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第七章

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 木造りの低い家が百ばかりあり、中央は集会や祭りの広場。
 集落を低い柵で囲い、そこにアカシアの棘だらけの枝を刺す。

 雨への配慮がほとんど要らない、典型的な乾燥地帯の村。

「酷い。これではもう……」
 リューリアが服の端を掴んでアドラーを見上げる。

 並の猛獣なら防げる柵も派手に壊され、家々は割られたくるみの様に天井が破られている。
 巨大な魔物が、エサを探して一軒一軒を覗き込んで回ったのだ。

「大丈夫です! 安全になればまた戻るです!」

 村に戻るのか、家々を元に直すのか、恐らくは両方の意味でクルケットは言い切った。
 気丈なゴブリン少女の頭に手を置いて、アドラーも断言した。

「村を襲った魔物を探して討伐する。まだ足跡が残ってるな。マレフィカ、バスティを連れて上から画像を撮ってくれ」

 アドラー隊に特徴があるといえば、エルフの魔法をパクった航空偵察。
 普通の魔術師では、マレフィカのようには自在に飛んだり出来ない。

「大きい足跡に中くらいのに小さいの、かなり数がいるな。あとこっちへ伸びる足跡が沢山あるけど……」

「ああ……こっちは、ゴブリンの避難した方です……」

 画像を見ていたクルケットが、ぎゅっと目をつむる。
 団員たちが思わず息を飲む中で、巨大なオークが小さなゴブリンをひょいっと担ぎあげた。

「心配するなあ、俺の団長が直ぐに倒してくれるぞー!」
 ダルタスの大きな声で、皆が我に返る。

「こんな敵地の真ん中で大声出すなんて、これだからオークは!」
 ミュスレアが分かりやすく悪態をつく。

「わははっ! すまんすまん。さて、団長」

「そうだな、先に村のみんなを確かめに行かないとな。この地で何世代も生きてきたんだ、そう簡単にやられたりはしない」

 クルケットは、オークの肩の上で大きく頷いた。

「はい、団長さま。わたしが案内するです」

 アドラーは、ゴブリン族のことも知っている。
 クルケットを安心させる為だけに言ったのではない。
 
 小型で弱い種族なのは確かだが、天敵を避ける目と耳、穴掘りの上手い広めの手足。
 一族の結束は固く、働き者で粘り強い。
 スカウトやギャザーといった役割にはぴったりなのだ。

 それでもアドラーは不安だった。
 アドラーから見れば、クルケットは耳が横に尖った幼い少女。

 もし彼女に待ち受ける運命が、村の男どもがヒトにさらわれ、女子供では手に負えない魔物が出現し、噂を頼りに二ヶ月もかけて見知らぬ土地へ旅をし、ようやく戻ってきたら故郷は全滅。

「もしそうなったら……なんて慰めてよいものか」

 ひ弱なクルケットは泣くしかない。
 例えアドラーが、ゴブリンを狩った連中と魔物を皆殺しにしても、この子は少しも喜ばないであろう。

 不安に押し潰されそうなクルケットが、わざと明るく振る舞っているのは、全員に伝わる。

 気を使ったキャルルがあれこれと話しかけ、オークの肩の上でクルケットが真っ赤になって照れる。

 そんな事を繰り返しながら、アドラー達は、ゴブリン族が逃げ込んだ砂岩で出来た山が見える位置まで来た。

 日は沈んで、紫になった空に岩山だけが黒くポツンと浮かぶ。

 ダルタスの肩の上、一番高い場所にいたクルケットが、自分の三倍はあるオークの頭にしがみついて、言った。

「明かりが、火の明かりが見える……です。みんな、生きてるです……」

 全員の目が、クルケットを見た。
 小さなゴブリンは、ぼろぼろと涙を零してオークの頭を濡らしていた。

 砂漠で思わぬ雨に降られたダルタスが言った。
「うむ、もう大丈夫だ。そなたの勇気は報われるぞ」

「あとはお姉ちゃん達に任せて」
「クルケット、良かったわね」
「良かったな、チビ助」
「よかったにゃ!」

 三姉弟にバスティが口々に声をかける。
 ブランカはぴょんぴょん飛び跳ねてクルケットを撫でて、マレフィカは既に貰い泣き。

「急いで行きましょ!」とリューリアが走り出したが、アドラーが両手で捕まえて持ち上げる。

「……なあに? アドラーお兄ちゃん、抱っこしてくれるの?」

 普段はレディー扱いを要求するが、リューリアは時々甘えたことを言ってアドラーを困らせる。

「違う違う! 飛び出すには、まだ早い。砂漠の魔物を甘くみては駄目だ」
 砂漠の魔物が賢く強いのは、冒険者にとっては常識。

 リューリアを荷車の近くに置いて、それぞれの部署を指示する。
 ロバのドリーの周りに、キャルルとクルケット。

 荷車の上にはマレフィカを立たせ、ダルタスとミュスレアで守り、アドラーとブランカが先頭。

「足跡から見るに、バジリスクと呼ばれるトカゲの化け物だ。こいつらはしつこい。エサが出てくるまで、砂に潜って何ヶ月でも待ち伏せる」

 アドラーは、クルケットを見て泣きそうになったが、油断はしていなかった。
 バジリスクほどのモンスターが、エサの集まった岩山を放置するはずがない。

「だんちょー、ほんとにいるぞ! すごいな、あたしより早く見つけるなんて!」
 じっくり進んだ一行で、ブランカが最初に敵を確認した。

「見つけたわけじゃないよ。まあ生態に関する知識ってやつだ」
 アドラーも少し鼻が高い。

 砂岩で出来た岩山は、急な斜面で脆い。
 これがゴブリンを大型の魔物から守ってくれたようだ。

「二匹……かな?」
 砂に潜って擬態したバジリスクオオトカゲを、アドラーもようやく確認する。

「ブランカはあっち。俺がこっち。目の下の毒腺から、強い麻痺毒を飛ばす。それだけは気をつけるように」

 バジリスクは、睨んで石化といった常識外れの魔物ではない。

 だが即効性のある麻痺と、捕食に最適化された強く速い手足と尻尾。
 何ヶ月もエサを取らずに待ち伏せる体力と知能。

 砂漠では最も厄介な魔物の一種。

「あたしを獲物にしようとは、馬鹿なやつめ」
 だが、全種族の頂点に立つドラゴンの王女が怖れるほどではない。

 当然ながら、アドラー達にとっくに気づいていたバジリスクは、狩猟本能を優先させた。

 アドラーから二十歩ほど先で、砂が割れて黃茶色の物体が飛び出す。
 バジリスクにとっては一動作で済む、回避不能の奇襲攻撃。

 鋭い牙から逃げても、もっと致命的な前足の爪、その後ろには馬の背骨さえ砕く尻尾。

 三段階の攻撃を避ける素早い相手であっても、舞い上がった砂塵の中でバジリスクは獲物の熱を感知出来る。
 即効性のある麻痺毒を吹きかけ、動きを止めて仕留めることが出来る。

 アドラーを襲ったバジリスクは、そうやって五十年以上もエサを取ってきた。
 そして魔物と呼ばれるほど大きく賢くなり、遂には同種族の中で最も優れた個体に出会い服従している。

 ただし見つけた獲物は早い者勝ち。
 ただ本能のままに痩せた二足の動物を胃袋に収めるつもりであった――。

「これまた育ってるなあ。来て、良かった」
 アドラーは飛びかかってくるバジリスクを確認する。

 ライデンの冒険者ギルドでも苦戦しかねない大物。
 しかしアドラーは、体を斜めにして沈み込ませただけだった。

 下顎に合わせた竜の牙刀が、そのまま体を真っ二つに裂く。
 長い前足が続けてアドラーを襲ったが、全開に強化した防御力は、小さなバックラーでやすやすと防ぐ。

「おっと、危ない」
 最後に、暴れる尻尾を飛び下がって避けた。

 首の下まで切り開かれたバジリスクはなおも生きていたが、アドラーは次の一刀で巨大な頭を落とす。

 バジリスクの跳躍から、五秒も経っていなかった。
 遅れること三秒ほど、ブランカも止めを刺す。

 アドラーからの特殊強化を受けた竜の子に、勝てる魔物などまず存在しない。

「アドラー! 右!」
 十歩ほど後ろにいたミュスレアが叫んだ。

 もう一匹いたバジリスクが、岩山を回り込んで走ってくる。
 仲間を助けに来たわけではない、目標は真っ直ぐに一番美味しそうなロバのドリー。

「どーん!」
 マレフィカの苦手な攻撃魔法が炸裂した。
 十メートルほどあるオオトカゲを、高さ三十メートルはある火柱が包み込む。

「もう、マレちゃんたら馬鹿ね。暴れて火が散るでしょ!」
 大暴れするバジリスクに向けて、ミュスレアが槍を投げた。

 ミスリル製の槍は、顎の下から入り頭蓋まで突き抜ける。

 まだ、警戒態勢は解かない。
 アドラーもダルタスもミュスレアも、歴戦といって良い戦士。

 慎重に見定める中、岩山の上が騒がしくなった。
 ゴブリン達の小さな顔が幾つものぞき、その中の一つが叫んだ。

「ク、クルケット!!?」
「あ、お母ちゃん!!」

 クルケットが、避難所の岩山に向けて叫び返した。

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