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第五章

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「ヒーラー同士の戦いって、こういう事か」
 アドラーもやっと納得した。

 闘技場では、二体の泥のゴーレムが殴り合う。
 馬の血をつなぎに使った泥ゴーレムは、ヒーラーの回復魔法で再生する。
 先にゴーレムが壊れた方の負け。

 魔法の回復力と持続力、どちらも必要とされる過酷な競技。
 過去には、ゴーレムの代わりに人を使ったが、長生きのエルフ族さえ見たことがない大昔の話。

 グレーシャは黒が基調の袖と裾の長い上衣、長い脚はラインの出るパンツにヒール付きの靴。
 デザインされた一品物のとんがり帽子に、身長の八分ほどある杖。

「ヒーラーと言うよりも、悪の女王様だな」
 グレーシャのことが大嫌いなアドラーには、そう見えた。

「魔女の好む衣装だのー。ああいうのは私には似合わん……」
 小柄なマレフィカが悲しそうに呟いた。

 事実、背が高くスタイルも鍛え上げ、射抜くような瞳と美貌を持つグレーシャに、黒い戦闘服は良く似合う。

 競技場に現れただけで男から歓声が上がる。

 続いてリューリアが登場した。
 まだ素朴な少女だが、明るい茶金の髪から耳が長く伸び、緑の瞳が印象的。
 将来性を感じさせるに十分だった。

「あらぁ? お姉さまに似て、ムカつくお顔ですこと」
 リューリアの顔を見たグレーシャは、さっそく細い眉を吊り上げた。

「姉に似てかわいいね、って良く言われるんです」
 さわやかな笑顔でリューリアが返した。

「もう直ぐ見れなくなるなんて残念ですわぁ。貴女なら、何処のお店でも売れっ子ですわよ」

 グレーシャは、ミュスレアに借金とギルドを押し付けた首謀者。
 元々エルフ族が嫌いなのか、余程ミュスレアと合わなかったのか。

『まあ、少数種族と見下していて、本人の性格もすこぶる悪い』
 アドラーは独断と偏見で決めつけた。
 今後、訂正するつもりもないが。

 リューリアを応援しようとしたアドラーは、喉がカラカラな事に気付く。
 自分の戦いなら冷静なのに、これほど緊張するとは自分でも驚いていた。

「はい、これ」

 ミュスレアが、水の瓶を差し出した。
 もちろん家から厳重に管理して持って来たもの。

 一気に飲み干すアドラーを見ながら長女はいう。
「心配しなさんなって、わたしの妹だもの!」

 アドラーはかつて、これほど根拠もないのに頼もしい台詞を聞いたことがない。

「では、始める。双方とも、初戦にふさわしい戦いを!」
 バルハルトが、ギルド会戦の開始を告げる。

 回復系の魔法は、ほとんどが神授系の魔法になる。
 医神の数は多く、八大神二十五流六十三派と呼ばれるほど入り組んでいる。

 主神クラスの下にも、腰痛や膝痛の神、二日酔いに効く神、吹き出物の神、美白の神から脱毛の神まで、体に関する神さまが数百柱とある。
 ただし髪の毛を生やす神は、今も見つかっていない。

 リューリアが学んで仕える女神パナシアは、傷と病気の応急手当てを得意とする代表的な治癒の神。

 この戦いに最も向いた守護神と言えた。

「あら、まあまあやりますわね」
 だがグレーシャは余裕の表情。

 お互いのゴーレムが壊す速度に、二人の回復量は追いついて長期戦になるかと思われた。

「マレフィカ、どう?」
 アドラーは魔女に尋ねた。

「分からんね。どの神の加護か、隠しながら使ってる。レベル的にはだいぶ上だな、あの女」

 神授魔法は、神さまの力を使うので燃費が良い。
 だが弱点もあり、仕える神がバレると対策も可能になる。

 グレーシャには、隠ぺいの魔法も使いながら戦う余裕があった。

 ゴーレムの殴り合いは派手だが、ヒーラーの二人は距離をとったままの状態が数分続いた。
 そして先に動いたのはグレーシャで、原因は観客。

「かわいいエルフのおじょうちゃーん! そんなババア、やっちまえ!」
 命知らずの冒険者が、グレーシャの真後ろで叫んだ。

 ゆっくりと振り返ったグレーシャが一歩踏み出すと、その冒険者が本日最初の怪我人になった。

「無礼な観客を躾けたら駄目とは、言わなかったですよね?」
「うむ、観客への攻撃は禁止事項にない。いや、書く必要もないと思ったのだが……」

 審判のバルハルトも困り顔。
 グレーシャの手には長い鞭、視線の先では顔の皮膚を削り取られた哀れな冒険者。

 これを見たライデンの冒険者の思いは一つ。
『あいつ、よそ者か? 新人か?』であった。

 具体的には知らなくとも、エスネとミュスレアとグレーシャ、この三人が怖いのはライデンの者なら誰でも知っている。

「せっかくの初戦ですもの、少しサービスしてあげますわ。避けないと、かわいいお顔が滅茶苦茶になりますわよ?」

 グレーシャが、今度はリューリアに向けて鞭をふるった。

「なんて奴だ……」
 アドラーは、リューリアを出したのをもう後悔していた。

 集中力の要る回復魔法を使いながら、しかも隠ぺい魔法も同時展開して、物理攻撃まで仕掛ける。
 エスネと並ぶ銀剣のランクは、飾りではなかった。

「ミュ、ミュスレアさん! もう参ったしよう! ね、あんなのとリューが戦う必要なんてないから!」
 
 ギルドで真っ先に弱気になったのは、アドラーだった。
 何なら自分が飛び出してグレーシャをしばき倒した後、逃げ出しても良いとさえ思っていた。

 アドラーは、戦いの前にファゴットに頼んでいた。
「もし負けたら、俺以外の全員を連れてスヴァルトに逃げてくれ」と。

 ライデン市の沖合には、定期船の黄金鳥号が錨を下ろしている。
 退路を確保するのは、指揮官の役目。

「兄ちゃん、落ち着きなって。リューねえが、そう簡単にやられるわけないから」
 キャルルの方が冷静だった。
 弟は姉の強さを身をもって知っていた。

 魔法切らさぬようにリューリアが鞭を避けるが、ほとんどが避けきれずに体を打つ。
 その度に、リューリアの服が裂けて布が剥ぎ取られる。

 想定外の少女の陵辱に、観客の男どもが盛り上がる。

「いやいや、もー無理! 今直ぐ走って行ってグレーシャをぶっ殺す!!」
 アドラーだけが取り乱す。

 それでも次女は動けていた。
 下に着込んだ鎖かたびらには強い防御魔法がかけてあり、肌までは届いていない。

「そーれそれ! 醜いエルフの裸を晒しなさい! おほほほっ!」
 グレーシャが高笑いを始めた。

「これからよ、見てなさい」
 アドラーを押さえつけていたミュスレアがいった、彼女は妹が戦意を失ってないのを分かっている。

 グレーシャの鞭がリューリアの杖に巻き付く。
 エルフの反射神経を生かし、リューリアが受けたのだ。

 巻き取られる前に、リューリアが飛んだ。
 彼女には、もう一つだけ使える武器がある。

「風の精霊たち、お願い!」

 服はボロボロになり、膝まで守る鎖かたびらの下は薄い下衣だけ。
 体の線が観衆に晒されて、乙女にとって耐えきれぬ状況でも、リューリアは諦めていなかった。

 彼女を慕う精霊たちに体を預けて、全力の体当たり。
 これで場外までグレーシャを吹き飛ばせば、リューリアの勝ち。

「おおっ! ああっー……」
 全体重を乗せた見事な一撃に観客が沸き、直ぐに落胆の声に変わった。

「痛いわねぇ、このっ小娘がっ!」
 腹部にめり込んだリューリアを、グレーシャが左手で殴り飛ばした。

 グレーシャのヒールは、一メートルほど下がっただけでしっかりと地面を捉えたまま。

「きゃっ!!」
 リューリアが弾け飛び、鞭は再びグレーシャの手に戻る。

 今度こそ鞭の先が顔をめがけて振り下ろされようとした時、大きな声が響いた。

「それまで! 勝者は宮殿に住まう獅子・ライデン支部のグレーシャ!」

 バルハルトの宣言と同時に、リューリアのゴーレムは崩れ落ちる。
 肉弾戦をしながら回復魔法を維持するのは、経験が浅いリューリアには不可能であった。

 涙目でリューリアを助けに行くアドラーとは対照的に、マレフィカは相手から目を逸らさない。

「なるほどねぇ……。これが特訓の成果かな? ちょっとみんないいかなー」

 初戦は負けたが、敵の手の内も一つ読めた。
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