88 / 214
第五章
88
しおりを挟む「ヒーラー同士の戦いって、こういう事か」
アドラーもやっと納得した。
闘技場では、二体の泥のゴーレムが殴り合う。
馬の血をつなぎに使った泥ゴーレムは、ヒーラーの回復魔法で再生する。
先にゴーレムが壊れた方の負け。
魔法の回復力と持続力、どちらも必要とされる過酷な競技。
過去には、ゴーレムの代わりに人を使ったが、長生きのエルフ族さえ見たことがない大昔の話。
グレーシャは黒が基調の袖と裾の長い上衣、長い脚はラインの出るパンツにヒール付きの靴。
デザインされた一品物のとんがり帽子に、身長の八分ほどある杖。
「ヒーラーと言うよりも、悪の女王様だな」
グレーシャのことが大嫌いなアドラーには、そう見えた。
「魔女の好む衣装だのー。ああいうのは私には似合わん……」
小柄なマレフィカが悲しそうに呟いた。
事実、背が高くスタイルも鍛え上げ、射抜くような瞳と美貌を持つグレーシャに、黒い戦闘服は良く似合う。
競技場に現れただけで男から歓声が上がる。
続いてリューリアが登場した。
まだ素朴な少女だが、明るい茶金の髪から耳が長く伸び、緑の瞳が印象的。
将来性を感じさせるに十分だった。
「あらぁ? お姉さまに似て、ムカつくお顔ですこと」
リューリアの顔を見たグレーシャは、さっそく細い眉を吊り上げた。
「姉に似てかわいいね、って良く言われるんです」
さわやかな笑顔でリューリアが返した。
「もう直ぐ見れなくなるなんて残念ですわぁ。貴女なら、何処のお店でも売れっ子ですわよ」
グレーシャは、ミュスレアに借金とギルドを押し付けた首謀者。
元々エルフ族が嫌いなのか、余程ミュスレアと合わなかったのか。
『まあ、少数種族と見下していて、本人の性格もすこぶる悪い』
アドラーは独断と偏見で決めつけた。
今後、訂正するつもりもないが。
リューリアを応援しようとしたアドラーは、喉がカラカラな事に気付く。
自分の戦いなら冷静なのに、これほど緊張するとは自分でも驚いていた。
「はい、これ」
ミュスレアが、水の瓶を差し出した。
もちろん家から厳重に管理して持って来たもの。
一気に飲み干すアドラーを見ながら長女はいう。
「心配しなさんなって、わたしの妹だもの!」
アドラーはかつて、これほど根拠もないのに頼もしい台詞を聞いたことがない。
「では、始める。双方とも、初戦にふさわしい戦いを!」
バルハルトが、ギルド会戦の開始を告げる。
回復系の魔法は、ほとんどが神授系の魔法になる。
医神の数は多く、八大神二十五流六十三派と呼ばれるほど入り組んでいる。
主神クラスの下にも、腰痛や膝痛の神、二日酔いに効く神、吹き出物の神、美白の神から脱毛の神まで、体に関する神さまが数百柱とある。
ただし髪の毛を生やす神は、今も見つかっていない。
リューリアが学んで仕える女神パナシアは、傷と病気の応急手当てを得意とする代表的な治癒の神。
この戦いに最も向いた守護神と言えた。
「あら、まあまあやりますわね」
だがグレーシャは余裕の表情。
お互いのゴーレムが壊す速度に、二人の回復量は追いついて長期戦になるかと思われた。
「マレフィカ、どう?」
アドラーは魔女に尋ねた。
「分からんね。どの神の加護か、隠しながら使ってる。レベル的にはだいぶ上だな、あの女」
神授魔法は、神さまの力を使うので燃費が良い。
だが弱点もあり、仕える神がバレると対策も可能になる。
グレーシャには、隠ぺいの魔法も使いながら戦う余裕があった。
ゴーレムの殴り合いは派手だが、ヒーラーの二人は距離をとったままの状態が数分続いた。
そして先に動いたのはグレーシャで、原因は観客。
「かわいいエルフのおじょうちゃーん! そんなババア、やっちまえ!」
命知らずの冒険者が、グレーシャの真後ろで叫んだ。
ゆっくりと振り返ったグレーシャが一歩踏み出すと、その冒険者が本日最初の怪我人になった。
「無礼な観客を躾けたら駄目とは、言わなかったですよね?」
「うむ、観客への攻撃は禁止事項にない。いや、書く必要もないと思ったのだが……」
審判のバルハルトも困り顔。
グレーシャの手には長い鞭、視線の先では顔の皮膚を削り取られた哀れな冒険者。
これを見たライデンの冒険者の思いは一つ。
『あいつ、よそ者か? 新人か?』であった。
具体的には知らなくとも、エスネとミュスレアとグレーシャ、この三人が怖いのはライデンの者なら誰でも知っている。
