、ドリーの引く荷車を指す。
「げっ!? こりゃまた失礼しました……」
荷台に載せた巨大なバジリスクの頭骨を見て、兵士が引っ込む。
「今回の獲物だ。売ろうと思ってね」
アドラーは、大物を退治して戦利品を売りに来た冒険者ギルドを装っていた。
「ライデンの者か。人数も七人だ、問題ない通ってくれ」
冒険者で有名なライデン市のギルドとあって、通行はすんなり許された。
アドラーとダルタス、ミュスレアとリューリアが荷車の左右を歩き、残りの三人は荷台で頭骨を支える。
検問所が見えなくなってから、荷台の一人がフードをとった。
「ふぅ、緊張したです!」
七人目は、クルケットだった。
勇敢なゴブリン少女は、来てもらったからには危険な任務も同行すると主張した。
「クルが一緒にいれば、ゴブリン族もよく話を聞いてくれるです……」という主張は、一理あった。
だが当然ながら、アドラーは断固拒否。
一時間に渡ってクルケットを説得したが、最終的に受け入れた。
理由は幾つかある。
ゴブリン族に「一緒に逃げよう」と言って信用されるかが一つ。
次の理由が、キャルルやミュスレア、それにブランカも戦いから遠ざけておきたいから。
三人共が、アドラーと一緒に戦いたがる、相手が人でもだ。
それをクルケット護衛の名目で後ろに回したい。
ついでに”太陽を掴む鷲”の七人目になってもらった。
「クルケット、よく頑張ったな。お陰でバレずに済んだ」
アドラーが褒めると、一番小さな少女は大きな笑顔を見せる。
「えらいえらい」と、ブランカが頭を撫でると嬉しそう。
ブランカは、自分が褒められるのが好きなので、他人も同じ様に褒めようとする。
ただし年頃のキャルルだけは、女の子に褒められるのを嫌うが。
「さてと、無事に入り込んだことだし。あとはマレフィカとバスティだな」
デトロサ伯爵領は、辺境の鎮守を担う諸侯で、国土はレオン王国の実に四割を占める。
ただし人口で言えば二割、軍事力では三割といったところだが、王家に次ぐ大諸侯であることに違いない。
優秀な受付嬢テレーザから受け取った情報は更に詳細。
デトロサ伯とレオン王家は、縁戚であるが非常に仲が悪い。
原因は跡目争い。
現在のレオン王は、先王に二人いた王女の孫で、長女の息子が王位を継いだ。
そしてデトロサ伯フェリペは、次女の方を娶って公子もいる。
王の父になり損ねたデトロサ伯フェリペは、現王に非常に不満がある、との噂をアドラーは利用する。
「激しい戦いは、レオン王家とデトロサ伯でやってもらう。その隙にゴブリンを連れて逃げ出す!」
これがアドラーの立てた作戦の本線。
まだまだ軍隊同士の決戦が主流の世界で、アドラーは情報戦を仕掛ける。
もちろん準備は怠らない。
「と言う訳だ。マレフィカ、バスティ、頼んだよ」
「猫使いの荒いご主人さまだにゃあ」
黒猫は面倒だと言いいながらも、魔女のほうきに飛び乗る。
ほうきの行く先は、デトロサ伯フェリペの本城で、傭兵団を率いたギムレットも向かう先。
そこでギムレットが「王家に雇われたかもしれない連中の邪魔が入りました」と報告すれば、一触即発の事態へ様変わり。
例えデトロサ伯フェリペが、自重して戦争の準備をしなくとも、アドラーはそこにも火を付ける。
報告を聞いたデトロサ伯フェリペは、王家に対する不満や文句、更には二千五百の兵と八百の傭兵に用心や行動の指示を出す。
「それをバスティが映像と音声で記録して、マレフィカが編集してレオン王家に流す。フェリペはどうあがいても、反逆者となるわけだ」
「うわー捏造だー」と、マレフィカでも思いつかない悪逆非道の手段。
「まあ心配するな。派手な内戦にならないように、デトロサ伯の戦力は俺とダルタスが削る。傭兵団は、ギムレットが説得して離脱させる。万全だろ?」
バスティの首輪に付けた水晶球は、アドラーがアイデアを出して短時間の録画と録音までこなすように改造されていた。
動く証拠を見せられたレオン王家は、動かざるを得ない。
あとはフェリペが断頭台に送られた後で考える。
アドラーは、フェリペを倒すだけなら単身で城に乗り込んで首を落とす、それが一番早いと分かっていたが、ゴブリン達の安全も買う必要があった。
武力を見せつけて砂漠は恐ろしいと思わせる、レオン王国を内戦でがたがたにしてゴブリンに手を出せなくする、城に忍び込んで直接脅す。
幾つか候補があったが、一番穏当な方法を選んだつもり。
デトロサ伯の兵士は百人単位で死ぬだろうが、自業自得だとアドラーは切り捨てた。
伯国の兵士も、ゴブリン狩りに参加して労役を監視している。
十を超える村から集められた男のゴブリンは一千以上で、取り残された女子供と合わせて既に多くが死んだ。
「因果応報というわけでもないが……自分たちも狩られる側になれば良い。まずは、ゴブリン族の強制収容所で一番大きなところから叩く。鉱山に設置された所だ。あとは彼らを守り、次々と解放しながら北へ戻る」
皆に説明したアドラーは、地図の一点を指さした。
ゴブリン族が囚われて酷使される鉱山へは、今宵たどり着く予定だった。
0
お気に入りに追加
655
あなたにおすすめの小説
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜
ree
ファンタジー
古代宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教…人々の信仰により生まれる神々達に見守られる世界《地球》。そんな《地球》で信仰心を欠片も持っていなかなった主人公ー桜田凛。
沢山の深い傷を負い、表情と感情が乏しくならながらも懸命に生きていたが、ある日体調を壊し呆気なく亡くなってしまった。そんな彼女に神は新たな生を与え、異世界《エルムダルム》に転生した。
異世界《エルムダルム》は地球と違い、神の存在が当たり前の世界だった。一抹の不安を抱えながらもリーンとして生きていく中でその世界の個性豊かな人々との出会いや大きな事件を解決していく中で失いかけていた心を取り戻していくまでのお話。
新たな人生は、人生ではなく神生!?
チートな能力で愛が満ち溢れた生活!
新たな神生は素敵な物語の始まり。
小説家になろう。にも掲載しております。
神の血を引く姫を拾ったので子供に世界を救ってもらいます~戦闘力『5』から始める魔王退治
六倍酢
ファンタジー
116人の冒険者が魔王城に挑んで、戻って来たのは2人。
”生還者”のユークは、幸運を噛みしめる間もなく強制的に旅立つ。
魔王に出会った経験と、そこで目覚めた能力で、これから戦乱に落ちる世界で一足先に成長を始める。
人類が脅威に気付いた時、ユークは対魔物に特化した冒険者になっていた。
さらに、『もし、国を救って下されば。あなたの子を産みます。ぽっ』
この口約束で、ユークは一層の進化を遂げる。
※ トップはヒロインイメージ 『長い髪を結った飾り気のない少女』
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる