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第六章

二つの大陸と二つの文明

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「だんちょー、崩れそう!」
「脆くなってるにゃ!」

 未知の遺跡へ続く通路は、巨大なフェンリルが通ったせいでボロボロだった。

「行ったきり戻れなくなると、困るね」
「困る!」

 ブランカとバスティが、勢いよく同意した。

 少し背が伸びて地上最強に近づいた竜の幼生と、猫と冒険の女神に怖いものなど……なくもない。

 居心地の良い仲間と暖かなベッド、それに美味しい食事は失いたくないと思うに充分。

 ブランカには、生まれ故郷のアドラクティア大陸に戻るという使命はあるが、せいぜい五百年もすれば自力で飛んで行けるのだ。

「あたしの故郷に連れていけ!」と、アドラーに頼んだことなど八割方忘れていた。

「変な感覚だにゃあ」
 バスティがアドラーの肩の上で周囲を見渡す。

 魔物などの気配はないが、ブランカは服の裾を握ってアドラーの後ろについた。
 膨大な力を秘めるとはいえ、まだ守ってもらいたい年頃である。

「離れるなよ?」

「うん!」
「はいにゃ!」

 神と竜と人は、同じ側に並ぶ存在。
 反対側には、巨人族や昆虫型の群生体がある。

 かつては神の敵もあった。
 全てを混沌に統一しようとするモノで、多数で個別に生きようとする神々と争い負けた。

 この世界は、個体が自由に生きる世界を選びつつある。

 三世代同居とも言えるアドラー達が、小走りで進む。
 目的地は、はっきりしている。
 強い魔力の集中する遺跡中央部。

 ブランカにとってアドラーは、祖母の次の保護者で群れのボスの『だんちょー』。

「離れるな」と言われればくっつき、「待て」と言われれば待つ。
 そのブランカが、意識せずに命令を破る。

 大きな空間の床に描かれた複雑な魔法陣。
 そこから溢れ出す懐かしい感じに、思わずアドラーの服から手を離して駆け寄った。

「ブランカっ!?」
 アドラーは驚いたが迷わなかった。

 魅入られた様に離れた竜の子に追いつき、そして庇うように抱き寄せる。
 魔法陣に踏み込んだ瞬間から、強い魔法が起動したのを感じ取っていた。

「だ、だんちょー! ごめんなさい、何故かつい!」
「大丈夫、大丈夫。魔法に抵抗するな、逆らおうとすると酷い目にあうぞ。経験済みだ」

 腕の中にブランカとバスティを抱えて、アドラーは落ち着いて全ての魔法を切る。
 かつて一度だけ経験した長距離転移魔法。

 アドラーには、この魔法に制御しようと介入した時、凄まじい反発力で体を引き裂かれた経験がある。

「今度は無理しない。二人とも、心を落ち着けてしっかり掴まれ」

 ふと、転移した瞬間に三体が混ざったらどうしようと、アドラーは不安になった。
 神と竜と人が融合した、至高の存在が誕生してしまう。

 ――そして、転移魔法が発動した。


 アドラーにとっては二度目である。

「うー気持ち悪い……」
 腕の中で、ブランカが転移酔いを訴えた。

「バスティ、いるか?」
「こ、ここにいるにゃ」

 猫の神はアドラーの右腕にしがみついて付いていた。

「よし、一旦離れるぞ!」
 二体を抱き上げ、アドラーは魔法陣から走り出る。

「何処か痛いとこないか? 平気か?」
「怪我はないよ。それより、だんちょー、ここ……」

 ブランカが上を見た。
 先程まで居た遺跡とは、あきらかに違う。

 天井には大きな穴が空き、薄曇りの空から細かな雪が舞い落ちる。
 アドラー達が参加していたギルド対抗戦は、夏の終わりに開催されていた。

「まさか、本当に戻れてしまうとは……」
 アドラーとブランカは、生まれ故郷に居た。

「げっ、まじか。姉さまの存在が凄く近い……」
 バスティが一つ身震いした。

 穴をよじ登ったアドラーは辺りを見渡す。
 祭祀場だろうか、環状列石の中央に穴はあった。

「アドラー、どうしよう?」
 ブランカが不安そうに尋ねた。

「心配するな。さっきの魔法陣も、あっちのとほぼ同じ。つまり、行き来できるぞ?」
「ほんと!?」

 ブランカに笑顔が戻る。
 二人とも、まだみんなと離れる覚悟は全くなかった。

「それどころか、二つの大陸の交易を独占して大儲けだ!」
「なんと!?」

 アドラーは地球経験者らしく算盤を弾く。
 ブランカもバスティも、よく分からないが喜んで団長の周りを走る。

 ――そんな怪しい集団を見つめる視線があるとも知らずに。

「しかし、ここ何処らへんだろう?」
 アドラクティア大陸の何処かだとは推測しても、正確な場所が分からない。

「探検する?」
「うーん、少しだけな」

 穴の空いていた小高い丘を降りる頃には、アドラーとブランカは気付いた。

「だんちょー?」
「分かってる。バスティ、肩に乗って。お出迎えだ」

 少し離れた茂みから注がれる視線。
 狩人のように上手く消してる者もいれば、全くの素人も混ざる。

「余り強そうじゃないね?」
「そうだね。普通の農民かな? 怪我させちゃ駄目だよ」

「あい!」
 ブランカの返事を合図に、二人は一気に距離を詰めた。

 茂みから人々が慌てて飛び出し、ばらばらの方向へ散る。
 アドラーがその中の一人、若い男を捕まえた。

 手には農具のくわを持つが、抵抗する素振りもない。

「やあ、怪しい者ではない。言葉は、通じるかな?」
 男は何度も頷いてから叫んだ。

「ね、猫と踊る男!」

「なんだそれっ!?」
 この短い間に付けられたあだ名に、アドラーは思わず抗議した。

 アドラーの故郷、アドラクティア大陸は恒常的に昆虫型の魔物に襲われていた。
 竜語で”奴ら”を意味するナフーヌと、アドラーは名付けた。

 それ故、どの地方のどの種族も防衛の戦力を整えている。
 しかし、捕まえた男も散り散りになった男達も、どう見ても素人。

「あれ、ここってアドラクティア?」
 不安になったアドラーは尋ねた。

 若い男は、二度頷いたが横にも三回首を振って答えた。

「ほ、本土から、離れた島だよ! あんたら、本土から来たのかい?」

 アドラーが辿り着いたのは、目的の大陸からちょっと遠い場所だった……。
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