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第六章

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 軍隊の朝は早い。
 冒険者ギルドとは違う。

 軍隊は、給料も安く階級も厳しく一兵卒に出世の機会はない。
 それでも、都市型の冒険者ギルドと、農村の次男三男の受け皿の軍。

 両者は上手く共存していた。

 ミケドニア帝国の皇室はアグリシア家。
 諸侯と都市の集まりである帝国の最大諸侯にして、帝位を世襲化したアグリシア家は、最強の武力も備えている。

 アグリシア家領ダルメシア伯国、君主は皇帝が兼ねる。
 ここに駐屯していたおよそ一千の帝国軍がライデン市に向けて北上していた。

 帝国の仮想敵は、西のアビニシア連邦と南のサイアミーズ王国。
 ライデン市のある北部は手薄で、一千とはいえ大軍である。

 指揮官のダルメシア伯国代官ラドクリフは、張り切っていた。

「進め、進むのだ! 寝坊助な冒険者共に一泡吹かせてやれい!」

 帝国中枢からの直々の命令――とある冒険者を拘束せよであっても――は、出世の機会を伺う官僚に取っては忠誠を示す好機だった。

 命令を受け取った翌朝から強行軍、その翌日も夜明け前から動きだし、グラーフ山のふもとへ到達する。

 もちろん、事情など伝えられぬ兵士の評判は悪い。

「なんで、こんなとこへ?」
「ラ、ライデン市で反乱と聞いたぞ」
「えっ、あそこは凶悪な冒険者の巣窟だって……」
「あーあ、せっかく国境から離れた北部のお勤めだってのに」

 それでも、一兵も脱落することなく辿り着いた彼らの練度は高い。
 ただし実戦経験は一度もなかったが……。


 夜明けの頃合い、アドラー達の寝る天幕に、一人の女性が飛び込んで来た。

 キャルルの枕とブランカの尻尾置きになっているアドラーを見つけた女性は、飛びつくようにして頬を叩いた。

「アドラーさん! 起きて、起きて下さい! 何やったんですか、帝国軍がアドラーさんを出せって来てますよ!?」

「い、痛いぞ、ブランカ……尻尾が当たってる……」
「そんな寝ぼけ方ありますか! 敵襲ですよ、敵襲!」

「敵襲!?」
 アドラーとミュスレアとダルタスが跳ね起きた。

「あれ、テレーザさん? 運営、ご苦労さまです」

 ライデンのギルド本部の受付嬢テレーザは、この大イベントの運営として駆り出されていた。

「こんな朝早くに何よ、テレーザ」
 不機嫌を隠そうともせずに、ミュスレアがずり落ちた肩紐を直しながら聞いた。

 こうやって雑魚寝になるのが小規模ギルドの良いところだが、余りじろじろ見ると叱られるのでアドラーは視線を逸らす。

「もう、いい加減に目を覚ましてください! 先程、帝国軍のダルメシア伯国代官ラドクリフの名前で、アドラーさんを差し出せって言ってきたんです!」

「誰、それ?」
 アドラーはそれだけ言うのが限界だった。

 一方、仲間達の動きは早い。

「ダルタス、外を見て。みんな起きなさい!」
 ミュスレアが一瞬で戦闘態勢に入る。

 ダルタスは斧を片手に天幕から飛び出す。
「うむ、まだ周囲に敵影はないぞ」

「よし、戻って鎧を着て。せっかく、みんな一緒って決まった時に、わたしの団長に手を出すとはいい度胸じゃないの!」

 ミュスレアの沸点は低いが、自分よりも妹弟や仲間に手を出された時に激しく反応する。
 既に帝国軍相手に一戦も辞さずと決めていた。

「ま、待て待て! 何も喧嘩しに来たわけでもないだろ。こんな朝っぱらから……」

「何をいう、団長! 夜討ち朝駆けこそ戦士の本領。油断とはらしくないぞ!」
 ダルタスは、とても嬉しそうに戦闘準備を進める。

「テレーザさん、ラドクリフとやらは他に何か?」
 アドラーもようやく起き出した。

「それが他に何も。アドラーさんを出せの一点張りで」
「ふーん、穏やかじゃないね」

 アドラーは基本的に軽装で、準備も早い。
 革のブーツに動きやすい胸甲と手甲、左手には小さなバックラーを付けるが兜はなし。

 特別な装備は二つ。
 祖竜の牙を仕込んだ刀と、エルフ王から貰った黄金のタリスマン。

 後者は、莫大な魔力と引き換えに攻撃力を増加させる。
 それだけでも強力だが、アドラーはその上に別枠乗算の特殊強化を持つ。

 まだ実戦で使ったことは一度もない。

「キャル、リュー、起きてるかい?」
 大人たちの騒ぎに子供達も起き出した。

「テレーザさん、頼まれてくれないか。キャルルとリューリアとブランカを連れて安全なところへ」

「そ、それは良いけど、アドラーさんは?」
「ちょっと話し合いにね」

 ほぼフル装備のアドラー達は、話を聞くために外へ出た。

 運営の一人が、非常にゆっくりと帝国軍を案内して来る。
 さっさと逃げろとでも言いたげな足取りで、大人しく待つアドラー達を見て軽く天を仰いだ。

 それでもキャルル達を避難させる時間は稼げた。

「ところでさ、アドラーは何をやったのだ?」
 最後から二番目に起きてきたマレフィカが尋ねた。

「たぶん、嘘の報告書がバレたかなあ。謎の古代遺跡に長時間潜って、特に何もなしはまずかったか……」

「あー、あれか。それは仕方ないな」
 マレフィカは納得する。

「それで、蹴散らすのかにゃ?」
 最後に起きてきたバスティが、アドラーの肩によじ登りながら聞く。

「いや、それはまずいだろう」
 幾ら何でも、帝国正規軍を蹴散らすのは問題になる。

 アドラーは、獄中編と脱走編に挑む覚悟を決めた。

「みんなも手出しはしないように。後で話をするってとこで納得してもらう。あっミュスレアさん、ブランカを止めて!」

 近くの天幕へ避難したブランカが、迫り来る千人の兵士に反応し、ドラゴンブレスをぶちかまそうとしていた。

「わたしがやっても良いけど?」
「ぶっそうな事を言わないでください!」

 マレフィカまで乗った。
 この程度の人数、魔女の力なら何とでもなる。

「なら、俺が」
「いいから」

 ダルタスもやる気満々。

 指揮官のラドクリフは知らない。
 捉えよと命じられた男のギルドが、大隊相当にあたる一千の兵士を何度も全滅させる力がある事を。

 しかし幸いな事に、アドラーは平和主義者で帝国史上最悪のお尋ね者になる気はなかった。

「貴様がアドラーか! なるほど、凶悪な面だ」
 馬に乗ったままのラドクリフが、ダルタスを見ていった。

 オークは黙って隣を指さす。

「うん、こっちか? なんだ貧相な奴だな、強そうでもない」

 オーク族でも最上位の戦士の隣に立てば、ヒト族なら誰でも貧弱に見える。
 不条理を感じつつも、アドラーは素直に頷いた。

「大人しく同行すれば良し! でなければ帝国軍の名に置いて実力で拘束する!」

 既に勝利を確信、このまま帝都まで自ら引っ立てて、帝国首脳部の覚えよろしく出世街道をひた走る夢を描くラドクリフは、馬上から偉そうに宣言した。

「その前に、事情をお聞かせ下さい。私めには何が何やら分かりません」

 アドラーは下手に出た。
 団の対抗戦の真っ最中に、団長が離れるなど許されない。

 何としても今日一日、最終日を乗り切りたい。

 だが。
「問答無用だ!」
 ラドクリフに待つ気はなく、指揮棒を振り上げた。
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