「せっかくの初戦ですもの、少しサービスしてあげますわ。避けないと、かわいいお顔が滅茶苦茶になりますわよ?」
グレーシャが、今度はリューリアに向けて鞭をふるった。
「なんて奴だ……」
アドラーは、リューリアを出したのをもう後悔していた。
集中力の要る回復魔法を使いながら、しかも隠ぺい魔法も同時展開して、物理攻撃まで仕掛ける。
エスネと並ぶ銀剣のランクは、飾りではなかった。
「ミュ、ミュスレアさん! もう参ったしよう! ね、あんなのとリューが戦う必要なんてないから!」
ギルドで真っ先に弱気になったのは、アドラーだった。
何なら自分が飛び出してグレーシャをしばき倒した後、逃げ出しても良いとさえ思っていた。
アドラーは、戦いの前にファゴットに頼んでいた。
「もし負けたら、俺以外の全員を連れてスヴァルトに逃げてくれ」と。
ライデン市の沖合には、定期船の黄金鳥号が錨を下ろしている。
退路を確保するのは、指揮官の役目。
「兄ちゃん、落ち着きなって。リューねえが、そう簡単にやられるわけないから」
キャルルの方が冷静だった。
弟は姉の強さを身をもって知っていた。
魔法切らさぬようにリューリアが鞭を避けるが、ほとんどが避けきれずに体を打つ。
その度に、リューリアの服が裂けて布が剥ぎ取られる。
想定外の少女の陵辱に、観客の男どもが盛り上がる。
「いやいや、もー無理! 今直ぐ走って行ってグレーシャをぶっ殺す!!」
アドラーだけが取り乱す。
それでも次女は動けていた。
下に着込んだ鎖かたびらには強い防御魔法がかけてあり、肌までは届いていない。
「そーれそれ! 醜いエルフの裸を晒しなさい! おほほほっ!」
グレーシャが高笑いを始めた。
「これからよ、見てなさい」
アドラーを押さえつけていたミュスレアがいった、彼女は妹が戦意を失ってないのを分かっている。
グレーシャの鞭がリューリアの杖に巻き付く。
エルフの反射神経を生かし、リューリアが受けたのだ。
巻き取られる前に、リューリアが飛んだ。
彼女には、もう一つだけ使える武器がある。
「風の精霊たち、お願い!」
服はボロボロになり、膝まで守る鎖かたびらの下は薄い下衣だけ。
体の線が観衆に晒されて、乙女にとって耐えきれぬ状況でも、リューリアは諦めていなかった。
彼女を慕う精霊たちに体を預けて、全力の体当たり。
これで場外までグレーシャを吹き飛ばせば、リューリアの勝ち。
「おおっ! ああっー……」
全体重を乗せた見事な一撃に観客が沸き、直ぐに落胆の声に変わった。
「痛いわねぇ、このっ小娘がっ!」
腹部にめり込んだリューリアを、グレーシャが左手で殴り飛ばした。
グレーシャのヒールは、一メートルほど下がっただけでしっかりと地面を捉えたまま。
「きゃっ!!」
リューリアが弾け飛び、鞭は再びグレーシャの手に戻る。
今度こそ鞭の先が顔をめがけて振り下ろされようとした時、大きな声が響いた。
「それまで! 勝者は宮殿に住まう獅子・ライデン支部のグレーシャ!」
バルハルトの宣言と同時に、リューリアのゴーレムは崩れ落ちる。
肉弾戦をしながら回復魔法を維持するのは、経験が浅いリューリアには不可能であった。
涙目でリューリアを助けに行くアドラーとは対照的に、マレフィカは相手から目を逸らさない。
「なるほどねぇ……。これが特訓の成果かな? ちょっとみんないいかなー」
初戦は負けたが、敵の手の内も一つ読めた。
0
お気に入りに追加
655
あなたにおすすめの小説
【悲報】異世界から日本に帰ってきたら幼女魔王が付いて来たんだが!?〜農家なのでスローライフをご所望します〜
かまぼこ
ファンタジー
私、御坂陽菜の人生は、交通事故で終わりを告げた……はずだった。
一部流行りの異世界転生をして、神様から貰ったチート天職【農家】でスローライフを満喫しつつ、なんやかんやで魔王まで倒して。
これで私の仕事は終わり、はい元の世界に帰還って考えていたら。
まさか、魔王まで私の世界についてくるなんて、聞いていないんだけどっ!?
しかも、ここ、私の知っていた元の世界じゃないのかもしれないし……
一体、どうしてこんなことに?
異世界帰りの私と、魔王のハートフルストーリーの始まりです
公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!
