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第七章
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しおりを挟むギルドの面々は、旅の準備は慣れたもの。
最初は着替えの枚数を気にしていたリューリアも、今では毛布一枚あれば何日でも何処でも寝れると豪語する。
「と言っても、不潔に慣れたわけではないのよ」と、リューリアは石鹸も荷物に詰める。
魔物や獣を追う段階になれば、強い香りが着くものはご法度になるが、一応持っていくのが乙女の最低ライン。
男の冒険者同士では、何日も体を洗っていないが定番の挨拶だが、女冒険者に臭いの話は厳禁。
ライデン市でも、毎年数人はこの決まりを破ってギルドをクビになる。
クルケットは、ほとんど荷物もなくやって来た。
ほぼ手ぶらで避難所を抜け出し、リザード族に合流して沼地を超え、ライデン市へ続く道を歩き通した。
アドラーでも驚嘆するほどの、精神力とサバイバル能力だった。
「クルケット、これをあげる。背負ってみて」
アドラーが小さなリュックを差し出す。
「いいのですか!? 嬉しいです!」
小さなゴブリンが大きく喜んだ。
貰ったことよりも、これで役に立てる方が嬉しいのだと、アドラーには分かる。
ゴブリン族は、とても働き者だ。
男も女もせっせと働き、体を動かしてないと病気になると言われるほど。
ちなみに、エルフは男も女も森の怠け者が定説。
オークの女はよく働くが、オスは戦いが仕事だといっては働かない。
寿命が長くても、超越した魔法文明を築けないのはここらへんが原因。
「何でも持ちます! 荷物をください!」
クルケットが皆のところを回って、自分の荷物を集める。
ミュスレアが毛布を一つリュックに押し込み、リューリアはお古の服を何着かプレゼントした。
キャルルは、重い油壺とランプを持ち比べて、軽いランプをクルケットの背に突っ込んだ。
アドラーも、ゴブリン少女に幾つか渡す。
「クルケット、これも渡しておこう。ナイフだ、けど戦おうとはしないように。これは笛、危ない時はこれを吹くこと。そして煙玉、叩きつければ視界を奪える」
「ありがとうございます! 団長さま!」
勢いよく頭を下げたクルケットのリュックから、せっかく集めた荷物が全て飛び出した。
団のみんなで笑ってから、もう一度詰めてやる。
”太陽を掴む鷲”の面々には、怪我人も病人もない。
気力体力ともに充実して、戦力的にはピークを迎えていた。
しかし油断もなく、あるのは団長と仲間達への絶対の信頼。
アドラーは、全員の情報共有を重視する。
「砂漠の魔物を退治した後に、デトロサ伯爵領へと踏む込む。捕まったゴブリン達を確認して、必要とあれば解放する。もし軍と戦うことに事になっても引かない。戦争は、俺とダルタスがやる。他の者は、脱走の護衛のみ。異議は認めない!」
珍しく、アドラーとしては上から言い切った。
「うむ、承知した」
オークの戦士には何の異論もなく、むしろ望んだり叶ったりである。
「わかったわ」と、ミュスレアが答えて話はまとまった。
アドラーとミュスレアが同意すれば、ブランカもキャルルも文句を言わない。
そして、アドラーが自分から攻撃を仕掛けると宣言するのは初めてだった。
全員が、これまでとは違う冒険になると思っていた。
――翌朝。
朝の市場で足りない物を買って回る。
まだ開いてない店もあったが、「すいませーん」とリューリアが声をかけると若者が転がり出てくる。
「早くにごめんなさい。干し肉が欲しいの、売っていただける?」
「リュ、リューリアさん!? も、もちろん! あっ、おまけも付けておくからね!!!」
早朝に押しかけたにもかかわらず、五割増しのおまけが付いてくる。
「え、こんなに? ありがとう、助かるわ!」
にっこり笑ったリューリアに、昨日から店番を始めた若者が溶けそうな顔で手を振る。
「……なあ、アドラー」
「なんでしょう、ミュスレアさん」
「わたしな、この街は長いのだけど、あんな態度取られたことないぞ?」
「……ふ、不思議ですねぇ。何故ですかねえ……」
港には、リヴォニアの商館が準備してくれた船が待つ。
本国との緊急用の連絡船を回してくれた。
黒猫一匹と八人、それとロバのドリーが引く荷車。
エルフにオークにゴブリンまで混じった、交易都市ライデンでも異様な集団だったが、船長は笑いながら乗船を許可する。
「あんたがアドラー団長? 話と噂は聞いてるよ」と。
風の精霊を呼ぶ帆を張った船は、サーレマーレ島まで日が高い内に着く。
次は、レオン王国への乗り継ぎだったが、少し手間取った。
交易船の荷積みは、時間がかかる。
大きな船なら十日以上かかるが、今回はアドラー達の為に荷を一部下ろして余裕を作ってくれる。
アドラーは、交易船の船長に会いにいった。
「すいません」と謝る為に。
日焼けした船長は、アドラーをちらっと見ていった。
「荷は船の平衡をとって積んである。下ろせば良いと言うものではない。出港は明日になる」
ぶっきらぼうな言い方だったが、押しかけたのはアドラー。
もう一度、丁寧に謝った。
船長は、今度はアドラーをしっかりと見て言う。
「……俺も元はこの国の海軍にいた。あんたらを運ぶのに文句はねえ。きちんと送り届けてやる」
海の男は、怖いが優しかった。
その夜は、アドラー達のところへエルマー王子がやって来た。
「話を聞かせてもらおうと思ってね、ギルド会戦の。僕も見に行ったよ、賭けにも勝ったし」
大量の食べ物と一緒にやってきたエルマーは、子供達に大歓迎された。
食事の後、冒険話を肴にアドラーとエルマーは二人で酒を飲んだ。
大いに世話になったので、アドラーは今回の旅の目的を話す。
「ゴブリン族の子供が、こんなところまで一人で助けを求めてか……」
エルマーも、クルケットの行動力に関心する。
「それで、これが今回の報酬です」
アドラーは、黄銅鉱の塊を見せた。
「ははっ、凄いな。これで請け負うのだから流石だなあ。いやー、協力して良かった」
もちろんエルマーにも価値がほとんどないと分かる。
「ところで、リヴォニア国は奴隷を使っていますか?」
アドラーは少し踏み込んだ質問をした。
「いや、全然。もう奴隷ガレー船の時代ではないし、そもそも奴隷は効率が良くない。土地は自由民に与えて耕すほうが良いし、鉱山は魔術師を一人雇えば良い。まあ我が国はミケドニアの構成国だからね。魔法技術を導入する方が安い」
ミケドニアは、魔法の進んだ大国である。
やる気のない奴隷を使い効率が落ち、さらに市民の職が減る方が害がある。
「それは良かった。ちょっと……ひと騒動起きるかも知れないので……」
「ほう、詳しく聞かせてもらおうか。その前に」
エルマー王子は、鈴を鳴らして侍従を呼び酒瓶を追加した。
「うー。頭が痛い」
翌日、アドラーは二日酔いと船酔いに悩まされる。
マレフィカの魔法に酔いを防ぐものがあるのだが、ミュスレアが使用を禁止した。
「朝まで飲むからでしょ!」
怒る長女に、ギルドの全員が賛同する。
しばらく寝込んだアドラー以外、船旅は何の問題も起きなかった。
エルマー王子の命を受けた船長は、レオン王国を通り過ぎて可能な限り北上する。
「やあ、揺れない地面ってのは良いものだな!」
アドラーは、人の勢力圏を通り過ぎ、ゴブリンの大地へと降り立った。
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