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第五章

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 アドラーにとっても貴重な体験だった。
 古い時代の神に直接話せるなど、滅多にない。

 今でも人気がある、豊穣神や戦女神が地上に現れたとの話はない。

 しかもこの自称悪魔は、長い眠りから醒めたところで、話の相手に飢えていた。

「猫よ、そなたの姉は何をしとる? ほー北の大陸か。それで異世界からこの男を? 変わったことをするの。竜よ、そなたはここで何を? ほー祖母のところで育てられたか。あの竜がもうそんな歳か」

 大陸の生き字引のような悪魔だった。

「お祖母様を、知ってるのか?」
 驚いたブランカが聞き返す。

「もちろんもちろん。小娘だった頃から知っておる。やつも、そなたと同じ様に人里に来てたわい。悠々と空を飛んで美しい姿を見せつけたり、祭りで踊ったりとな」

 ブランカは嬉しそうな顔を、周りのみんなに見せた。
 祖母が、山を降りて人に混ざれと言った理由が分かったのだ。

「それで、元気にしておるか?」
「今は元気。けどたぶん、もう直ぐ消滅する……」

 白竜の顔が曇り、自称悪魔は慌てた。

「すまぬすまぬ、そうかそうか。また友人が減るのは辛いが、最後にひと目会いに行ってみるかのう」

「うん!」と、ブランカは大きく頷いた。

 自称悪魔がブランカに語りかけた。

「竜の子よ、幼きそなたに告げるべきではないかも知れぬが……。長く生きると言うのは、良いことばかりでもない」

 ブランカの綺麗な瞳が、祖母の友人をじっと見つめる。

「わしも昔は、この大陸に渡ってきた多くの種族に混じり、手助けをして笑いながら生きておった。しかし、わしは距離の取り方が下手でのう……親しい者が死ぬ度に悲しくなる。寿命ある者と生きて、神と呼ばれるのが辛くなった」

 ブランカは、分からないと首を横に振った。

 その一方で、アドラーには少しだけ理解できた。
 関わりのあった全てを捨てて、新しい世界で生きる彼には、思い出しても会えぬ辛さが分かる。

 それを何百世代も経験した神は、ヒトやリザードとの交流を絶ち、自ら役目のない神――悪魔――となった。

 分からなくても良いと前置きして、元神さまは続けた。

「長きに渡り役目を果たす神々は凄い。わしには出来なんだ。そして竜の子よ、そなたの力は幾星霜に渡り大地に安定をもたらすものであろう?」

 ブランカは難しい質問には答えずに、自分の想いだけを伝える。

「あたしは、アドラー達と過ごしたのを後悔しないよ? これ、見て」

 ブランカが胸元の紅玉を、自称悪魔に見せる。
 エルフ王に貰った宝石には、特別な加工が施されていた。

 写真の様に映像を残せる魔法を、高価な宝石に刻み込んでいるのだ。

「これがミュスレアとリューリア、こっちがマレフィカ。それにみんなで撮ったやつ。あたしね、これをずっと持ってて、みんなの事を覚えてるよ?」

 魔法を封じるのに、普通は安い水晶を使う。
 エルフの王家に伝わる紅玉ならば、半永久的に魔法と画像をその身に残す。

 ブランカのお願いを聞いたエルフ王は、迷うことなく伝来の宝石を渡し、宮廷の魔術師を総動員した。

 今は首輪に付いた紅玉は、いずれ守護竜の指輪となって輝く。

「おおっ!? わしの知らん魔法だな。うーむ、今はこんな物があるのか。ええのう……竜の子よ、わしに譲ってくれぬか?」

「絶対にやだ!」
 紅玉を胸元にしまいこんだブランカが、舌を出して拒否した。

「ま、仕方ないの。さて、他に聞きたいことがあるかね?」

 アドラーは、気になっていたことを聞いた。

「あの、昔は何の神さまだったんですか?」

「わしか? わしは春と花の神だった」

「えっ!?」
 アドラーは驚いた。
 上半身が裸で浅黒く、しなやかだが逞しく、角まで生やした存在が花の神など信じられない。

「それは、夜の花とか男女の春とかそういう意味で?」

「違うわっ! まあわしが花束を持って訪れれば落ちぬ女はおらなんだが……いやいや。気候が変わっての、このあたりは乾季と湿潤季しかなくなった。それも眠りについた理由じゃ」

 元『春と花の神』は、寂しそうに語った。

「あのー、それならお願いがあるんですが。リザード族にここに参拝するように伝えますから……」

 アドラーは、直接の神頼みをした。

 塔を起動させる部屋は、神さまが責任を持って管理すると約束する。
 そもそも、神であるバスティが居たので入れたそうだ。

「後のことは任せよ。しばらく……まあ五千年ほどは、頑張ってみようかの」

 アドラー達は、神の住む神殿を後にした。
 

 アドラーは、この星に四つの大陸があることを知った。

 一つはここメガラニカ大陸。
 もう一つは、アドラーの故郷アドラクティア大陸。
 未知の一つはナフーヌの住処で、最後は不明。

 そして、アドラクティアに繋がる遺跡があるという事も。

 帰り道では、ブランカが甘えてきた。
 別れの時が来て一人残されるという話を聞かされ、寂しくなった様子だった。

 アドラーの背中に飛びついてからよじ登り、肩車の位置に陣取る。
 長い尻尾がアドラーの背中を、ぺしぺしと叩く。

 バスティまでやってきて、人、竜、猫のトーテムポールが出来上がった。

「何時か辿り付けると良いなあ。俺たちの生まれ故郷に」

 頭上に向けたアドラーの言葉に、ブランカが髪の毛を引っ張って答えた。

「こら、髪の毛! 髪は駄目だ! この世界にも育毛の魔法はないんだから!」

 けたけたと、ブランカが楽しそうに笑う。

 成り行きで預かった幼竜だが、アドラーは名付け親でもある。
 幼竜はその名を気に入り、今や小さなギルドにもすっかり馴染んだ。

 親子や兄妹のように接するだけでなく、アドラーがかけるバフも限界を超えて受けとる。

 それには、本来名前を持たない竜や神の名付け親という特別な関係が影響していたが……アドラーは知らない。

 今のところ、アドラーが名前を付けたのは、ブランカの他にもロバのドリーとバスティ。
 ドリーがアドラーの魔法を受けて、重い荷を軽々と運ぶのはそのお陰。


 リザード族の村に戻ったアドラーは、報告を受け取る。
 斥候に出たシロナ団の者たちから。

「東へ向かった魔物の群れは、四分五裂ですね。この辺りの魔物に、大半はやられたようです」

「そうか、なら引き上げるか。もう用はない」

 エスネと相談したアドラーは、クエストの終了を宣言した。

 一行は、もう一晩だけリザード族の村に世話になった。
 リューリアが、この村でも熱病の子供たちを癒やしていた。

 村を出る時になって気付く。

「あれ? 二人少なくないか?」

 エスネがぽんっと手を叩いた。

「あっ、忘れてた!」と。

 シロナ団のハボットと若者が、ようやく小屋から解放された。
 一行は、二人の存在をすっかり忘れていた。

「エ、エスネ様……このハボットを忘れるとは、酷うございます……」

「悪い悪い」と、まったく悪びれる事なくシロナの副団長が謝った。

 最初の目的、アオイロマンゲツソウは手に入らなかったが、アドラーは今回も全員が無事に戻ることが出来た。

 採取クエスト、途中から本部依頼の討伐クエストへ。

 ・報酬 本部から出た金貨十枚
 ・エスネに貸し一つ
 ・貴重な情報
 ・リザード族は、古い神殿を清めて祈ると約束した
  湿地帯に、少し花が増えるだろう

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