96 / 214
第六章
96
しおりを挟む『グラーフ山の地下迷宮の共同探索期間』
ギルド戦やギルド対抗戦と呼ばれる、大イベントの時期になった。
アドラーは気もそぞろ。
楽しみと不安が交互に押し寄せて、団員たちが心配する程だった。
過酷なイベントなので、終わった直後は二度とやりたくないと思うのだが、半年もすると恋しくなる。
不思議なものだが、アドラーにも理由は分からない。
「だんちょー、どうした?」
鎧を木のブラシで磨いているアドラーの頭に、ブランカがよじ登る。
「こら……あー、ちょっとお姉さんになったのだから、そういうのは止めなさい」
「重い!」と言おうとして、アドラーは言葉を変えた。
150センチに満たない子供だったブランカは、数年分を一気に成長した。
だが中身はそう簡単には変わらない、今でも飛びついて構ってもらうのが好きだ。
「そうそう。浮かれてたり沈んだり、ギルド対抗戦ってそんなに面白いの?」
キャルルも話を聞きたがる。
二人は、お揃いのワンピースを着ていた。
と言っても、温暖なこの地域の寝間着は頭から被る貫頭衣で、姉たちのお古を仕立て直したもの。
並んでぺたんと座ると「姉妹みたいだなあ」とアドラーは思ったが、キャルルが泣くのでやめておいた。
「そうだな、寝る前に少し話しておくか」
アドラーは、ギルド対抗戦について話すことにした。
「シードが64ギルドで予選通過が64ギルド。予選には、800以上のギルドが国中からやってくる」
「げっ!」と、キャルルが驚いた。
ミケドニア国内には二千余りの冒険者ギルドがあるが、半数近くが集うことになるのだ。
「だから予選は、本戦で一回勝つより至難だと言われてるんだ。うちがシード権を取れたのは、お前らのお陰だぞ。ありがとなあ」
二人とも嬉しそうに鼻の穴が膨らんだ。
大好きな団長に褒められてとても嬉しいのだ。
一方で、斧の手入れをしていたダルタスが、大きな体を少し小さくした。
「グラーフ山の地下迷宮は、地下一階が一番広い。奥に進むほど狭く、そして魔物も強くなる。そいつらが地上まで出てこないように排除するのが俺たちの役目だ」
かつて魔物は自由に地上へと溢れ出て、この巨大ダンジョンを囲むように幾つも城塞都市が作られた。
何百年もかけて地下へ押し戻し、ライデン市はその城塞から歴史が始まった。
「迷宮が生み出すのは野生の獣が魔物化したものではない。マナというか魔素というか、溜まった魔力が循環して結晶化、それが魔物になる、と言われてる。だからほぼ無限に出てくる」
「怖いー!」と、二人は声を揃えたが、ブランカに恐れる様子は一切ない。
「地下へ地下へと降りてくわけだが、先へ進むギルドは二つに一つ。どんどん狭く強くなるからな。組み合わせで決まった二つのギルドが、討伐数を競うんだ。うちは七人だから不利だけどな」
今度は二人揃って「頑張る!」と声をあげた。
細かなルールは、他にも沢山ある。
だが重要なのは、上位の64ギルドに入って次回のシード権を取ること。
それには高ポイントの魔物――当然深い階層に出る――を何体も討伐する必要がある。
組み合わせで決まる対戦ギルドや、出会う魔物などの運要素もあるが、基本的に強いギルドはどんどん奥へ進みポイントを稼ぐ。
「まあ参加人数が多くて、意外と安全なんだけど……」
アドラーは、大事なことを二人に隠さず告げることにした。
「今回はちょっと予想が付かない。この付近のダンジョンが次々に活性化してるからな。それにだ、湿地帯でのことを思い出してくれ。グラーフの大ダンジョンは、何処かで別の大陸に繋がってる可能性がある」
「それって!?」
ブランカが大きな声をあげた。
「そうだ、俺たちの故郷の大陸だ」
アドラーは、もう五ヶ月近くも前にライデン近郊の村で”魔狼”を退治した時から、その疑問を持っていた。
アドラクティア大陸ではよく見る魔物が、ほとんど報告のないここメガラニカ大陸で見つかった。
それと、自分がグラーフ山に近い場所に転移してしまったこと、”春と花の神”から聞いた話と合わせて、確率は高いと思っている。
「え、兄ちゃん、帰るの?」
キャルルが思い切り動揺した顔になった。
「いや、待てまだだ。まだ全然分からん! それを確かめたいから、シード権が欲しかったんだ。簡単に行き来が可能とも思えないしな。けど、黙っててごめんよ?」
アドラーの台詞を聞いたキャルルは、ほっとした顔に変わる。
ブランカも複雑そうな表情になる。
少し重い空気が漂ったところで、「さあさあ二人とも、もう寝なさい」と、ミュスレアがそれぞれの寝室へ追い立てる。
二人を見送ったミュスレアが、床に座るアドラーを見下ろして言った。
「そんな大事なこと、今まで黙ってるなんて!」
大きな棘のある声色に、アドラーは小さな声で脅えながら答えた。
「いや……まだ何の確証もないので……」
「ふんっ! わたしも寝るわ、おやすみ!」
この様子を見ていたダルタスが、喉の奥で笑いながらいう。
「団長は、女には弱いのだな」と。
800もの冒険者ギルドが集まる予選は、ライデン市の商人にとっては稼ぎ時。
全部で二万を超える冒険者が集まるのだ、食料から日用品、探検道具に武具の修理や研ぎ、果ては見世物小屋から飲み屋まで何でも集まってくる。
予選で使うのは地下の三層目まで。
数は多くとも出てくるのは雑魚ばかり、つまり本戦の露払いの意味が強いのだが、今年は様子が違った。
怪我人がとても多いのだ。
ライデンのギルド本部は、治癒術士のパーティを急遽編成して、何組も送り込んだ。
冒険者たちも、様々に語り合う。
「……不穏だな」
「迷宮の活性期、ってことがあるのか?」
「うちはリアイアするよ」
「新団員がまったく働かねえ……」
「傭兵枠で雇ったのにクソ弱いんだが」
何時もと変わらぬ風景もあったが、今回は何か違うと多くの者が思い始めていた……。
0
お気に入りに追加
657
あなたにおすすめの小説
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!!
僕は異世界転生してしまう
大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった
仕事とゲームで過労になってしまったようだ
とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた
転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった
住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる
◇
HOTランキング一位獲得!
皆さま本当にありがとうございます!
無事に書籍化となり絶賛発売中です
よかったら手に取っていただけると嬉しいです
これからも日々勉強していきたいと思います
◇
僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました
毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる