126 / 214
第七章
ゴブリン大脱走
しおりを挟む「濡れシャツ!?」
濡れた体に上着を羽織って飛び出たアドラーを見て、マレフィカが歓喜の声をあげた。
「いやー団長、わたしはそういうのは好み、特にそのまま屈強な男達に無理やりと言うのが大好物だが、それで戦いに出たら駄目だろー」
マレフィカは自分の趣味を暴露しながら、ならず者の集団はまだ距離があると伝えた。
「うん? そうだな、このままだと舐められるな」
「男に舐められる団長も悪くない」
砂漠の暑さのせいか、ゴーレムを二十五体も操る疲れのせいか、森の魔女は暴走気味。
「マレフィカ、駄目だよ。リューリアをそっちの世界に引きずりこんだら」
着替え終わったアドラーが釘を刺す。
最近のリューリアは、魔女から借りた耽美系の本をこっそり読んでいた。
「あの子は王子と騎士が好きみたいでー。わたしだって語り合える仲間が欲しいのさー。強要はしてないぞ? 乙女なら誰でも通る道だ」
マレフィカに悪びれる様子はまったくない。
魔法担当の二人は、ペアで動くことが多い。
絶大な魔力と知識を持つマレフィカは、リューリアにとって良い師匠。
キャルルはアドラーとダルタスに戦い方を習い、ブランカはミュスレアに剣の使い方を教わる。
小さなギルドはバランスがよく取れていた。
「さて、団長どうする? 奴らは直接乗り込まずに二つに別れたぞ」
マレフィカはゴーレムの目を通じて、二百ほどの集団の動きを見ていた。
村の周囲には、空堀を作り土を盛り上げ、さらにバジリスクの骨で防御柵を構えてある。
いきなり様相が変わったゴブリン村に、狩りに来た連中は警戒をしていた。
アドラーも村の中から様子を伺う。
「正面に残ったのは約百二十、雑で統率の欠片もない。裏に回ったのが八十、こっちは命令が行き届いてる感じがあるな。まともな指揮官がいるのか?」
ゴブリン狩りに雇われる連中など、山賊とほぼ変わらない。
十人も斬り倒せば算を乱して逃げ出すはずだが、指揮が執れていると困る。
「さすがに二百も殺すのは……」
アドラーは、団の魔術顧問で参謀役のマレフィカにいった。
「わたしの魔法で追い払うか? それともゴーレムで通せんぼ」
守りを固めた村に魔術師が居るとなると、退却する可能性は高い。
だが更に増えてやってくるかも知れない。
「いや、俺が出よう」
アドラーは、自分が姿を見せると決めた。
「奴らは、無抵抗のゴブリンを狩る為に雇われそれに慣れている。武装したヒトの男が相手にいるだけで、引き上げる可能性はある」
「よーし、じゃあ行くか!」
隣にいたミュスレアが腕まくりをして張り切る。
「いやそれはどうかなー」
「いやいや、駄目だって」
マレフィカもアドラーも当然止める。
日焼けが進み、すっかりダークエルフの色っぽいお姉さんになったミュスレアを見せるなど論外。
敵のやる気に業火をつけてしまう。
「キャルもリューもブランカもマレフィカも駄目! そもそも俺達の正体はバレないのが前提だ。ライデンの冒険者ギルドと知れたら問題も多い」
エルフの少年少女に白い尻尾の竜が居る集団など、この大陸に一つしかない。
「なら俺はどうだ?」
ダルタスがターバンを巻いた自分の頭を指さした。
多少はオークらしさが薄れたが、巨大な体はまったく隠せない。
「うーむ……まあ良いか。ダルタスは抑止力になる。にしても似合うな、俺も真似するか」
アドラーとダルタスが、頭にターバンを巻いて変装することにした。
肌も黒く焼けていて、知り合いでもひと目では気付かないはず。
準備を整えたアドラーの所へ、クルケットが長老の手を引いてやってきた。
「団長さま! ババさまがお話があるです!」
「やあ長老さま。良かった、歩けるようになったのですね」
アドラーは心から喜ぶ。
十数人居た長老の幾人かは、村へ戻った時に満足して息を引き取った。
気力だけで支えて来たのだろう、誰もがアドラー達に感謝して穏やかに旅立った。
残った長老達は、女子供に知恵を授ける為に頑張って生きている。
長老は両手でアドラーの手をとって静かにいった。
「アドラーさま。バジリスクを倒していただき、わたしらはもう充分満足しております。あの者共の言い分に従えば、命までは取られませぬ。アドラーさまが、同胞と戦われることはありません」
長い絶食で視力を失った長老の目は、アドラー達を思いやっていた。
強いヒト族の軍勢と戦えばアドラー達でもただでは済まない、それ以上に同族同士での戦いなど避けてくだされと、ゴブリンの長は心を込めて告げる。
だが、これでアドラー決心は固まった。
「長老さま、わたしにとってヒトもエルフもオークもゴブリンも、ついでにドラゴンも変わりありません。わたしは必要とされる時に、弱いものを守ります。ご安心下さい、村の前に墓穴を並べるような真似はしませんから」
長老は閉じていた目を開いて驚く。
ヒト族がそのような事を言うなど、常識ではあり得なかった。
アドラーは、虐待される猫を救ってこの世界に来た。
”猫と冒険の女神”は、拾い上げた男に惜しみなく力を与えた理由はただ一つ、守る力に強すぎるということはないから。
アドラーは女神の期待を裏切らない。
「で、ですが、相手は二百とも聞きました。どうかご自愛くださいまし……」
「大丈夫です。わたしにとってこの程度、何でもありませんよ」
アドラーは小柄な老婆をそっと抱きしめる。
ゴブリン族の子供のような手が、確かめるようにアドラーに触れた。
そして、団長の命令が飛ぶ。
「ダルタス!」
「はっ!」
「聞いたな? 皆殺しは無しだ」
「承知」
「交渉が不首尾ならば二人でやる。砂漠を超えて戻れるくらいは残してやれ。後を追って敵の本拠地を突き止める、いくぞ!」
「ありがたく!」
ダルタスは、団長に二人でやるぞと指名された事が心の底から嬉しかった。
南の極圏で巨大なオリファントを追っていた時とも違う興奮が内底から溢れ出る。
「いかんいかん、これではやり過ぎてしまう」
オークの勇士は、わざと声に出して自分を落ち着かせた。
己の役目は団長の側に立ち、なるべく手加減して蹴散らすことだと確認する。
残りの五人は、出ていく二人を見送る。
「ちぇっ、もう少し大きければボクだって」
頼もしい事をいったキャルルの頭を、ミュスレアが自分の胸に抱き寄せる。
「い、痛いよねえちゃん! 潰れる!」
姉の抱擁から逃げ出した弟は長い経験から気付く、強く優しい姉が今にも飛び出してアドラーと共に戦いたがってる事に。
「あー、ごめんごめん。さってと、何処かに顔を隠すものがなかったかなー」
キャルルに適当に謝ったミュスレアは、正体を隠す仮面を探しに宿舎に入っていった……。
0
お気に入りに追加
655
あなたにおすすめの小説
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜
ree
ファンタジー
古代宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教…人々の信仰により生まれる神々達に見守られる世界《地球》。そんな《地球》で信仰心を欠片も持っていなかなった主人公ー桜田凛。
沢山の深い傷を負い、表情と感情が乏しくならながらも懸命に生きていたが、ある日体調を壊し呆気なく亡くなってしまった。そんな彼女に神は新たな生を与え、異世界《エルムダルム》に転生した。
異世界《エルムダルム》は地球と違い、神の存在が当たり前の世界だった。一抹の不安を抱えながらもリーンとして生きていく中でその世界の個性豊かな人々との出会いや大きな事件を解決していく中で失いかけていた心を取り戻していくまでのお話。
新たな人生は、人生ではなく神生!?
チートな能力で愛が満ち溢れた生活!
新たな神生は素敵な物語の始まり。
小説家になろう。にも掲載しております。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる