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第七章

ゴブリン大脱走

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「濡れシャツ!?」

 濡れた体に上着を羽織って飛び出たアドラーを見て、マレフィカが歓喜の声をあげた。

「いやー団長、わたしはそういうのは好み、特にそのまま屈強な男達に無理やりと言うのが大好物だが、それで戦いに出たら駄目だろー」

 マレフィカは自分の趣味を暴露しながら、ならず者の集団はまだ距離があると伝えた。

「うん? そうだな、このままだと舐められるな」
「男に舐められる団長も悪くない」

 砂漠の暑さのせいか、ゴーレムを二十五体も操る疲れのせいか、森の魔女は暴走気味。

「マレフィカ、駄目だよ。リューリアをそっちの世界に引きずりこんだら」

 着替え終わったアドラーが釘を刺す。
 最近のリューリアは、魔女から借りた耽美系の本をこっそり読んでいた。

「あの子は王子と騎士が好きみたいでー。わたしだって語り合える仲間が欲しいのさー。強要はしてないぞ? 乙女なら誰でも通る道だ」

 マレフィカに悪びれる様子はまったくない。

 魔法担当の二人は、ペアで動くことが多い。
 絶大な魔力と知識を持つマレフィカは、リューリアにとって良い師匠。

 キャルルはアドラーとダルタスに戦い方を習い、ブランカはミュスレアに剣の使い方を教わる。

 小さなギルドはバランスがよく取れていた。

「さて、団長どうする? 奴らは直接乗り込まずに二つに別れたぞ」

 マレフィカはゴーレムの目を通じて、二百ほどの集団の動きを見ていた。

 村の周囲には、空堀を作り土を盛り上げ、さらにバジリスクの骨で防御柵を構えてある。
 いきなり様相が変わったゴブリン村に、狩りに来た連中は警戒をしていた。

 アドラーも村の中から様子を伺う。

「正面に残ったのは約百二十、雑で統率の欠片もない。裏に回ったのが八十、こっちは命令が行き届いてる感じがあるな。まともな指揮官がいるのか?」

 ゴブリン狩りに雇われる連中など、山賊とほぼ変わらない。
 十人も斬り倒せば算を乱して逃げ出すはずだが、指揮が執れていると困る。

「さすがに二百も殺すのは……」
 アドラーは、団の魔術顧問で参謀役のマレフィカにいった。

「わたしの魔法で追い払うか? それともゴーレムで通せんぼ」

 守りを固めた村に魔術師が居るとなると、退却する可能性は高い。
 だが更に増えてやってくるかも知れない。

「いや、俺が出よう」
 アドラーは、自分が姿を見せると決めた。

「奴らは、無抵抗のゴブリンを狩る為に雇われそれに慣れている。武装したヒトの男が相手にいるだけで、引き上げる可能性はある」

「よーし、じゃあ行くか!」
 隣にいたミュスレアが腕まくりをして張り切る。

「いやそれはどうかなー」
「いやいや、駄目だって」

 マレフィカもアドラーも当然止める。

 日焼けが進み、すっかりダークエルフの色っぽいお姉さんになったミュスレアを見せるなど論外。
 敵のやる気に業火をつけてしまう。

「キャルもリューもブランカもマレフィカも駄目! そもそも俺達の正体はバレないのが前提だ。ライデンの冒険者ギルドと知れたら問題も多い」

 エルフの少年少女に白い尻尾の竜が居る集団など、この大陸に一つしかない。

「なら俺はどうだ?」

 ダルタスがターバンを巻いた自分の頭を指さした。
 多少はオークらしさが薄れたが、巨大な体はまったく隠せない。

「うーむ……まあ良いか。ダルタスは抑止力になる。にしても似合うな、俺も真似するか」

 アドラーとダルタスが、頭にターバンを巻いて変装することにした。
 肌も黒く焼けていて、知り合いでもひと目では気付かないはず。

 準備を整えたアドラーの所へ、クルケットが長老の手を引いてやってきた。

「団長さま! ババさまがお話があるです!」
「やあ長老さま。良かった、歩けるようになったのですね」

 アドラーは心から喜ぶ。

 十数人居た長老の幾人かは、村へ戻った時に満足して息を引き取った。
 気力だけで支えて来たのだろう、誰もがアドラー達に感謝して穏やかに旅立った。

 残った長老達は、女子供に知恵を授ける為に頑張って生きている。
 長老は両手でアドラーの手をとって静かにいった。

「アドラーさま。バジリスクを倒していただき、わたしらはもう充分満足しております。あの者共の言い分に従えば、命までは取られませぬ。アドラーさまが、同胞と戦われることはありません」

 長い絶食で視力を失った長老の目は、アドラー達を思いやっていた。
 強いヒト族の軍勢と戦えばアドラー達でもただでは済まない、それ以上に同族同士での戦いなど避けてくだされと、ゴブリンの長は心を込めて告げる。

 だが、これでアドラー決心は固まった。

「長老さま、わたしにとってヒトもエルフもオークもゴブリンも、ついでにドラゴンも変わりありません。わたしは必要とされる時に、弱いものを守ります。ご安心下さい、村の前に墓穴を並べるような真似はしませんから」

 長老は閉じていた目を開いて驚く。
 ヒト族がそのような事を言うなど、常識ではあり得なかった。

 アドラーは、虐待される猫を救ってこの世界に来た。
 ”猫と冒険の女神”は、拾い上げた男に惜しみなく力を与えた理由はただ一つ、守る力に強すぎるということはないから。

 アドラーは女神の期待を裏切らない。

「で、ですが、相手は二百とも聞きました。どうかご自愛くださいまし……」
「大丈夫です。わたしにとってこの程度、何でもありませんよ」

 アドラーは小柄な老婆をそっと抱きしめる。
 ゴブリン族の子供のような手が、確かめるようにアドラーに触れた。

 そして、団長の命令が飛ぶ。

「ダルタス!」
「はっ!」

「聞いたな? 皆殺しは無しだ」
「承知」

「交渉が不首尾ならば二人でやる。砂漠を超えて戻れるくらいは残してやれ。後を追って敵の本拠地を突き止める、いくぞ!」

「ありがたく!」
 ダルタスは、団長に二人でやるぞと指名された事が心の底から嬉しかった。
 南の極圏で巨大なオリファントを追っていた時とも違う興奮が内底から溢れ出る。

「いかんいかん、これではやり過ぎてしまう」

 オークの勇士は、わざと声に出して自分を落ち着かせた。
 己の役目は団長の側に立ち、なるべく手加減して蹴散らすことだと確認する。

 残りの五人は、出ていく二人を見送る。

「ちぇっ、もう少し大きければボクだって」
 頼もしい事をいったキャルルの頭を、ミュスレアが自分の胸に抱き寄せる。

「い、痛いよねえちゃん! 潰れる!」

 姉の抱擁から逃げ出した弟は長い経験から気付く、強く優しい姉が今にも飛び出してアドラーと共に戦いたがってる事に。

「あー、ごめんごめん。さってと、何処かに顔を隠すものがなかったかなー」

 キャルルに適当に謝ったミュスレアは、正体を隠す仮面を探しに宿舎に入っていった……。
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