小択出新都
ファンタジー
異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。
跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。
だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。
彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。
仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。
令嬢である妹と一緒に寝ても賢者でいられる方法を試してたらチート能力が備わった件
つきの麻友
ファンタジー
◆ファンタジー大賞参加中です◆
◆毎日更新、頑張って執筆します◆
◆解説◆
◆異世界転移転生した者は本気を出すと、一般人に比べて十倍のパワーとスピード能力を発揮できたのです。
それに気づかない主人公は毎晩、隣で寝る妹に沸き上がる欲望を押さえつけて賢者になるために、妹達が寝静まってからゴソゴソと筋トレをしました。そのおかげでチート能力が身に付いていたのですが、なんと魔王討伐時は、およそ百倍にもなっていたのでした◆
◇本編あらすじ◇
◇ある日、異世界の国王が住む城に転移した冴えない主人公の月野ウタルは、追手から逃げている時に猫耳の姫達にかくまってもらうことに。
その後、和解して仮の兄妹として生活することになったのだが、悩みは毎夜、二人の妹達と一緒に寝ることだった。
妹達の間に挟まれながら寝て、一緒にお風呂入って、チート能力で楽しく魔王討伐に旅立つストレスフリー物語
◆よろしければ応援投票お願いいたします◆
辺境の最強魔導師 ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~
日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。
アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。
その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。
前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。
神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。
どうやら、食料事情がよくないらしい。
俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと!
そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。
これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。
しかし、それが意味するところは……。
小型オンリーテイマーの辺境開拓スローライフ~小さいからって何もできないわけじゃない!~
渡琉兎
ファンタジー
◆『第4回次世代ファンタジーカップ』にて優秀賞受賞!
◆05/22 18:00 ~ 05/28 09:00 HOTランキングで1位になりました!5日間と15時間の維持、皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!!
誰もが神から授かったスキルを活かして生活する世界。
スキルを尊重する、という教えなのだが、年々その教えは損なわれていき、いつしかスキルの強弱でその人を判断する者が多くなってきた。
テイマー一家のリドル・ブリードに転生した元日本人の六井吾郎(むついごろう)は、領主として名を馳せているブリード家の嫡男だった。
リドルもブリード家の例に漏れることなくテイマーのスキルを授かったのだが、その特性に問題があった。
小型オンリーテイム。
大型の魔獣が強い、役に立つと言われる時代となり、小型魔獣しかテイムできないリドルは、家族からも、領民からも、侮られる存在になってしまう。
嫡男でありながら次期当主にはなれないと宣言されたリドルは、それだけではなくブリード家の領地の中でも開拓が進んでいない辺境の地を開拓するよう言い渡されてしまう。
しかしリドルに不安はなかった。
「いこうか。レオ、ルナ」
「ガウ!」
「ミー!」
アイスフェンリルの赤ちゃん、レオ。
フレイムパンサーの赤ちゃん、ルナ。
実は伝説級の存在である二匹の赤ちゃん魔獣と共に、リドルは様々な小型魔獣と、前世で得た知識を駆使して、辺境の地を開拓していく!
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
一日一善!無職の俺が、おばあちゃん助けて異世界無双!
GARUD
ファンタジー
俺の名前は [久世 雷斗(くぜ らいと)]
歳は18才、高校をギリギリ卒業したため、就職活動を在学中にできず、今は無職──俗に言うニートってやつだ。
今日も俺は就職活動で面接へと向かう。
途中、杖を付いた足の悪いおばあちゃんを見かけ、一緒に横断歩道を渡る。
そして面接に遅れ不採用。
俺は小さい頃から親に
「困った人を見たら自分から手伝ってあげるのよ、そうして毎日善い事を続けていれば、いずれ自分にも善い事が返ってくるものなのよ。」
と言われて育って来た。
翌日、街をぶらついていると、目の前には昨日横断歩道を渡れずに立ち竦んでいたおばあちゃんが居た。
「坊や…おばあちゃんの所に来んかえ?」
おばあちゃんは杖を地面に強く突き、突如おばあちゃんと俺を中心に光円が広がり俺達を包み込む。
俺は余りにも光量に眼を閉じた。
次に眼を開けたら目の前には女神さまが!
一日一善をやってきた俺はついに女神さまからご褒美を授かる!
そのご褒美とは──なんと異世界へと行き好きなことを好きなだけしていい!という夢のような話!
さらに女神さまから授かったご褒美は死なない体に最高の身体能力!魔法の数々や祝福装備に毎月送金される軍資金!さらにさらにそれらを収納できる四次元収納魔法!女神さまとのホットラインのおまけ付き!
最強チートがここに極まった!
全てを持っているこの俺が、異世界の悪人どもを相手に時代劇も真っ青の勧善懲悪!
無双ハーレムやったるで!
『一日一善!無職の俺が、おばあちゃん助けて異世界無双!』のヒロインであるアンナ視点の物語
『私の旦那様は地上最強でした!』
こちらもラブコメ成分大盛で連載しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる