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第六章

楽しいギルド対抗戦がやってくる

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 アドラー・エイベルデインは、小さな冒険者ギルドの団長である。

 ”太陽を掴む鷲”と名付けられたギルドは、ライデン市でも最古参の名門ギルド。
 特別な装備も特権もないが、本物の女神が化けた守り猫が住みついている。

 一時はソロギルドにまで落ちぶれた”太陽を掴む鷲”を、アドラーは立て直しつつある。


「おらっ! シャイロック、出てこい!!」

 様々な理由で、アドラーの鼻息は荒かった。
 カナン人の高利貸し、シャイロックの店に乗り込む。

 大きな戦いの終了直後で、手には二百枚もの金貨、目前に迫ったギルドイベント。

 地球から転生した大陸では軍の特殊部隊を率い、こっちの大陸に来てからは剣と魔法を収めた冒険者として活躍するアドラーでも、興奮することはある。

「いらっしゃいませー。返済ですか? 融資のお申し込みですか?」
「あ、いえ。シャイロックさん居ますか?」

 店の受付嬢はとても愛想が良かった。

「あいにくとシャイロックは、出かけておりまして……」
「アドラーが来たと伝えてください。そうすれば会っていただけるかと……」

 転生して二十余年経つが、アドラーはいまいち常識的な部分が抜けてなかった。

 店の奥でこそこそと人が動き、アドラーは中へ通された。
 隠し部屋のような支配人室、頑丈な樫の扉の向こうにシャイロックはいた。

「ようシャイロック、ずいぶんと痩せたな」

 ギルドとアドラーに総額で金貨520枚の借金を押し付け、かつては暗黒街の顔役だった男の面影はもうない。

 げっそりとまでは行かないが、半分くらいに萎んだ高利貸しがそこには居た。

「お陰様で……随分な目に会いました……」
「自業自得だろ?」

 かつて、シャイロックが投資した陰謀を叩き潰したのはアドラー。
 それから姿が見えず、死んだかと思われていた悪徳商人は、つい最近になってライデンに戻ってきた。

「へへ、おっしゃる通りで。命があったのが儲けもんですわ。ちと、外で話しませんか?」

 アドラーは少し意外であった。
 逆恨みでも恨まれていて、嫌味の三つくらいは言われると思っていたのだが。

「それは構わんが、お前、命も狙われてるんだろ?」
「へへへ、ですから表でお話を聞きたいと……」

 アドラーに断る理由はなく、外からも見える席に付いた。

「これだ。利子が付く前に返したい」

 アドラーは、机に金貨200枚を乗せた。
 一人でなら十年は優雅に暮らせる大金。

「はあ、返済していただけるので?」

 シャイロックは、いささか意外な顔。
 資産の大半を失い、事業の多くも乗っ取られ、暗黒街の権力階段を滑り落ち、暗殺の危険まである。

 今のアドラーが借金を無視しても、取り立てに来るなど不可能。

「危ないやつに債権が渡っても困る。それに、これはギルドの借金で、俺が団長だからなあ」

「ありがたいことですな、へへへ」と、シャイロックは卑屈に笑う。

「それにしても、お前が命を狙われてるって本当だったんだな。見張られてるぞ?」

 アドラーは、店の外からの視線に気づいていた。
 ついでに、わざわざシャイロックが外から見える位置に来た理由も。

「やっぱりおりますか……」
 ずる賢い商人は、困ったという顔を作る。
 散々悪どい事をやったシャイロックに、敵は居ても味方は居ない。

「と、ところで、団長はん! お仕事の方はどうでっしゃろ? もし良ければわての依頼を……」

「断る」
 アドラーは中身を聞かずに拒否した。

 冒険者は、護衛の仕事もやる。
 だがこの男を守るなど、アドラーにはまっぴらごめんであった。

「そ、そんなぁ……殺生な! わてと団長はんの仲ですがな!?」
「ええい、離せ! 貴様と馴れ合うつもりはない!」

 すがるシャイロックの手を、アドラーは振り払う。
 だが、哀れな表情を浮かべる商人を見て、地球の常識が邪魔をする。

「相手が誰か知らんが、俺が話をつけてやろうか?」
 親指で店の外をさした。

「ほ、ほんまでっか?」
 シャイロックの顔が明るくなった。

「その代り、そうだなあ。利子を今の5%から2%くらい……」
「利子は免除で、残金も半分にしますわ!」

「え。マジで?」
 アドラーは、それほどシャイロックが追い詰められていたとは知らなかった。

 意気揚々と店を出たアドラーは気付く。
「ひょっとしたら、借金も全部棒引きに出来たのではないか?」と。

 金貨が200枚もあれば、みんなに美味しい物や綺麗な服も買ってあげれる。
 ギルドハウスも借りる事が出来て、団員だって増えたかもしれない。

「まあ、良いか……。これで残りは金貨160枚。コツコツ返せば1年で!」

 アドラーは、視線を感じた先へと足を向けた。

 軍人、傭兵、冒険者、用心棒、街のチンピラにマフィア。
 腕を売って稼ぐ者は、どんな時代のどの世界にもそれなりに居る。

 舐められたら終わりの仕事にも、序列はある。
 強い奴が偉いのだ。

「俺のこと、分かるか?」
 アドラーは、捕まえたマフィアの構成員に聞いた。

「そりゃ、もちろん。先日のギルド会戦、見させていただきました」

 人口十五万のライデン市で、二万の観衆が集まったギルド会戦。
 格闘技が好きなマフィアなら、当然アドラーを知っている。

「ついでに、儲けたろ?」
「えへへ、お陰様で……」

 ギルド会戦の賭けの胴元はマフィア。

「なら、頼みを聞いてくれ。シャイロックを見逃せ、分かったか?」

 マフィアは、「いやーけどなー」とはっきりしない。

「……殴り込んでも良いんだぞ?」
「分かりました! ボスにも伝えます!」

 交渉は終わった。
 普通の街では、威張るのは貴族や領主。

 だがここは自由都市ライデン。
 古くから冒険者が集う町。

 四千人もの冒険者が行き交うここで、冒険者ギルドの団長に喧嘩を売る者は居ない。

「借金が減ると、肩が軽いなあ。いや、借金があるから重いのか?」
 人類の長年の疑問を抱えて、アドラーは家路に付いた。

 ギルドのみんなと温かいご飯が待つ家に。


 アドラーが家の戸を開けるか開けないかの内に、中から誰か飛び出した。

 待ち構えていたキャルルが、大きな緑の瞳でアドラーを見上げて言った。

「兄ちゃん! ブランカが病気に! 凄い熱!!」
「う、嘘だろ?」

 ブランカは幼生とはいえ、全てのドラゴンの頂点に立つ祖竜の一族。
 病気になどなるはずがない。

 アドラーは、大慌てで家の中へと転がり込む。

 駆けつけたベッドの周りにはギルドの皆が揃い、苦しそうに息をするブランカを見つめていた。

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